57 なんだコイツは
(なんだコイツは)
勇者と汎人の話を聞きながら、エリオットは尻尾をくねらせていた。
会話の主導権を勇者が終始握っている。
反対の意見が出てきたとしても真っ向から反対するのではなく、刃をいなし、自分のペースに引き戻す。
(……気持ち悪い男だ)
勇者が姿を明かし、生き残りを始末し終わった後。
途中から生き残りをみつけると殺さず生かすようになった。全員を殺して良いと思っていた獣人は不満げにその姿を見つめていた。
そして、全ての人間の処理が終わると……獣人に向けてこういった。
『アイツらの信用を得るために色々と捏ち上げる。皆は服従しつつも反旗を翻しそうな雰囲気で俺について来い。ナモーは城に戻らず、森に隠れてろ。獣王国に既に密偵が入り込んでいる可能性がある』
ナモーは「分かった」と返事。
王が同意するならば彼らが否定をする訳もない。
『じゃあ、全ての責任を魔族に擦り付け──獣人を被害者に仕立てる』
企むように笑う勇者の顔に、ナモー以外は驚いていた。
王は彼を友人だと言っていた。親友だとも言っていた。
獣人を解放するために共に戦ったかけがえのない戦友なのだと。
だが、その戦友は笑顔で人の首を捩じ切るような、何を為出かすか分からない異質さを持っていたのだ。
「──言ったであろう。彼らが生まれるずっと前に支配をされていたのだ──」
仲間のような顔をして、内側から食い散らかすために刃を潜めて近づく。
ナモーの友であることは疑わない。
だが、『一対一では負けないが、戦争の場においては勝てる気がしない』というのはこのことを言っていたのだと理解をした。
「──生まれた時から教育を施し、汎人と対立を生むように洗脳をした可能性は──」
その後は、本来意図していた「休戦」に譲歩をしたように見せかけて着地。
高い要求を見せて、飲まなかったら条件を低くして提示する。
やはりコイツが苦手だ。そう思いながら、エリオットは勇者の手を尻尾で叩いた。
◇◇◇
ガルーは驚いていた。
それは、もうたくさん驚いていた。
その驚いたことというのは……勇者の姿だ。
(魔力がありえないくらい増えてる……)
聖王国に行く前には準男爵級だった魔力が、聖王国を出る頃には男爵級になった。
そして──今は子爵級。
視認できるレベルでソレなのだ。
その上で鑑定をしたらどんな数値が出てくるか分からない。
(戦争でなにがあったの……? どんなことをしたらあんなに……)
周りの皆は勇者の魔力に言及しない。むしろ、まだ本調子ではないと思っている。本調子ではないのはそうだろうが、何をすれば魔力を得られるのかを知っているからこそ、ガルーの表情は暗い。
「どうした? ガルー」
「あ、お、おじさま……」
顔を上げると口元をちょんちょんと触れていた。
袖で拭うと、汚れが残っていた。勇者を残して撤退するという話の時に、ガルーも後ろの方で吐き出していたのだ。
取れたのを見ると、いつものような笑みを浮かべていた。
「もう大丈夫かな?」
「はいっ! 大丈夫です!」
戦争に行った叔父様の方が心身ともに疲弊しているのに、そんな私の気遣いまでしてくれるなんて!!
と、いつものように脳内で喜んでいると、
「勇者さま! ご無事なんですね!!」
「怪我とかないっすか!?」
カロリーヌとノルマンが勇者に駆け寄り、二人して体の様子を色んな角度から見始めた。
汚れはあれど、怪我がないことを確認すると胸を撫で下ろした。
「あれ、あの魔法なんですか!? 見たことがないですよ!?」
「転移魔法をなんで使えるんですか!? 今の魔法士も使えないのに……」
「あと前線に残るなんてもう二度としないでください!!」
「そうっすよ! 先輩なんて吐いて泣いて叫んでたんですから」
「そうですよ! 頭がぐわんぐわんって──お前ェ!!」
横の後輩の頭をカロリーヌは殴り、涙痕でぐちゃぐちゃになった顔を両手で隠した。
戦争前の日常が戻ってきたようで、勇者の張り詰めていた空気が和らぐ――
「ててて……それで、勇者さま。ジル隊長は……どこに……」
「――……。」
ヒリヒリ痛む頭を抑えながらノルマンは勇者に聞いた。
どこを探してもいないのだ。獣人達の中にも姿が見えない。
カロリーヌは目を伏せる。彼女は分かっているのだ。
「どこにもいなくて……だから、どこに……」
ガルーは気づいた。
勇者の魔力が揺らいでることに。
「一騎打ちを挑み、時間を稼いだ。彼なしでは我々は生きて帰れなかっただろう」
勇者は腰に差していたいたモノを抜いて、ノルマンに渡した。
それは、ジルの使っていた剣だったもの。
刃先が割れ、柄は黒くて紅い汚れが付着している。
「これ、そんな、うそっすよ……なんで。隊長の剣がこんな」
「ナモーとの剣によって割れた剣だ。遺品として回収をした」
「いひん……? じゃあ、隊長は」
「彼の騎士道は私達が語り継がなければならない」
「……っ!」
ノルマンの目尻に涙が浮かび上がる。
それを下唇を噛むことで堪え、袖で擦った。
──ジルは死んだ──
その事実を一度理解してしまえば、必死に取り繕っていた感情が顕になる。
「泣くなって言われてるんで! 何回も泣かされたけど! はは……だから、泣いたら……駄目なのに……怒られるのに……」
袖で擦って、それでも溢れ出てくる涙に声を震わせる。
「強くて、かっこよくて……不真面目な俺をここまで育ててくれた親みたいな人で」
止まらない涙を隠すために袖で目を覆った。
「……だから、こんな……分かってたのに……っ」
十中八九、死んでいる。
だが、どこかで休憩しているだけかもしれない。
頭はジルの生存可能性を模索し、ノルマンの心を守っていた。
だから、聞くべきではなかったのだ。
聞いてしまえば──受け容れるしかないと分かっていたのに。
「こんなにつらいって、しらなかった……」
ノルマンだけじゃない。周りの騎士もジルの死を受け容れられない。
今、騎士団にいる者たちの多くはジルに訓練をされている。彼らの教官を育て上げ、新米騎士を叩き上げ、王国騎士団を支え続けた人物。そんな人が死んだのだ。
「……出立までは時間がある。それまでには心の整理をしておけ。騎士が泣いていたら、民が不安になる。我々は民を護る盾であり、剣だ。それを忘れるな」
ノルマンの頭を強く撫でながら、勇者は彼らを後にする。
ジルならばこういっただろう、と思いながら。