第百九話:魔法使いと魔術師【前編】
エリオットがその豪奢な馬車でやってきたのは、日も暮れようとしている頃だった。
「それじゃあ、気をつけて。ルナちゃんに何かあったら、ただじゃ済まないからね」
ラターナがそう言って客室に収まるエリオットを睨みつける。
私がここに着いて、すでに三日が経っていた。その間、彼女は私にタイドリアの言葉遣いを始めとする生活習慣全般と、特にアウレリアの魔法ではなく、タイドリアの魔術から見た、物の考え方について教わることになった。聞けば彼女自身魔術師だったそうだ。時折見せる術式を書く手際の良さからして、なかなかの腕前だ。
その間、エリオットは、「ちょっと下拵えをして来るのでここでお待ちください」と言ったきり、ほとんど姿を見せることはなかった。
幸いラターナは教え上手な上、とても気の利く女性だった。お陰で、ひとつを除いては概ね合格、魔術については「もう教えることはありません」という評価をもらっていた。これはまあ、私の実力からすれば当然だろう。
「――分かっているさ。万が一のことがあったら、間違いなくお前よりも百倍怖い人に殺される……、いや、殺されるよりも、もっと酷い目に遭わされるな」
「……そうなのかい?」
そう尋ねる彼女に私はにっこり笑う。
「ええ、百倍ではとても利かないと思いますので、その点はご安心ください」
「……まあ、なら大丈夫かしら」
ラターナがそう言って小首を傾げる。
「それで、そっちの首尾はどうなんだ?」
「伝石で伝えた通りさ。ルナちゃんは恐ろしく優秀だよ。あんたがこれまで連れてきた誰よりも。ただ……」
「あれか?」
そのエリオットの問いに、ラターナが軽く首を横に振るのを見て、私は思わず口を開いた。
「言っておきますけれど、わたくしは、〝できない〟のではありません。〝やらない〟のです」
「……そういうことよ」
ラターナがもう一度首を振った。
「誰になんと言われようと、わたくしはあんな破廉恥なことはできません。そもそもいまも、こんな服を着せられていることに承服しかねていいます」
私はそう言ってラターナの後ろから飛び出した。いままでは恥ずかしくて彼女の影に隠れていたのだ。
「おお! これは素晴らしい!」
エリオットが私の格好を見て相好を崩す。
私が着ている、エリオット曰く「タイドリアの伝統衣装」とやらは、私がそれまで着てきたどんな服よりも、体を覆う布の面積が小さいものだった。簡単に言えば、ひどく露出度の高い服なのだ。
素材はシフォンシルクと呼ばれる高級なもので、肌触り自体は良いのだが、何しろ薄い。
深い夜空を思わせる濃紺の生地は、動くたびにふわりと透けて見えそうで心許ない。上衣は首の後ろで紐を結ぶだけで、肩や鎖骨、あろうことかお腹周りまでが完全に露わになる、ただ胸元を覆うだけの心許ない代物だ。
同じ生地で作られたゆったりとしたパンツは、腰の低い位置で留められ、太ももまで深い切れ込みが入っている。そのため動く度に白い素足が覗いてしまうのだ。 おまけに、手首にはジャラジャラと鳴る金の腕輪、足首には足飾り、額には青い魔石が下がる細い額当てと、これでもかというほどアクセサリーを身につけさせられている。顔の下半分を隠す透け感のある薄布も、どこか退廃的でいかがわしい。
(こんな格好、お父様やお姉様、それにイザベル様が見たら……)
考えただけで体が慄える。
私は自分の肌を隠すように腕を組むと、馬車から顔を出しているエリオットを睨みつけた。
「……本当にこんな格好をする必要があるのかしら?」
そう言って軽く腕を振ると、手首につけた金のブレスレットがジャランと豪奢に鳴った。ラターナによると、用意した物は飛び切りの高級品ということだ。確かに服もアクセサリーも、それほど詳しくない私でも手が込んでいるのが分かる。
「もちろんです。アウレリアの魔法使い、それも天才の誉高いルナリア・アークライト様を、タイドリア魔術学会の長である、アルドス・レイトンを引き合わせるには、畏れながらそのお召し物を纏っていただくのが一番早いのです」
先ほどとは一転して、真面目な顔のエリオットが頭を下げる。一緒にいて分かったことは、この男はとにかく押し引きが上手い。軽口を叩いたかと思えば、真面目な顔で理屈と、その利点を説くのだ。私もなんとか他の方法がないのかと食い下がったのだけど、時間や効率を考えると他に方法がないことは認めざるを得なかった。
「なんだかごめんなさいね」
ラターナが私を見て済まなそうな顔をする。
「あなたが謝ることではありません」
私が少し慌てて声をかける。
「いえ、もう少しルナちゃんのことを知っていれば、違う衣装を用意したのに……」
そう言うと彼女はしょんぼりと俯いた。美人で普段が勝ち気な人だけに、その姿は一層悲しげに見えた。
「あ……、その、衣装は確かにちょっと、抵抗がありますが、その、私に似合っていないというわけでありませんし……」
パッと彼女の顔が輝く。
「そうでしょう!? エリオットから、髪が銀色と聞いていたのでその色を選んだんだけど、この国でも指折りの職人が染め上げた濃紺が、ルナちゃんの綺麗な銀髪に映えていてとっても素敵! アクセサリーも、普通の人じゃとても着こなせない一流のものばかり集めたんだけど、ルナちゃんは完璧! 特に金色の瞳と、額に輝く蒼い宝石がもう……」
そう言って感極まったように絶句した。確かに彼女は真剣にこの衣装を選んでくれていた。正直に言えば、それは嬉しかった。
もちろん私は、自分の容姿が優れていることを自覚しているし、常識の範囲で化粧もしてる。だけど、誰かにこんな風に、足の先から頭の天辺まで、文字通り私を磨き上げるように体を手入れをしてもらったことはなかった。そんなことに時間を使うくらいなら、魔法の研究に使っていたからだ。
だから鏡に映った自分の姿を見た時に驚いた。とても自分とは思えない程、綺麗だったからだ。ただ綺麗なだけじゃない、一気に大人の女性になった気がしたのだ。
「……本当に、綺麗?」
ラターナが自分の豊かな胸を、ポンと一つ叩いて大きく頷いた。
「お綺麗です、ルナリア様」
「まさに傾国の美女です」
ほとんど二人の声が揃った。それが気になったが黙っていることにした。
「……分かりました。参りましょう」
私はそう言って馬車に乗った。
「じゃあ、行ってくるよ」
エリオットが馬車から身を乗り出して、ラターナに軽く声をかける。
「本当に気をつけて。あんた、ルナちゃんを絶対無事に連れて帰るんだよ」
前半は私に、後半はエリオットに向けた言葉だ。また、ルナちゃんと呼ばれていることに気がついたが、それについても深く考えることはやめた。
賽は投げられたのだ。
パタンと扉が閉まり、馬車が動き出した。
私は外さずにいた、イザベル様からもらったブレスレットに触りながら、馬車の揺れに身を任せた。
こんにちは、佐藤峰樹です。今週もはじまりました。朝7時台から夜21時台へのお引越しとなります。
お初の方もいらっしゃるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします。
お話の方は、前話までとはところを変えて、タイドリアのルナとエリオットです。
面白いと思っていただけましたら、ぜひブックマークに加えていただければ嬉しいです。評価も大歓迎です。
すでに文字数が57万文字を超える長編となっています。気長にお付き合いいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
一話からお読みになりたい方は、こちらとなっています。
https://ncode.syosetu.com/n4674ld/
自分でも読み返しても、〝思えば遠くに来たものだ〟という感想です。
次回は明日の21時前後の更新を予定しております。またお会いできることを楽しみにしています。
https://x.com/minegi_satou




