第十三話:眠る少女の側で、音もなく暗殺者は消える【前編】
(……眠れない)
理由は、分かっていた。
隣のベッドで眠るロッテの穏やかな寝息に混じって、すぐそこのベッドから聞こえてくる、もう一つの静かで、穏やかな寝息が、やけに耳につくからだ。
ライル・アッシュフィールド。この数日で、私の常識を何度も覆した、謎の師範代。
鬼神のような強さと優しさが、彼の中では当たり前のように同居している。考えるうちに知らず知らず彼女の思考は、普段とは違う軌跡を描き始めていた。
(ライル様はわたくしのことは、どう思っているのだろう。「剣のことしか頭にない、可愛げのない女」だと、そう思われているのかしら……。稽古では褒められることもあるけど、自分ではまだ全然分からない。本当は呆れられていなければ良いのだけれど……)
いつか、必ず。いつか、彼の言う「感覚」を、少しでも掴んでみせる。そう決意したところで、またライルの静かな寝息が耳に届く。
(明日も早い。寝なければ)と思い目を瞑るが、自分の鼓動がやけにうるさく眠れない。
セレスは、暗闇の中で一人、顔が熱くなるのを感じていた。
彼女の、そんなあてどなく彷徨っていた思考が、ふとした物音で断ち切られたのは、その時だった。
チリ、と窓の外で、何かがガラスを引っ掻くような、ごく微かな音。
そして、それまで鳴いていた夜虫の声が、ぴたりと止んだ。
(……!)
瞬間、セレスの頬に集まっていた熱が、すっと引いていく。柔らかく、戸惑いに満ちていた心の表面が、一瞬にして凍りつき、研ぎ澄まされた刃のような感覚だけが残った。それは、子どもの頃から剣と共に生きてきた彼女の、魂に刻み込まれた本能だった。
彼女は音もなくソファから身を起こし、すぐそばに置いた愛用の剣へと手を伸ばす。窓の外の静寂の中に潜む、明らかな「殺気」。
(ライル様は!?)
そう思って視点を転じた先には、先程まで静かな寝息を立てていたはずのライルが、音もなくベッドから抜け出し、低い姿勢で窓へと向かっている姿が、雲の切れ間からわずかに射した月あかりに浮かび上がった。
彼の目は、闇の中で、まっすぐに窓の一点を捉えている。
そのままセレスを見ることもせず、静かに人差し指を口元に当て、「静かに」と、無言の合図を送ってきた。
カチリ、と。
窓の鍵が、外から外される音が響いた。
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次回は本日の23時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




