第百八話:副団長と副隊長【前編】
素早く切り立った崖を登る。騎士団の鎧をつけたままだったが、(王の影)である私にとって、この程度の崖を登ることは雑作もないことだった。
登りきったところで、ベルトからルナにもらった新しい片眼鏡を出し、右目にかける。一気に右目の視界が広がる。眼下には女騎士とその部下らしい男が、野盗らしき輩に包囲されつつある。
女騎士が長弓で騎馬の男を射倒した。いい腕だ。
狙撃の用意を進めつつ、片眼鏡の倍率を上げて射手の顔を確認する。レンズの向こうに見えたのが、第十三部隊の副隊長であるリナだったことに私は驚いた。
彼女は騎士団でも抜群の弓遣いだった。その腕前を見込んで、この北伐にあたり、私はルナからもらった単眼鏡などを彼女に渡していた。彼女の所属する第十三部隊は寄せ集めの混成部隊であり、人員も通常の半数程度しかいない。過酷な戦場で、多少なりとも彼女の助けになればと思ってのことだった。
(なぜこんな場所にいるのだ?)
そう思いながら、右手の中指に緑色の魔石が入った大ぶりの指輪をはめた。これも片眼鏡と一緒にもらったものだ。軽く指を曲げ伸ばしして具合を確認する。狙うのは、まずはあの騎馬の奴らからだ。
改めて二人の周りを何事か叫びながら走り回る四騎を確認する。一騎を射倒したところで、残りが逃げたり、二人に襲いかかることを避けるためには、まとめて倒したい。
私は、片眼鏡の中に映る四騎の動きに集中しながら弓を引く。誰かがこの姿を見れば矢を番えていない、空弓を構えているように見えるだろう。だが違う。
「――シルフィアよ、無尽の風を番えよ」
呪文を唱えるや否や、指輪から緑色の光が、引き絞った弦と弓との間に矢のように真っ直ぐ伸びる。その光が、弓を持ち狙いを定める人差し指の上に達した瞬間、引いていた弦を放つ。音もなく放たれた緑の光が疾る。私は立て続けに四射放つ。放たれた四本の光の矢は、ほとんど同時に四騎の男たちへと襲い掛かった。
片眼鏡の中には、地面に転がる野盗どもと、何処へと走り去る馬が見えた。
リナともう一人の男は唖然とした様子だ。
驚いているのは彼らだけではない。半包囲しつつあった奴らの足並みが乱れた。片眼鏡の中で頭を上げて周囲を見回している赤い鉢金を巻いた男が見えた。
「迂闊な奴」
私はそう呟きながら、今度はベルトに下げた矢筒から矢を番える。指輪を使った魔法の矢は連射にはいいのだが魔力の消耗が激しい。それと、まだ慣れないせいもあるのだろうが、あまり射た手応えを感じられないのだ。
青く光る弓を番えて狙いをつける。もちろんこれもルナからもらったものだ。重さとバランスが絶妙だ。
フッと右指が放れる。
今度はさっきとは違って、弦がピシッと鳴る音がする。
次の瞬間、片眼鏡の中で鉢金の男の頭が吹き飛ぶのが見えた。その血を浴びた周りの奴らが恐慌状態になり、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
「――凄いものだな、これは」
ルナからは、「突き抜ける力を封じ込めて、目標を爆発させる」と聞いていたが、実際にその効果を目にするのは初めてだった。
この片眼鏡も弓も、ルナが攫われる前に私用に、自分の研究室で作ったものだった。それを竜背丘陵で別れる前に、店番の少年、カインを魔法で叩き起こして、転移させたのだ。ルナは自分の無事を知って安心して泣きじゃくるカインに驚いた様子だったが、すぐに気を取り直すと、次々と一方的に必要なことを命じて送らせたのだ。
知らず知らずのうちに、左腕につけたブレスレットに目がいく。予定通りなら、彼女はいま頃、エリオットと一緒にタイドリアにいるはずだ。
そう思うと、あの竜背丘陵でのライルとのやり取りが思い出された。
(あの男は――)
私は矢筒から今度は普通の矢を引き抜くと、逃げ惑う野盗どもを射続けた。まだルナからもらった矢はあったが、これ以上、野盗に使う気はなかった。
気がつくと、戦場で立っている者は、騎士団の鎧を纏った二人だけになっていた。
私はまだ射足りなかったが、崖を降り、留めていた馬に乗ると、彼らの方に向かった。
その間に、私は(王の影)から、騎士団の副団長へと戻っていた。
こんにちは、佐藤峰樹です。
今回はイザベル視点となります。書いていても、敵に回したくない人です(笑)。
面白いと思っていただけましたら、ぜひブックマークに加えていただければ嬉しいです。評価も大歓迎です。
どうぞよろしくお願いします!
次回は明日の7時前後の更新を予定しております。またお会いできることを楽しみにしています。
https://x.com/minegi_satou




