06 街の異変
「すみませんでした……!」
「なんで俺は謝られてるの?」
お店を少し巡ってご飯を食べていると、急にガルーが謝ってきた。
え、この牛串美味しい。調味料をそのまま舐めてるみたいに濃いけど。
「最初の言葉遣いや、叔父様を疑ったこと! あとは魔力がないという結果になってしまったこと。私のせいで不快な思いをさせてしまって……」
なんか知らんけどへこんでる。でもしっかりと牛串は食ってる。
「気にせんでいい。そっちの方が楽だ。あと、魔力ないのはガルーのせいじゃない」
「叔父様……」
『わらわのせいじゃと言いたいのか!?』
(そうだろ、くそったれ)
『わらわのせいじゃと言いたいのかー!!』
耳元で叫ばれたので、顎下から串を上に振り抜いた。もちろん当たらない。だが、魔王は驚いて空中で後方回転していた。
『ヒィンッ!? ばっ、こっ、殺す気か馬鹿者!!』
馬みたいな驚き方してやがる。
「叔父様! あっちにも行ってみましょ!」
「そうだな」
情報収集も兼ねての街の散策を始めたんだが……この街は色々すごいな。飯も美味しいし、街並みも不思議だ。変なデカいのを道が走ってるし、服装も全然違う。異文化って奴か。
(こんな街があったなんてな……)
「こォらッ! 触るんじゃないよ!」
「わっ」
デカイ箱物の中にいたオバさんが大声をあげ、身を乗り出してきた。
身なりは商人のような見た目。生地の良さそうな服を着ているのは分かる。
「オバさん、これなに?」
「見たことがないのかい?」頷くとため息を疲れた「駆動輌っていうんだよ」
「くるま……へー。これでなにするんだ? 戦うのか?」
「バカ言え。荷物運びが楽になるのさ」
「移動を楽にするだけでこんなモノを使うの……?」
牛や馬が牽いてる訳でもない。後ろの箱物は荷馬車と似ているけど。
「すごく便利なんですよ、コレ」
「アンタの連れかい? ちゃんとガキは見守ってな!」
「連れだなんて! この方は私の叔父であり、勇者様なんです!」
「勇者ならお姉ちゃんを困らすんじゃないよ! 勇者様は仲間や家族を大事にしたことで有名だからねぇ!」
「へー、そーなんだ、分かったよ」
返答を聞くと満足したのか、御者席に座って走り出した。どういう原理で動いてるんだ? 珍しいものばかりあるなあ。
馬はいないし、なにより溝臭くない。だが、
「ガルー、治安はあまり良くないみたいだな?」
「え?」
「ほら、なにもないところに向かって話してる奴がいる。クスリだ」
俺が顎をクイッとした方を見たガルーは目を細めて、ああ、と。
「あれは通信魔道具を使ってるんです。遠く離れた人と話ができるモノですね」
「つうしんまどうぐ」
これです、と出されたのを見てみる。
ノアラシが酒を入れていた丸型水筒みたいな見た目だけど少し違う。
球形に調整具がいくつか突起していて、キリキリと回せるようになっている。
「これで遠くの人と?」頷かれた「……すごいな。コレも魔力を?」
「魔力を使うものもあれば」またゴソゴソと鞄を漁って「鑑定具のように魔力がなくても使えるものもあります!」
「魔力がなくても使える……? もしや、魔石か」
「正解です!」
手元に出したソレを受け取り、指の中で回して見る。
「便利だな」
魔石。別名はコア、核。魔力の凝縮体だな。
これはモンスターの魔石かな。魔人の奴はもっと濃度がすごいし、手で持つと魔障になるし。
「でも、魔力があるなら魔石なんて使わなくて良いんじゃないか? 使うと直ぐなくなるし」
魔石は魔力を使い果たすとその形を保てなくなり、パキンッと割れて崩れる消耗品なのだ。
「あは……えへへ……まぁ、そうなんですけど……えっと……えへ、そうです」
なんか気まずそう。なんだ?
「あ、もしや、ガルーもアンマナドなのか」
「えへへ……まぁ……はい……です」
アンマナドってのは印象が良くないんだろうな。ガルーの顔がすぐに萎れた。表情豊かなんだよなぁ、コイツ。
「アンマナドってそんな悪いのか?」
「悪いというか……なんというか……」
「大人の反応を見てりゃ分かるさ。どうなんだ?」
一歩踏み込んで聞くと、ガルーは髪の毛をくるくると回しながら。
「……魔石を買うのにお金が凄いかかりますし、貴族や市民階級は魔力の基準値が設けられてるので、それから下回ったら仕事が出来なかったり、居住区が決められてたり……大変なんですよぅ」
わぁ、過酷な国なんだな。階級やら序列を決めたがるのはどこも一緒だろうけど。
「でも、私はロイ様の姪なので! 特例で貴族階級です!」
と誇らしそうに言ってきたので、苦笑いをしておいた。
「それに魔法杖があるので戦えますし!」
じゃーんっと掲げたソレ。
コイツの鞄はなんだ? なんでも入ってるな。
「魔法と魔石が埋め込まれてるので魔法名を唱えるだけで魔法を発動できるんです!」
「へぇー……」
「めちゃくちゃ高いんですけどね……」
貸してもらい傾けたり振ったりしてみる。
見てくれはただの杖だ。だが、しっかりと魔力を感じられる。
魔法杖。知らない武器だ。根本に魔法名が刻印されている。
──【清浄の波動】──
「……。技術、どうやったんだ……?」
この国に立ち寄っていれば、魔王退治はもっと簡単にできていた。駆動輌があれば物資輸送も軍隊の移動も楽。遠くに連絡ができるのなら早馬も要らんし、伝令係も仕事を失っていただろう。
なぜ、うちのヘボ王国はココに協力要請をしなかった?
そもそもこの国は大陸のどこに位置しているんだ?
「この魔法杖は叔父様のおかげで作られたんですよ」
「俺?」
「魔王を倒してくれたから脅威が無くなって、それで研究も進んで!」
ガルーが優しい顔でそう言う。
「叔父様のおかげで私達は平和に暮らせるようになったんですよ!」
そういうことか。
(魔王を倒しに行く間に作られた訳ね)
そりゃあ、うちの国王のせいじゃねぇわ。
でも、そんな数年でここまで……技術の革新でもあったのか? たった数年でコレを形にできるとも思わない。
……それに、だ。
この街には違和感がもう1つある。
「ガルー、確認なんだけど」
「はい? なんなりとご確認ください!」
「俺達が魔王領に行く前、王様と約束をしたんだけどさ……知ってる?」
この街の違和感。
それは──異人種が街を歩いていないこと。
街を歩きながら大勢の人間を目で追った。どれも汎人だ。ドワーフも、アンスロも、エルフもいない。
唯一いたのは、使用人のエルフさんだけ。
「……約束……、ああ! 国王様と結んだ約束状ですよね! 知ってますよ!」
知ってるのか、良かった。
当たり前のことなのに、何故か俺は胸を撫で下ろしていた。
「勇者資料館に保管されています! 今、見に行けるかな……」
保管されている?
なんで……? まぁ、良いか。
「……そこに連れてってくれない?」
「任せてください!」とガルーは薄めな胸を叩いた。
そこにいけば何か分かるだろう。資料館って言うくらいだし。
「勇者が何をしたか分かる場所、か」
入口に書いてあった大きな張り紙を見て、俺達は中に入っていった。