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病弱だった俺が謎の師匠に拾われたら、いつの間にか最強になっていたらしい(略称:病俺)  作者: 佐藤 峰樹 (さとう みねぎ)
第一部【王都クーデター編】

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第六話:新しい稽古と、「セレス」と呼ぶこと【後編】

 午後、俺は稽古の内容を変えることにした。


「二人一組になってください。そして、一人で立っていた時と同じ状態で、向かい合います」


 門下生たちは、言われるがままに組を作る。俺の前に、お互い胸の前で輪を作っている二人一組で向かい合った列ができた。


「その状態でお互いの手の甲を、そっと合わせてください」


 俺の指示に、皆、ますます訳が分からないという顔をしつつ、互いの手の甲をつける。


「そうしたら、互いに自分の力を相手に伝えるイメージで、軽く押してみてください」


 俺は、できるだけ丁寧に説明しようと試みた。


「大事なのは、相手の力を『受け入れる』ことです。自分の形を保ちながら、相手に力を伝える。同時に、相手からの力も受け入れる。自分の体が相手と自分の力で満ちていく、そんな感じです」


 俺は、皆の顔を見回した。


「頑張りすぎないでください。相手を動かそうとせず、踏ん張りもせず、ただ自分の形を失わず、相手の力を受け入れる。それだけです」


 俺の説明に、門下生たちは互いに顔を見合わせたまま脂汗を流している。俺が言っていることが、まるで遠い東方の国の賢者が語る、雲を掴むような話にでも聞こえているのだろう。


 やがて、あちこちからうめき声のようなものが聞こえてきた。ほとんどの組がただの手押し相撲のような力比べに変わってしまっている。ぐっと力を込める声や、押し負けてよろける者が出始める。


「やめてください」


 俺の声に、皆の動きが止まる。


「それは力勝負です。そうではありません。……コンラッドさん、こちらへ」


 俺はコンラッドを相手に、見本を見せることにした。


「俺を押してみてください。本気で構いません」


「……失礼します!」


 コンラッドが、全体重を乗せて俺の手の甲を押してきた。だが、俺の体は、まるで地面に根が生えたかのように、一寸たりとも動かない。


「なっ……!?」


 コンラッドが驚愕に目を見開く。そして、今度は俺が、ほんの少しだけ意識を前に向け、右足を半歩進めた。


「うわっ!?」


 それだけで、コンラッドの巨体は、いとも簡単に後ろへ数歩よろめいた。


 不思議そうに俺を見るコンラッドに軽く頷いて礼をする。


「コンラッドさんは力が強い。ですが上半身に力が集中していて、下半身が疎かになっている。だから簡単に崩れるんです。ここでやっているのは力比べではありません。相手の力を、腕から踵、床まで通すことです」


 俺なりに一生懸命伝えたつもりだったが、訓練場は静まり返っていた。


 その沈黙を破って、セレスティアさんが前に進み出た。


「……わたくしが、お相手をお願いしてもよろしいでしょうか」


「もちろんです」


 俺とセレスティアさんは、そっと手の甲を合わせた。


 彼女の手は、コンラッドのようにがっちりと固くはなく、しなやかな弾力があった。恐らく俺の説明を聞いて、彼女なりに一生懸命やっているのだろう。


 試しに俺は自分の体の中に圧を加える。それに反応して彼女の手に、ぐっと力がこもる。頭では俺の話を実践しようとしているのだが、体が反射的に力で応じてしまっている。


 彼女が力を込めれば込めるほど、まるで鏡のように、同じだけの力が彼女自身に返っていく。


 案の定、彼女の体勢が崩れて後ろによろめく。俺は何もしていない。彼女が、自分の力でバランスを崩したのだ。


「……くっ」


 悔しそうに顔を歪める彼女に、俺は言った。


「すぐになにかをしようとしないでください。まず、ただ手を合わせたこの状態で、少しだけ、相手を感じてみてください」


 俺の言葉に、セレスティアさんは頷くと、気持ちを入れ替えるように一度深く息を吐き、瞳を閉じた。


 そして、ただ静かに、俺と手の甲を合わせている。試しに圧を少し加えるが、先ほどとは違い、俺をどうにかしようという力が消えている。


 俺の手から、じんわりと体温が伝わっていくのが分かった。


 彼女は焦らず、ただ待っていた。俺の温かさが、彼女の腕を伝い、肩を通り、胴体を抜け、やがてその踵まで染み透っていく。その感覚を、じっと感じ取ろうとしている。


 彼女の全身の気配が、すっと地面と繋がった。


「それです、セレスティアさん。とても良いです、その感覚です」


 俺の声に、彼女は驚いて目を開けた。そして、言葉にできない何かを感じたという顔で、俺をじっと見返した。


 確かに、彼女は何かを感じたのだ。ただ、それが何なのか、まだ彼女自身にも分かっていない。それは闘争の技術としての「武術」ではなく、もっと深く……相手の魂と直接繋がるような、そんな感覚だったからだ。


 その日の稽古が終わった後、俺はセレスティアさんに声を掛けた。


「今夜、少しだけお時間をいただけませんか。稽古のことで、ご相談したいことがあります」


 その夜。俺たちは、静まり返った訓練場で向かい合っていた。


 俺は、昼間に聞いた門下生たちの声と、俺自身の悩みを、正直に彼女に打ち明けた。


「……やはり、俺のやり方は、皆さんには合っていないようです。ただ苦痛なだけで、稽古をした気にもなれない。これでは、師範代失格です」


 俺の言葉に、セレスティアさんは静かに首を振った。


「いいえ、そんなことはありません。わたくしは……今日、確かに、今まで感じたことのない不思議な感覚を味わいました。あれが何なのか、もっと知りたいと思っています」


「ですが、このままでは皆さんの不満が溜まるだけです。そこで、相談なのですが……」


 俺は、自分なりに考えた案を彼女に伝えた。


「午前中は俺の稽古を行い、午後はこれまで通り皆さんがやってきた基礎鍛錬や型稽古を行うというのはどうでしょう」


 俺の提案に、セレスティアさんは驚いたように目を見開いた。


「……よろしいのですか、ライル師範代。それでは、あなたの教えが……」


「その方が良いんです」


 俺は、自分の考えを正直に話した。


「何が必要で、何が不要か。それを決めるのは、本人です。皆さんが今までやってきた稽古は、体を鍛え、技を磨く上で、とても合理的で素晴らしいものだと思います。俺のやっていることは、それとは全く違うものだから、戸惑うのは当たり前です」


 俺の言葉に、セレスティアさんはどこか安堵したような、それでいて申し訳なさそうな顔をした。そして、彼女は少しだけ恥ずかしそうに、本音を打ち明けてくれた。


「……実を言うと、わたくしも、もう少し体を動かす稽古がしたいと、思っていました」


 彼女はそう言うと、ふっと柔らかく微笑んだ。


「あなたの案に賛成です。父には、わたくしから話を通しておきます」


 そして、彼女は俺に向き直ると、その紫水晶の瞳で、真っ直ぐに俺を見つめた。


「それから……ライル師範代。改めて、お願いがあります」


「……なんでしょう?」


「わたくしのことは、『セレス』と。そう、お呼びください」


(第六話 了)

お読みいただき、ありがとうございました。

「面白い」「続きが読みたい」と少しでも思っていただけましたら、ブックマークや、ページ下の【★★★★★】から評価をいただけますと、大変励みになります。


次回は明日11時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。

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