第百六話:風を吹かせて、煙に巻け【前編】
戦線は膠着状態に陥っていた。私の立てた作戦は半分は成功したが、半分は失敗した。丘から駆け下ったスタークの騎兵は、第四部隊と第八部隊を攻撃していた蛮族軍の後背に襲い掛かり、これを散々に打ち破った。また、ヒビの入った水瓶の底のように湧いていた敵の増援は止まっていた。これは未だ合流は果たしていないが、リナとベルクが首尾よく作戦を成功させたからだろう。
ただ自由になった、第四部隊と第八部隊の動きは鈍かった。特に、ビッケ隊長が率いる第八部隊は、自隊への圧力が減じたことから、それまで以上に本隊との合流を果たそうと急進した。そのため、包囲から抜け出そうとしていた、本隊と第二部隊の退路を塞ぐ形となり、狭い街道で味方同士が押し合いへし合いする醜態を晒すことになった。幸い、敵の指揮系統が混乱したようで、弓や岩の集中砲火は浴びずに済んだが、結局、陽が沈む前に本隊との合流を果たすことはできなかった。
私の第十三部隊は、しんがりとして敵の襲来に備えたまま、野営することになった。夜の闇は彼らに味方する。いま私たちにできるのは、なけなしの魔法隊に命じて、できるだけ周りを明るく照らし、不意打ちを避けることくらいだった。
「もう少し、事前に打ち合わせをしておけば……」
とぼやいたところでしょうがなかった。これは私の考えが甘かったせいだ。海の上ではどんなに嫌いな奴でも、嵐を前にすればそれを避けるためには一丸となって向かう。船が沈んでしまっては元も子もないからだ。ところが陸ではそうはいかないことを思い知った。
幕舎を見渡すと、一人を除けばみんな疲れた顔をしていた。私を含めて大規模な軍事作戦に参加するのはこれが初めてだった。
(せめて第四部隊のガンター隊長とは連携がとれるようにしないと、危ないな)
そう考えながら、目の前に置かれたお茶を口にした時、この場で唯一、機嫌のいい人物が声を掛けてきた。スタークだ。
「あれですな、海の流儀だけでは、なかなかうまくいかないことも多いようですな」
悔しいが、それについては彼の言う通りだった。
「じゃあ君は何か妙案でもあるのかい?」
「ありません。私は味方であっても、嫌いな奴と仲良くなりたいとは思いませんから」
そう言って彼は気楽に笑った。ここにリナがいないことが悔やまれた。彼女がいれば、ここまで傍若無人な態度はとれないからだ。
(彼女は無事だろうか?)
恐らく向こうも夜は動かず、日の出を待ってからこちらに合流しようとするはずだった。「絶対に無理はするな」と厳命したのは私だ。それにあの二人なら、私よりずっとうまくやれるはずだった。少なくとも、こんな面倒な男を相手に、夜を過ごしていないのは間違いない。
「まあ、前向きに考えましょう。間抜けな貴族が少しでも減ることは、国庫と勤勉なる民衆にとってそれほど悪いことじゃありません」
「君だって、貴族だろう?」
「言ったでしょう? 間抜けな貴族、と」
そう笑って彼はお茶を飲んだ。意外なことだが彼は酒が飲めないのだ。
「で、どうするんですか、明日は? 明日は明日の風が吹くなんて言いませんよね?」
本当はそう言ってやりたかったが、他の部下もいる前でそんなことは言えない。
人の気も知らないで、美味そうにお茶を啜る彼の顔を見ているうちに、一つ思いついたことがあった。
「……スターク。貴族の君にとって、戦場における真の貴族の振る舞いとはなんだい?」
スタークはお茶の入ったカップを置くと、素早く立ち上がった。
「真の貴族とは。言葉ではなく、その貴き振る舞いによって他に自らの存在を示し、家名を高め、公孫に道を遺すものなり」
その声は、先ほどまで自分の隊長を相手に、お茶でクダを巻いていたとは思えないほど、高らかに幕舎に響いた。すかさず数人が立ち上がり唱和した。スタークが優雅に一礼すると、ドカリと床几に腰をおろした。他の者も、どやどやと腰をおろす。
「あんまりやらせんでください」
そう言ってスタークが私をジロリと見た。流石の彼も、貴族として最低限の答礼は刷り込まれているらしい。私は笑いを噛み殺して、真面目な顔で彼を見返す。
「君のその貴族としての信条に頼って、この危機的な状態を打開する作戦がある、と言ったらどうする?」
「――あるんですか?」
「ある」
「どんな?」
「風に吹かれるのではなく、風を吹かせるならどうだい?」
太い眉毛の下で輝く、アイスグレーの瞳が私を見た。
「お話を伺いましょう」
こんにちは、佐藤峰樹です。
今回は、ファビアンとスタークです。何をするつもりなのかは後編で。
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次回は明日の7時前後の更新を予定しております。またお会いできることを楽しみにしています。
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