第百八話:副団長と副隊長【後編】
馬に揺られながら、前を進むイザベル副団長の姿を見ていた。あの時、この人が助けてくれなければ、いま頃、私もベルクも死んでいたはずだ。あの時、交わした言葉は短かったが、そこには、生きて辱めを受けるくらいなら、互いに相手を殺すことも含まれていた。
副団長は私にとって、憧れと言える存在だった。王立騎士団における女性騎士の誕生は、100年前に登場したアシュリン嬢まで遡ることができるが、男性優位の世界であることには変わりがない。その時々に、武芸に秀でた女性騎士は登場したが、近年は大きな戦争が絶えて久しいこともあり、より高位の家柄の男性に見初められることを目的にしたものという偏見も少なくなかった。実際、私から見てもそうとしか思えない者も存在した。
そうした風潮の中で、イザベル副団長の存在は圧倒的だった。陛下からのお声がかりで、20歳という年齢で騎士団に加わり、そこから辺境任務などでメキメキと頭角を表し、たった四年で副団長の地位に上り詰めたのだ。
もちろん周囲の風当たりの強さは尋常ではなかったらしい。彼女はそのことごとくを弾き返したという。また、一度手を出して失敗した者は、二度と彼女には近づかず、その理由を周囲に話すこともなかったと聞く。そんな彼女には色々な噂がたったが、私にとってはどうでもいいことだった。結果が必要とされる世界で、彼女は抜群の結果を出して勝ち上がったのだ。なにより彼女の弓を見ればそれは明らかだった。
私が一番印象に残っているのは、御前試合で見せた弓馬術での姿だ。並いる男の騎士が、コース上に用意された障害物に手を焼き失敗する中で、彼女は悠々とした手綱捌きで馬を操ると、息一つ乱すことなく、最速で全ての目標に的中させたのだ。
それだけ副団長の実力はもちろん、為人も分かった。だから私が目指すべきは、100年前のアシュリン嬢ではなく、イザベル様だった。
「リナ」
そんなことを思っていると、不意に前を行く副団長から声が掛かった。
「は、はい!」
「お前はあの時、なぜ引き返してその男を助けた?」
私は牽かれた馬の上にうつ伏せで乗せられているベルクを見た。応急処置はしたが、まだ馬を扱える状態ではないので、馬に結えて乗せていたのだ。いまは気を失っていた。
「一人であれば突破して逃げられたはずだ。その男もそのつもりで働いていたはずだ。にも関わらずお前は引き返して、結果的に二人とも死ぬところだった。なぜだ?」
副団長は前を見たままそう言った。それは詰問という感じではなかった。ただ、適当な返事を許す人でないことは承知していた。
「隊長は私たち二人をこの任務に送り出しました。であれば、最後まで二人で帰ることを目指すべきだと――」
「その結果、二人とも、そのうち一人は副団長を失うことを、お前の隊長、ファビアンが望むというのか?」
副団長が、私の返事をピシリと断ち切った。それは半ば予測していたことだった。私自身、自分の心を計りかねていたのだ。
私はあの時一度、必ずベルクと一緒に帰ろうと心に決めた。それはファビアン隊長の悲しむ顔を見たくないからだった。だけど、ベルクが自分の身を犠牲にして死地を脱する道を作ってくれて、彼がついて来ていないことを知った時、私はほとんど迷わず馬首を返していた。ベルクがそれを望んでいないことも分かっていたが、そうせざるを得なかったのだ。
「――私が騎士になると言った時、家族はみんな反対しました」
私がそう言った時、チラッと副団長がこちらを見た気配がした。でも私は、下を向いていたので、それを確認することはできなかった。
ヒュウ、と冷たい風が吹いた。それに促されるように、私は話しを続けた。
「一人だけ賛成したのが父方のお祖父様でした。お祖父様は若い頃、騎士団で分隊長を務めたそうで、よく自分の経験談を話してくれました。子供の頃の私はその話を聞くのが大好きだったのです」
ポクポクと三頭の馬が立てる蹄の音が響いた。
「北で行われたある任務で、お祖父様は部下を一人連れて斥候に出ました。上手く敵の拠点を見つけたそうですが、帰り道で、蛮人が仕掛けた罠に右足を食われました」
「食われた?」
副団長が前を見たまま聞き返してきた。
「はい。特殊な食肉植物だそうです。だからお祖父様の右膝から下はありませんでした」
「……それは、ご苦労であったな」
静かな声だったが、そこには真実の労いが籠っていた。
「ありがとうございます。……その時、お祖父様は自分が帰隊するのは無理だと判断して、部下に一人で戻ることを命じたそうです。その部下は平民上がりの騎士で、分隊ではいつも軽んじられていたそうです。でもお祖父様は地味な仕事でも真面目に立ち働く彼を随分買っていたそうで、だからその斥候でも彼を選んだんです」
副隊長は何も言わなかった。
「一度は命令通り帰ろうとした部下でしたが、すぐに戻ってきてお祖父様に肩を貸して歩き始めたそうです。もちろんお祖父様は怒りました。命令通り一人で帰隊しろ!と。二人ともここで死んだら、折角の斥候の意味がないわけですから。でもその部下は、〝自分は平民上がりでも騎士です。騎士は騎士を見捨てません〟と」
副隊長がフッと笑ったような気がした。気のせいかもしれない。
「結局、お祖父様と彼はなんとか帰隊して、敵の情報を部隊長に伝えることができて、任務は成功したそうです」
「お祖父様とその部下はどうした?」
「義足になったお祖父様は前線からは離れ、騎士団で弓の教官になりました。もともと弓が得意な人だったので。部下の方は――」
また冷たい風が吹いた。
「その後の戦いで亡くなりました」
副団長は静かに私の次の言葉を待っていた。
「斥候で一番地理に詳しいということで、部隊を先導している時に、蛮族に射かけられたと聞きます」
「……そうか」
「私の弓は、そのお祖父様に教わったものです。いつも私にも、生徒にも言っていました。〝お前らが俺から弓を習えるのは、本物の騎士が俺の命を助けてくれたからだ〟と」
私はイザベル副隊長に話しながら、なぜあの時、ベルクを助けに戻ったのか、その理由が分かってきていた。(生きてファビアン隊長に会いたい)私は心からそう願った。その一方で、私がいまここに立っているのは、生まれの家や血筋とは関係なく、騎士であることに誇りを持ち、その矜持を守った人たちがいたからなのだ。隊長には申し訳ないが、私はまず騎士であることをやめられないのだ。
それと、私は別のことを思い出してクスリと笑った。それに気がついたイザベル隊長が怪訝な顔をして振り返った。
「どうした?」
「あ、いえ――」
「なんだ、言え」
蒼い瞳が細められた。
「――こ、これは内輪のお話なので、副団長にお聞かせするのは、ちょっとあれなのですが……」
「構わん言え」
これ以上、この人を相手に粘るのは無理だ。私は諦めた。
「ベルク、その気を失っている男は、あの時、私のことを〝お嬢様〟と呼びました」
「お嬢様?」
「はい、海の男たちの言い習わしで、船に女の子の人形を置くと、災難から逃れられる、というものがあるそうです」
「……それで、お前がその〝お嬢様〟なのか?」
私は頬が赤くなるのを感じた。
「……はい。もちろん軍規もありますので、大っぴらにそう呼んでいるわけではなく、みんな影で呼んでいるのです。ですから、私も気がついていない振りをしています……」
「嫌ならファビアンを通じて、禁じればよいではないか」
「もちろん隊長にも相談しました。ただ隊長から、その経緯などを聞いて……」
「丸め込まれたのか?」
その声には、珍しく楽しがるような響きがあった。
「そ、そういうわけではないのですが――。その……、〝ベルクを含めて私について来てくれた海上がりの人間は皆んな、陸での生活が不安なんだ。だから、君さえ良ければ、黙認してくれないか〟と言われまして……」
「許したのか?」
「まあ、実害があるわけではないので……」
今度ははっきり副団長が愉快そうに笑った。憧れの人に大笑いされた私は、思わず馬の上で気を失っている原因のベルクを睨みつけたが、すぐにそれが効果がないことに気づいた。それよりもあの時、彼に「隊長も私のことをそう呼んでいるのですか?」と聞かなかったことを思い出していた。
(聞いておけば良かった――)
「お迎えが来たようだぞ、お嬢様」
目を上げると、前方から数騎の騎馬が向かってくるのが見えた。全員、騎士団の鎧を身につけているが、紋章や意匠などが微妙に異なる。確かに第十三部隊だった。
「副隊長!」「リナ様!」
口々に叫びながらこちらに向かって来る。
その声を聞きながら、私はようやく帰るべきところへ辿り着いたのだと分かった。
私は第十三部隊を護る〝お嬢様〟なのだ。簡単に死ぬわけにはいかないのだ。
(百八話 了)
こんにちは、佐藤峰樹です。今週もありがとうございました。
激しい戦闘の後の閑話休題というわけではないのですが、ちょっと勢いを揃えたいところでこんな話を前後編で書いてみました。
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次回は来週の月曜日の更新予定です。
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私には朝は厳しかったです……。すみません。
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それでは次回は、来週月曜日、21時前後にお目にかかれればと思っています。
またお会いできることを楽しみにしています。
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