第十二話:宿場町の一夜と、三人部屋【後編】
セレスとロッテが湯浴みを終え、俺たちもそれぞれにさっぱりした後。再び部屋割り問題が浮上した。
ロッテはお風呂に入っててからは落ち着きを取り戻したようで、先程のように大声で泣くことはなかったが、俺の手を握り、「ライル様と一緒じゃなきゃ、いやです」と主張した。
イザベラは当然、「公爵家の令嬢と、どこの馬の骨とも分からない男を、二人きりで同室にさせるなど、断じて許可できません」と言う。そこで俺は、自分なりに考えた提案をした。
「……では、セレスさんもこの部屋に泊まってもらって、ベッドは二つありますから、ロッテちゃんとセレスさんが使ってください。俺はソファで寝ます。それなら安心ではないでしょうか?」
俺がそう言った瞬間、セレスが「えっ!?」と大きな声を上げた。
湯上りのせいもあってか、彼女の顔が鮮やかな赤色に染まり、紫水晶の瞳が泳いでいる。
その様子を見たイザベル隊長は、翌日のことも考え、これ以上の議論は無駄だと悟ったのか、大きなため息を一つつくと、結論を告げた。
「……現状、それが最も現実的な解決策か。仕方ないですね。セレスティア殿、シャルロッテ様のお付き添い、お願いします」
「は、はい!」
セレスの様子にギデオン殿は苦笑いを浮かべていた。
結局、ロッテとセレスの強い希望で、俺とロッテがそれぞれベッドを使い、セレスがソファで休むことになってしまった。俺としては固いソファの方が良かったのだが、ロッテは主張を譲らず、セレスの「師範代を差し置いて……」という言葉に根負けした結果だった。
眠る前に、隣のベットに入ったロッテが俺に尋ねてきた。
「ライル様は、英雄なのですか?」
「……ううん。違うよ」
俺は、即座に首を振った。
「俺は、強くない。ただ、師匠に教わった通りのことをやっているだけだよ」
「……でも、わたくしをお救いくださいました」
「……それは、そうしなければいけない、と思ったからから」
「……どうしてそう思ったんですか?」
「……そう感じたから」
不思議そうに首を傾げる彼女に、俺はそれ以上、何も説明できなかった。
俺の答えに、彼女は満足できなかったのかもしれない。だが、彼女はそれ以上何も聞かず、「おやすみなさいませ」と言うと、自分のベッドに潜り込んだ。
すぐに、すーすー、と安らかな寝息が聞こえ始める。
俺は、その寝顔を見ながら、今日一日の出来事を反芻していた。
人を傷つけた。命は奪わなかったとはいえ、その事実は重い。
だが、腕の中で震えていた、彼女を守ることはできた。
師匠の教えは、こういうことだったのだろうか。
俺にはまだ、その答えが分からなかった。
***
一方、セレスティア・アークライトは眠れずにいた。
与えられたソファは、野営の際の寝袋に比べれば天国のような寝心地のはずだったが、彼女の意識は冴え渡り、心臓は落ち着きなく鼓動を続けている。
(……眠れない)
(第十二話 了)
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