第十二話:宿場町の一夜と、三人部屋【前編】
日が落ちる頃、俺たちの隊列は街道沿いの大きな宿場町に到着した。
宿に着くと、イザベル隊長はまず部下の一人を呼び寄せ、蝋で封をした命令書を渡し、
「これを、騎士団本部の副団長へ。ヴァロワ公爵家のご令嬢、シャルロッテ様を道中で保護したこと、護衛は壊滅、我々が護送任務を引き継いだことを報告しろ。そして護衛の援軍を至急求むと伝えろ。良いな!馬を乗り潰しても構わん」
と命じた。騎士は力強く頷くと、馬を走らせ、王都へと続く闇の中へと消えていった。
その様子を、俺はただ黙って見ていた。物事が、俺の知らない場所で、とてつもない速さで動いている。
その後、俺たちは宿の、奥まった場所にある個室へと通された。他の客たちからは隔離された、静かな部屋だ。イザベル隊長は、その部屋の扉の外に部下の騎士の一人を立たせ、見張りを命じた。
運ばれてきたのは、肉の煮込みやパンといった食事だった。もちろん、そば粉のようなものはあるはずもない。俺、何も言わず水と、添えられていたパンを少しだけ口にした。ロッテは、昼間の惨劇が思い出されるのか、ほとんど食事に手を付けず、相変わらず俺の服の裾を固く握りしめている。
張り詰めた空気の中、俺たちは黙々と食事を済ませた。
食後、イザベル隊長は宿の主人に、隣り合った一番奥の部屋を三つ、確保させた。
問題が起きたのは部屋割りについてだった。
「……ライル様と一緒がいいです……」
ロッテが、俺の外套の裾を固く握りしめたまま、離れようとしない。
ギデオン殿が「シャルロッテ様、今宵はセレスティアと……」と言いかけるが、ロッテは怯えた目でブルブルと首を横に振るばかりだ。
流石のイザベルも怯える小さな子供の扱いには困り、「どうしたものか」という雰囲気が濃くなった時、セレスが、はっとしたように言った。
「皆様、少しお待ちください。ロッテ様は、お疲れなのです。まずは、お風呂に入って体を温めるのがよろしいでしょう」
「貸切風呂をすぐに使えるように貸し切っております」
イザベルがホッとした口調で応じた。
セレスはロッテの前にそっと膝をつくと、優しい声で語りかけた。
「シャルロッテ様。わたくしがお手伝いしますから、一緒にお風呂へ行きませんか?きっと、気持ちも落ち着きますよ」
ロッテは、俺の顔をじっと見上げた。俺がこくりと頷くと、彼女も小さな声で「……はい」と答えた。
俺は、彼女の機転に感心した。
***
湯気が立ち込める、石造りの貸切風呂。セレスは、大きな湯船の中で、シャルロッテの小さな背中を優しく洗っていた。昼間の戦闘でついたのであろう、腕や足の細かな擦り傷が痛々しい。
「……痛みますか?」
セレスの問いに、彼女は小さく首を振った。
「……アンナが、いつも洗ってくれました」
ぽつりと、亡くなった側仕えの名前を口にする。その瞳に、また涙が浮かんだ。セレスは、その背中をさする手を止めず、静かに言った。
「……そうでしたか。アンナさんは、最後まであなた様を守ろうとした、立派な方でしたね」
「……はい」
シャルロッテは、こくりと頷くと、今度は別のことを尋ねてきた。
「……ライル様は、怖くなかったのでしょうか」
「え?」
「あの人たち、とても怖かった……。でも、ライル様は、少しも怖そうではありませんでした」
セレスは、脳裏に浮かぶライルの姿に、少しだけ考え込んだ。常識外れの強さ、理解不能な戦闘理論、そして、子供を抱きしめるあの優しい姿。
「……ええ。あの方は、とても不思議で、そして、とても勇気のある方です」
セレスはそう言うと、シャルロッテの髪を優しく洗い流してやった。
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