09 まだ戦いは終わっていない
全部、無駄だった。
全部、意味がなかった。
その現実を知り──我知らず口角が上がった。
張り裂けてしまいそうな心を宥めるように、必死に口だけが取り繕おうとしている。
ああ。
なんで、こうも上手くいかないんだろう。
魔王を倒したんだ。俺達は。
なのに、異人種は解放されてなくて、仲間は指名手配されていて。
俺達の功績は全部勇者ロイという謎の人物の功績になっていて。
「…………ああ」
魔王を倒した後、俺は馬鹿騒ぎをしたかったんだ。
お酒を飲んでさ、頑張ったねって。
協力をしてくれた魔族のみんなも一緒にさ。
また焚き木を囲んで、日が昇るまで他愛のない話をして。
夢を語って。
笑ってさ。
辛くて……苦しくて……それでも充実していた約10年間の旅路を語り合いたかったんだ。
『見て、ロイ。大氷穴だ。私の耳が先まで真っ赤だぞ……凄いな……』
『私は研究者で。助手に裏切られたんだ。私は人を見る目がないらしい』
『ロイ。私はロイのことを良い奴だと思ってる。けど……裏切られるのが怖いんだ』
『魔王……倒した! 倒したぞ! やった! やったっ! ロイ! やったな!』
普段は静かで大人しいアラムが魔王を倒したら跳ねてハイタッチをしてきた。
皆と髪色が違うという理由でエルフの国から追放されたアラムが、同族を助けられると喜んだのだ。
『獣人は昔から傭兵としての生き道しかなかった。私はそれをやめさせたいのだ』
『ヒトが私の学び舎を襲い、子どもたちを連れ去った。そして戦争でみな死んだ』
『ロイは不思議だ。獣人に対して協力的で。……皆がお前のように優しい奴ならな』
『ウオオオオオオオ! これで! 我々は自由だ! 獣人は! 自由になれる!』
元々、学び舎の先生だったナモー。異人種解放の旗本として活動をしていた。
そこを人達が襲撃し、子どもたちを悪戯に殺した。
魔王を倒し、ようやく同胞を救えるのだと魂から吠えていたのを覚えている。
『ロイよ、ドワーフはただ良い物を作り続けたい。そのためなら何でもする種族よ』
『鍛冶区域の頭領じゃったのよ。皆を護るためにな、人とよぉ戦っとった』
『権威に靡いた同族が火を付け、その責任をワシにな。そのおかげで無職じゃ!』
『倒しよった、伝説を。……これで、皆を救えるんじゃな……ありがとう、ロイ』
いつもニカッと笑うノアラシが魔王を倒した時に涙を流していた。
ドワーフは崇高で、誇り高い種族で。それが汎人に良いように使われてるのを辞めさせたいと、力強く語っていた。
みんな、同胞を救うために……護るために、命を賭けて戦ったのだ。
「会いたい……みんなに……あいたい……」
三人と過ごした日々が昨日のように思い出せる。
なのに、298年も経って、仲間達が指名手配されてるなんて。
ガラスの向こうにある指名手配書に手を重ねると、そこにちっぽけな自分が映り込んだ。
「死ねよ……クソが」
己の無力さに腹が立つ。
「チクショウ……」
俺が封印されたせいでこうなった。
なにが勇者だ。なにが魔王を倒した英雄だ。
仲間たちすら護れないただのクソじゃないか。
「…………」
「叔父様……そんなに王女様のことを思ってるんですね……」
「………………。なに?」
「だって、みんなに会いたいって……帰ると約束した王女様と剣聖にですよね!」
ガルーは懐から【勇者伝記】という使い込まれた黒革の本を取り出してきた。
それをパラパラと捲り、特定の箇所を指差す。
「ここ! 旅の前日に剣聖に戦いを挑んだが、勇者は負けてしまった。そして、魔王を倒した後に師匠の剣聖を倒すと約束をしたって書いてますし! ここの王女様との話も、魔王領に向かう勇者の袖を掴んで離さない王女の額に口づけをして、必ず帰ってまいります、と約束したって!!」
荒い鼻息を当てられ……右手が疼いた。
「でも……この裏切り者達のせいで……全部なくなっちゃって……。特にこのエルフが叔父様の背中を刺したせいで、魔王の攻撃を避けられなくて……」
細い喉をしている。
「そうだ! 叔父様! 聖王国で復活された暁にはコイツらを殺しに行くっていうのはどうですか? コイツらが殺そうとしてきたんです! 殺されたって文句は言えないですよ!」
よくそんな細い喉から溌剌とした声を出せるものだ。
「…………なぁ、ガルー」
「どうされました!?」
ガルーの喉元に手を触れ、そのまま──
「口に汚れがついてるよ」
肉串の時から着いていた汚れを指で拭った。
目を白黒させ、ぼふん、と真っ赤になった顔を見つめて、ペロと舐めた。
「やっぱり味が濃いね、これ」
「え、あ、え、あっ」
「案内してくれてありがとう。戻ろっか」
踵を返し、勇者資料館を後にする。
冷静じゃなかったな、俺。
余計な思考を入れるな。異人種が解放されていないのなら、まだ戦いは終わってない。
『……つくづく、お主は恐ろしいのぉ。それがさっきまで絶望しとった奴の顔か』
後ろから魔王の声が聞こえる。
「普通の顔だろ、なにがおかしい」
『恐ろしい、恐ろしい。もっと人間らしく感情に溺れんか』
「人間のままで化け物を殺せれたら良いんだがな」
化け物を殺せるのは化け物だけ。
だから、俺が人間のままで倒せる訳がないのだ。
もっと殺せ。思考に人間味を入れ込むな。
何をするべきだ?
何をする必要がある?
この状況をひっくり返すために俺はなにを犠牲にする?
そして、なにを得る必要がある?
──指名手配。
あの紙が貼られているならもしかして──
少し遅れてついてきたガルーを振り返る。
「アイツらは生きてるのか?」
「え、あっ、はいっ! 異人種のことですか!? 生きてます!」
「そうか、生きてるのか」
みんなは生きてる。
ならば、希望を捨てるな。
諦めたらダメだ。
俺がするべきは仲間の情報を得ること。自分を責め立てるのは皆に会った後で良い。
だが、どうする。圧倒的に情報が足らない今、俺に何ができる。
それに監視の目もある。協力者を募るにしてもすぐに動くのは不味い。
なら、まずやることは……そうだな。
「ガルー」
「は、はい!」
「この後の予定は?」
「よ、予定は……ええっと……王宮に戻って、体の他の検査があります」
「その前に体を動かしたい。手合わせの場を設けてくれないか」
「さ、さきに検査をしたほうが……298年も眠ってて」
「お願いだ。ガルー」
ガルーの髪の毛に触れ、優しく微笑んだ。
すると、目を背け、髪の毛を指で遊ばせながら。
「わかりました……な、内緒ですよぅ?」
「ありがとう」
利用できるのは利用するべきだ。
「あと、俺を知らない人が良い。そっちの方がやりやすい」
「叔父様が復活したことはまだ王宮の人間しか知りませんから! そこは大丈夫かと」
「なら良かった」
計画を立てるのにも情報が足りない。
この体の状態をまず詳しく知り、異人種とこの国、周辺国の情報を知る。
強引に助けに行けれるなら、助けに行く。無理ならまた別の方法を考えよう。
「早く行こう。楽しみが増えた」
1部1章はここで終わりです!
作品や続きにご興味をお持ちいただけましたら、下の★をクリックしていただけると嬉しいです!!