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病弱だった俺が謎の師匠に拾われたら、いつの間にか最強になっていたらしい(略称:病俺)  作者: 佐藤 峰樹 (さとう みねぎ)
第一部【王都クーデター編】

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第十一話:騎士隊長の意外な弱点と、可愛い使い魔【後編】

 俺は彼女の顔を見て答えた。

「殺意を感じなかったからです」

「なに?」

「あの男は困惑していました。最初からロッテを殺す気はなかった、というよりも、殺せなかったのでしょう」

 ギデオンが膝を膝を打った。

「そうか!奴らはシャルロッテ様を攫へという命令を受けていたわけだな」

 俺は頷く。

「はい」


 イザベルが形の良い眉を(しか)めて言う。

「なぜそんなことが断言できる。もし、そうでなかったらどうするつもりだった!?」

 俺は少し考えて答えた。

「……分かりません。今そう聞かれるまで考えたことがありませんでした」


 この俺の返事には、流石にギデオン殿もやや呆れた表情になった。

「では、万が一殺す気だったらどうしたのだ?」

 もう一度俺は少し考えてから答えた。

「分かりません」


 その答えにイザベル隊長の声が怒気をはらんで鋭くなった。

「それはあまり無責任ではないか!万が一にでもシャルロッテ様の身になにかあったら、お前の命で贖えるものではないのだぞ」


 俺は困惑しながら師匠の言葉を思い出していた。

「確かにそうなのですが……。私の師匠は『もし、という言葉を使うな』と言っていました。予想や予測は無意味で、大事なことは『いまに間に合うかどうかだ』と。『全ては変化の中にある。その変化の中で自分を見失わず、自然でいられるかどうかだ』と……」


 俺のこの言葉に、イザベル隊長は振り上げた拳の落とし所を失ったようだった。

「……では、結果がどうでもよいというのか?」

「どうでもよいわけではないのですが……。『先に結果を考えるよりも、いま自然にできることをやる』という意味だと俺は理解しています」

 俺は師匠の言葉を思い出しながら付け加えた。

「師匠は『いまに間に合わなければ意味がない。それが間抜けだ』と」


 ここでギデオン殿の大きな笑い声が車内に響いた。

「面白い!ライル殿、実に面白い!」


 その笑い声に隣りに座るロッテが身じろぎした。彼女はゆっくりと目を開けると、大きな翠玉の瞳で、俺の顔をじっと見上げた。

「……よく眠れた?」

 俺がそう声をかけると、彼女はこくりと頷いた。恐怖の色は、もうない。

「はい……。ライル様、助けてくださり、ありがとうございました」


 彼女がそう言った時、その服の襟元から、白い毛玉のような小動物が、ひょっこりと顔を出した。


「ああ……お前だったのか」

 俺が思わず呟くと、ギデオン殿とイザベル隊長が、怪訝な顔で俺を見た。

「ライル殿?」

「いえ……。ロッテさんの気配の中に、ずっと、何か温かいものが一緒にいるのを感じていたんです。それが何なのか分からなかったのですが……。ようやく正体が分かりました」


 俺の言葉に、ギデオン殿が驚きの声を上げた。

「おお、それは月のテンではないか! 極めて希少で、主人の危機を察知する賢い使い魔と聞く。……そうか、お主も怖かったであろう」


 月のテンは、くりくりとした黒い目で俺を見ると、ロッテの肩までよじ登り、きゅ、と一声鳴いた。

「モモも、怖かった、と申しております」

 ロッテは嬉しそうな顔で、俺とモモを交互に見ている。


 その時、俺は向かいに座るイザベル隊長の様子がおかしいことに気づいた。

 彼女は平静を装っているが、その体は硬直し、視線は白い小動物に釘付けになっている。まるで毒蛇でも見るかのように。どうやら原因はロッテに戯れているモモのようだ。

 俺は思わず、口元が少しだけ緩んでしまった。

(……この、鉄のような人でも、苦手なものはあるんだな)


 俺の気持ちを知ってか知らずか、モモは好奇心旺盛に動き始めた。

 まず、ロッテの肩から俺の膝の上へと、ちょこんと飛び移ってくる。俺は、その小さな頭を撫でながら、モモに声を掛けた。

「お前も、ロッテを助けていたんだな」

 モモは気持ちよさそうに目を細めると、今度は俺の膝から、隣に座るギデオン殿の膝の上へと軽やかさで移動する。

「おお、人懐こいやつだ」

 ギデオン殿が、その毛玉のような体を優しく撫でる。


 そして、モモは、次の目的地を定めたようだった。

 ギデオン殿の膝から、隣に座るイザベル隊長の膝の上に飛び移った。

 イザベル隊長の体が、ビクッと大きく震える。

 モモは、彼女の膝の上では飽き足らず、彼女の肩までよじ登り、その顔を覗き込むように「きゅ?」と鳴いた。

 イザベル隊長は、完全に硬直した。彼女は、肩に乗る小さな生き物を決して視界に入れまいとするかのように、窓の外の景色を必死に見つめている。その額には、うっすらと汗が滲んでいた。


 それを見ていたロッテが、無邪気に尋ねる。

「イザベル様。モモ、可愛いでしょう?」


 ロッテからの純粋な問いかけに、イザベル隊長はロッテに向かって顔を引き攣らせながら、絞り出すように答えた。

「……は、はい。……た、大変……愛らしい、生き物、ですな……」


 その様子に、ギデオン殿は肩を震わせ、必死に笑いをこらえているようだった。

 やがて、モモは満足したのか、イザベル隊長の肩から前後の手足の間にある柔らかい皮を広げて滑空すると、再び主であるロッテの元へと戻っていった。その瞬間、イザベル隊長が、誰にも気づかれなように、ふう、と心の底から安堵の息を吐いたのに俺は気づいていた。


 ロッテは、自分の腕の中に戻ってきたモモを抱きしめると、再び俺の腕に寄りかかり、すーすーと小さな寝息を立て始めた。

 やがて、馬車の速度が落ち、窓の外に宿場町の明かりが見えてきた。長い一日が、ようやく終わろうとしていた。


(第十一話 了)

お読みいただき、ありがとうございました。

「面白い」「続きが読みたい」と少しでも思っていただけましたら、ブックマークや、ページ下の【★★★★★】から評価をいただけますと、大変励みになります。


次回は明日の11時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。

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