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病弱だった俺が謎の師匠に拾われたら、いつの間にか最強になっていたらしい(略称:病俺)  作者: 佐藤 峰樹 (さとう みねぎ)
第一部【王都クーデター編】

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第七話:王都からの使者と、夜更けの剣舞【前編】

 翌朝、俺が食堂へ向かうと、そこには既にギデオン殿とセレスの姿があった。俺が席に着くのとほぼ同時に、セレスが居住まいを正し、父であるギデオン殿に昨夜の結論を報告していた。俺も、固唾を飲んでそのやり取りを見守る。


「――以上です、父上。わたくしは、ライル師範代のこの案に賛成です」

 全てを聞き終えたギデオン殿は、しばらく腕を組んで黙考していたが、やがて深く頷いた。

「……うむ。理に適ったやり方だ。午前で『静』の鍛錬により精神と感覚を研ぎ澄まし、午後からは『動』の鍛錬で肉体と技を磨く。見事な組み合わせだ。セレス、お前の判断を支持する。そのように進めなさい」

「はっ!」


 ギデオン殿は、満足そうに頷くと、俺に向き直った。

「ライル殿も、それでよいな?」

「はい。ありがとうございます」


 こうして、俺とセレスが二人で決めた新しい稽古の方針は、正式に認められた。

 安堵したのも束の間、ギデオン殿はふと、重い溜息をついた。


「……問題は、ユリウスだな」

 彼の名前が出ると、セレスの表情も曇る。

「ユリウスは、あの日以来、一度も顔を見ていない。王都の実家に戻ったようだ」

 ギデオン殿は、俺に説明するように語り始めた。

「彼は六王家が一つ、ベルンシュタイン公爵家の三男でな。子供の頃から、剣の修行のためにこの訓練場で預かっておるのだ。我儘で、人を人と思わぬところがあるが、剣の筋は決して悪くない。剣の道を通じて、いずれ人となりも変わるものと信じて指導してきたのだが……」

 その言葉の端々に、弟子への期待を裏切られた無念さが滲んでいた。

 俺は黙って聞いていることしかできなかった。


 その日から、訓練場の空気は変わった。午前中は俺の、午後はセレスの指導という新しいカリキュラムが始まると、門下生たちの不満の声は消え、訓練場には以前よりもずっと密度の濃い熱気が満ちるようになった。


 穏やかな日々が、数日間続いた。


 午前中は、俺が指導する「静」の鍛錬。門下生たちは相変わらず首を傾げながらも、以前のようなあからさまな不満を口にすることはなくなった。特に高弟のコンラッドは誰よりも熱心で、稽古の後には必ず俺の元へ来て、一対一での手合わせを希望した。そして、その度に「全く分かりません……!」と頭を抱えて自室に戻っていくのが、日課のようになっていた。


 午後からは、セレスが中心となる「動」の鍛錬。門下生たちは水を得た魚のように生き生きと木刀を振り、俺はそれを訓練場の隅から眺める。

 全員が、一糸乱れぬ動きで、同じ剣の軌跡を描いている。力強く、美しい。だが、俺の目には、その全ての動きの『濃淡』が、手に取るように見えていた。

 その稽古の途中、休憩中のセレスが俺の元へやってきた。


「どうかなさいましたか、ライル師範代?」

 俺の視線に気づいた彼女が、不思議そうに尋ねる。

「いえ……。皆さんの動きはとても綺麗ですが、なぜ、全員が同じ場所で、同じように剣を振るのですか?」

 俺の純粋な問いに、セレスは一瞬、虚を突かれたような顔をした後、嬉しそうに微笑んだ。

「それこそが、型の意味だからです。最高の効率で剣を振るうための、先人たちが練り上げた答え。それを繰り返し行うことで体に染み込ませるのです」

「……なるほど。合理的、ですね」

 俺の答えに、彼女は不思議そうな顔をした。

「合理的……ですか?」

「ええ、ひとつの動きの中に戦うための技術と呼吸、身体を作る意味が込められているのがよく分かります」

 セレスは目をパチパチとさせると、改めて皆が訓練する様子を眺めた。

「そういう見方をしたことはありませんでした」

「集団を強くするためによく考えられた稽古で、大変勉強になります」

「ライル様にそういって頂けると嬉しいです」

 セレスはそう言って笑った。


 ギデオン殿は、そんな俺たちの様子を、満足げに眺めていた。伝統的な稽古と、俺の型破りな稽古が組み合わされたことに、彼も内心では安堵しているのかもしれない。無理もないことだ、と俺は思う。


 ユリウスは、あの日以来、一度も顔を見ていない。頭を冷やせば、また戻ってくるだろうとギデオン殿は言っていたが、俺にはそう思えなかった。


 そんな、奇妙に穏やかな日常が揺らいだのは、新しい稽古を始めて五日目の昼下がりのことだった。


 午後の稽古が終わり、皆が汗を拭いていると、訓練場の入り口に二台の立派な馬車が止まった。

 先頭の馬車から降りてきたのは、全身を白銀の鎧で固めた一人の女性と、同じ紋章をつけた部下の騎士二人だった。背筋がまっすぐに伸び、その立ち姿には一分の隙もない。腰に下げた長剣の柄には、王家の紋章が刻まれている。

 彼女はギデオン殿の姿を認めると、迷いのない足取りでこちらへやってきて、恭しく敬礼した。

「ギデオン師範。王命により、お迎えに上がりました。騎士団隊長のイザベル・アドラーです」

 その声は、鈴の音のように凛として、涼やかだった。

お読みいただき、ありがとうございました。

「面白い」「続きが読みたい」と少しでも思っていただけましたら、ブックマークや、ページ下の【★★★★★】から評価をいただけますと、大変励みになります。


次回は本日の21時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。

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