第十五話:鉄格子の向こう側と、師匠の教え【前編】
乱暴に放り込まれた囚人護送用の馬車は、すぐに動き出した。
窓のない、鉄格子のはまった扉。床には、かび臭い藁が敷かれているだけだった。俺が五年間過ごした山の洞穴に似ていたが、ここには洞窟にあった澄んだ静けさはなく、淀んだ陰惨さしかなかった。俺がこれから向かう場所を予め教えてくれているようだった。
ガタガタと、硬い車輪が石を跳ねる音が響く。外の様子は、全く分からない。時折聞こえる騎士たちの号令だけが聞こえる。
俺は、暗闇の中で、枷をはめられた両手を見つめた。
最後に見た、ギデオン殿の、無念に歪んだ顔、イザベル隊長の悔しげな顔、騎士たちに押さえつけられながら、必死に俺の名を叫んでいたセレスの顔、そしてロッテの悲痛な泣き声。
俺は自分が山で学んだものが何であったのかが知りたかっただけなのに、気がつけば沢山の人を巻き込んでいた。
師匠は、『人を守るために使え』と言った。俺はその言葉に従って、ロッテを守ったはずだった。だが、その結果、俺を信じてくれた人たちを、こんなにも苦しめている。
ベルンシュタイン公爵家。騎士団団長。六王家。
俺の知らない、巨大な力が、真綿のように俺を包み自由を奪おうとしているように感じる。それは、人の殺意のように分かりやすい気配とは違い、空気そのものに色や重さがついているような感じで、ここは山の中とはあまりにも違いすぎた。空気と食べ物は似ているのかもしれない。山で食べていた川の水で練り固めただけのそば粉団子と、味が濃くて複雑な街の食べ物。山を降りてまだ10日しか経っていなかったが、山の暮らしがひどく遠くに思えた。
その時、不意に師匠の言葉が蘇った。
(『全ては変化の中にある。その変化の中で自分を見失わず、自然でいられるかどうかだ』)
それは昨日、イザベル隊長に向かって言った言葉だった。
先のことは考えてもしょうがない。いまは、この流れに身を任せるだけだ。
俺は床に座り直すと、ゆっくりと目を閉じ、自分の呼吸に意識を集中させた。
ゴツゴツと乱暴に揺れる馬車の揺れを味わううちに思考が消えていく。
***
馬車に乗せられた二日目の昼過ぎになると、強かった揺れが次第に小さく規則的なものになっていた。
恐らく石畳の道に入ったのだろう。それから1時間ほどすると速度が落ち、最後に馬車が、ガタリと大きく揺れて、止まった。
鉄格子の扉が、甲高い音を立てて開けられる。外の眩しい光に、俺はゆっくり目を開いた。
入ってきた騎士が俺の手枷と床を繋げた鎖を外す。
「――出ろ」
俺が馬車から降り立つと、そこは、巨大な城壁に囲まれた、石造りの広場だった。王都の城塞のどこかのようだ。
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