第六話:新しい稽古と、「セレス」と呼ぶこと【前編】
翌朝、訓練場には昨日とは全く違う、静かな熱気が満ちていた。
門下生たちは誰一人私語を交わすことなく、俺の指示で始まった「ただ立つ」稽古に、真剣に取り組んでいた。
だが、真剣だからこそ、彼らの顔にはすぐに苦悶の色が浮かび始めた。
時間は、ただゆっくりと流れた。太陽が訓練場の真上に差し掛かろうかという、昼まであと一時間ほどの頃だった。それまで意地で耐えていたコンラッドが、ついに悲鳴に似た声を上げた。
「ライル師範代……!これは、無理です!」
「力を抜け、と言われたかと思えば、抜きすぎるな、と。集中し過ぎだと言われたかと思えば、ぼーっとするな、と……!どれもこれも相反する、無茶な要求です!」
彼の叫びは、他の門下生たちの心の声を代弁していた。俺は困りながらも、正直に答えるしかなかった。
「すみません……。でも、最初はそういうものなんです。俺も、始めた頃は体が弱くて、一分と立っていられませんでしたから」
俺の言葉に、門下生たちの顔に驚きの色が浮かぶ。
「師匠に拾われたばかりの頃は、立っているだけで気を失いそうでした。でも、不思議と、これを続けているうちに、体の調子がどんどん良くなっていって……。俺も、最初の三年くらいは、自分が何をしているのか、さっぱり分かりませんでした」
「「「さ、三年!?」」」
俺の言葉に、セレスティアさんを除く、ほぼ全員の門下生から苦悶の声が上がった。三年も意味の分からない苦行を続けろというのか、という絶望が訓練場に満ちる。
その反応を見て、俺は少しだけ昔を思い出した。
(……俺の場合は、他にやることもなかったからなぁ)
死ぬつもりで入った山だった。師匠に拾われ、ただ言われたことをやるだけの毎日。だが、それは苦痛ではなかった。鳥の声、風の匂い、木々のざわめき。あの山の雰囲気は、不思議と俺を落ち着かせてくれた。
師匠との稽古を思い出す。いつも一人で立っていたわけではなかった。時には、師匠と向かい合い、互いの腕を合わせたまま、森の中を何時間も歩き続ける、ということもあった。
……あれなら、一人でやるよりは、少しは感覚が伝わるかもしれない。
俺は、皆の絶望に満ちた顔を見ながら、午後の稽古のやり方を変えることを思いついた。少しでも、雰囲気を変えなければ。
午前中の稽古が終わると、俺は皆に告げた。
「すみません、俺の説明が下手で、上手く伝わらないようです。午後からは、少しやり方を変えてみようと思います」
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後編は本日21時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




