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病弱だった俺が謎の師匠に拾われたら、いつの間にか最強になっていたらしい(略称:病俺)  作者: 佐藤 峰樹 (さとう みねぎ)
第一部【王都クーデター編】

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第七話:王都からの使者と、夜更けの剣舞【後編】

 ギデオン殿の書斎で、俺は改めて、イザベルと名乗った騎士隊長と向き合っていた。セレスも、心配そうな顔で俺の隣に座っている。書斎の扉の外には、イザベル隊長の部下である騎士二名が、直立不動で控えているのが気配で分かった。

「……ベルンシュタイン公爵家からの正式な訴えです。ユリウス殿は、師範代を名乗る正体不明の男から、一方的な暴行を受けたと証言しております」


 イザベル隊長のその言葉に、それまで黙って話を聞いていたセレスが、弾かれたように立ち上がった。

「お待ちください、イザベル隊長!その証言は全くのでたらめです!」

 彼女の凛とした声が、書斎に響く。

「一方的な暴行などではありません!そもそもは、ユリウスが最初の日にライル師範代に正々堂々と敗れたことを逆恨みしたのが発端です!そして彼は、その翌日に神聖な訓練場へ街のごろつきを連れ込み、再び師範代に襲いかかったのです!彼の見苦しい行いの全てを、わたくしたち一同が目撃しております!」


 セレスの必死の反論に対し、イザベル隊長は表情一つ変えなかった。彼女は氷のように冷たい声で、事実だけを突きつける。

「では、六王家に連なるベルンシュタイン公爵家の三男であるユリウス様の告発は、全てでたらめだと、そう仰るのですか?」


 その言葉には、ただの問い以上の重さがあった。六王家。その単語が出た瞬間、書斎の空気がさらに張り詰めるのを、俺は肌で感じた。

 イザベル隊長は、感情の読めない目でセレスを見据え、続けた。

「セレスティア様。お気持ちは分かります。ですが、これは個人の感情を挟む場ではありません。ベルンシュタイン公爵家からの正式な訴えである以上、我々は定められた手順に従い、当事者であるライル殿を王都へお連れし、事情を聴取する義務があります」


 彼女は俺に向き直ると、淡々と告げた。

「事の真偽は、王都にて明らかになります。あなたには王都までご同行いただく。これは、王立騎士団隊長として、そして王家の名においての『命令』です」


 有無を言わせぬ、という強い意志を感じる。セレスはなおも何かを言おうとしたが、それをギデオン殿が手で制した。

「……無論、その命令に従おう。ライル殿の潔白は、このワシが保証する。セレス、お前もだ。支度をしろ。我らもライル殿と王都へ向かう」

「はい、父上!」

 セレスは力強く答えた。

 ここまで俺の発言はなかった。状況が掴めていないので、余計なことは言わずに二人に任せたのだが、あまり任せすぎるのも問題なのかもしれない。そう思って口を開こうと思ったのだが、先に口を開いたのはイザベル隊長だった。

「承知いたしました。では、明朝、日の出と共に出立します。よろしいですね?」


 結局、最後まで俺は一言も喋ることなく話が決まった。俺は、このアークライト剣術道場に来て、まだ一週間も経っていないというのに、今度は「王都」という場所へ行くことになったらしい。

 俺の意思とは関係なく、物事はどんどん大きな方へ転がっていく。


 その夜、俺は自分の部屋で眠れずにいた。

 明日から、王都へ行く。そこでは、俺の知らない理不尽な力が働いているのかもしれない。そう思うと、落ち着かなかった。山から下りてきたことを少し後悔していた。あそこでは眠れない夜などなかった。

 俺は気分を変えようと、部屋を抜け出し、夜風に当たるため中庭を抜けて、夜の道場へと向かった。


 月明かりだけが差し込む、静まり返った道場の中央に、一つの人影があった。

 イザベル隊長だった。

 昼間身につけていた銀色の鎧は脱ぎ、体にぴったりと合った薄めの稽古着を着ている。薄く柔らかい素材のようで、その稽古着は彼女の体の動きを全く邪魔せず、流れるように体に沿っている。

 その薄い稽古着の下で動く体は、先日見たルナのようにしなやかだったが、明らかに違っていた。少女の華奢さの残るルナとは違う、十分成熟した大人の女性だけが持つ、丸みと力強さを兼ね備えた曲線がそこにはあった。

 そしてその手には、獲物であるレイピアが握られていた。


 彼女は、まるで月光の下で舞うように、流麗なステップを踏んでいた。どんなに激しい動きをしても、衣擦れの音は全くしない。ただ、レイピアの切っ先が空気を切り裂く、鋭く、シュッ、シュッという音だけが聞こえる。

 流れるような動きを続けるうちに、彼女の額やうなじに、玉の汗がじわりと滲み、月光を反射して光った。

 それは、セレスたちの剣術とは全く違う、優雅で、それでいて恐ろしく精密な動きだった。そして昼間の彼女からは想像もつかない、どこか女性的な美しさと、見る者を惑わすような艶めかしさがあった。


 俺が息を殺してその光景に見入っていると、彼女はぴたり、と動きを止めた。こちらに背を向けたまま、静かに問いかけてくる。

「……いつからそこに?」

「……すみません。眠れなくて」

 俺が正直に答えると、彼女はゆっくりと振り返った。彼女は俺を特に咎めるでもなく、淡々と言った。

「……一日一度は、こうして汗をかかないと眠れん質でな」

 彼女はレイピアを鞘に収めると、俺の横を通り過ぎて道場を出ていった。

 俺の横を通り過ぎる瞬間、双子たちの陽だまりのような香りとは違う、どこか甘い香りがふわりと漂った。

「明日は早い。お前も、早く寝ることだ」

 そう言い捨てると、彼女は夜の闇の中へと立ち去っていった。

 俺は、その場に残された彼女の気配を感じながら、その練度の高さに驚いていた。


 翌朝、俺たちが訓練場の前で旅支度を整えていると、門下生たちが全員、見送りに来てくれていた。

 門の前には、王立騎士団の紋章を掲げた二頭立ての馬車が二台、用意されている。

「ギデオン様、ライア様、ライル師範代……どうか、ご無事で」

 コンラッドが、代表して頭を下げる。皆、不安そうな顔で俺を見ていた。


 俺の荷物はほとんどない。着ている服と、ギデオン殿が用意してくれた、少しばかりの金銭と旅用の外套だけだ。

「では、参りましょう」

 イザベル隊長の号令一下、彼女の部下である騎士たちがそれぞれの馬車の御者台に座る。俺とセレス、そして監視役である彼女自身が、一台の馬車に乗り込む。ギデオン殿は、もう一台のアークライト家の馬車に乗るようだった。


 動き出した馬車の窓から、遠ざかっていく訓練場と、いつまでも頭を下げている門下生たちの姿が見えた。

 これから、一体どうなるのだろう。

 俺は、向かいに座るイザベル隊長の、昨夜の道場で見た姿とは全く違う、冷たく張り詰めた気配を感じながら、静かに目を閉じた。


(第七話 了)

お読みいただき、ありがとうございました。

「面白い」「続きが読みたい」と少しでも思っていただけましたら、ブックマークや、ページ下の【★★★★★】から評価をいただけますと、大変励みになります。


次回は明日11時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。

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