56 (小突き)
彼の意見に賛同するのは砦にいた者と剣王国の一部の者たち。
イカロスのアリスが止めようとしているが、他の者達に宥められている。
「君は、剣王国の人間だな。では、聞こう。最後に魔族が現れたのはいつだ?」
「数十年前。それ以降は聞いてはおりません」
「生きているのに姿を表していないな? ならば、どこにいる?」
「わかっていれば、すぐさま叩き潰しに向かっていますとも」
「そうだな。それが答えだ」
守備隊長は眉を跳ね上げた。
「単騎で壊滅的な被害を出せる魔族が、何十年と姿を見せていないのだ。なぜ、それが問題になっていない?」
「だからと言って、獣人と同盟を組む理由にはならない」
「獣人と戦っている場合ではないと言っている」
「戦争を仕掛けたのですぞ!? 成果を上げずに同盟など、示しがつきません!」
「成果は上げた。これ以上なにをしたい? 敵の首魁を打ち取り、獣人側も同盟を望んでいる。これでまだ足りんか」
「徹底的に潰すのです。我々は獣と同盟など結ばない!! 汎人類を裏切り、魔族に支配された王を信奉し、我々に多大なる被害を齎した」守備隊長は大げさな動きで獣達を指さした「──この獣らと手を組み、協力するなど言語道断!! 考え直していただきたいッ!」
「……、」
これだけ馬鹿にされても獣人は動かない。
それが、戦争の生き残り達には不思議で仕方がない。彼らは凶暴で、獰猛で、直ぐに襲いかかってくる理性のない獣だと思っていたのに……。
「では、みなに問おう。彼の意見に賛成する者はいるか?」
勇者が意見を聞くと、ちらほらと手が上がった。
いくら魔族が脅威だとしても、生まれてから魔族を見たことがない者も多い。そんな見たことのない脅威より、歴史教育で刷り込まれた異人種の方が脅威だと感じるのも当然。
それに加え、数刻前まで戦争をしていたのだ。割り切れる者はほとんどいないだろう。
「……そうだな。君たちの意見は間違っていない」
勇者は言葉を漏らし、肩で息をした。
「正直に言えば、私も臓腑が煮えたぎっている。今すぐにでも彼らを殺したい気持ちは皆と同じだ!」
そして、守備隊長の肩を叩き、皆に聞こえるような声で。
「では、同盟は破棄とする! 守備隊長の言う通り、彼らは信頼に値しない!」
「「「!?」」」
「このまま同盟をしてしまえば、旅立った同胞たちが報われない!!」
話が一変し、皆は辺りを反応を確かめるために目を動かす。
獣人達も同様。そんな話なんて聞いていないという顔を浮かべる。隣のエリオットに関しては、横目で勇者を嫌そうに見下ろしている。
「では! 彼らを今直ぐに始末をしましょう! 王なき獣なぞ、一捻りです!!」
武器を抜き去った守備隊長は、猫獣人の元に歩いていく。
構えた剣を喉元に突きたて、鼻を鳴らした。
「獣が服を着るなど、文明人にでもなったつもりか?」
グッと喉に剣を押し込み──その剣先が折れた。
猫獣人の皮膚に剣が負けたのだ。
「はっ──!?」
咄嗟に武器を確かめる守備隊長の耳に、猫獣人の鉤爪が触れる。
爪から漂う血の匂い。ギリッと爪と爪を合わさる音。
「──エリオット」
「分かってるッ! 手を出すな、だろ?」
勇者の言葉に食い気味に応え、髪の毛の先を削っただけに留めて手を引いた。
「だが、コイツらは勘違いをしているぞ? 我々は王の友の話を聞いて、承諾をしただけだ」
魔力が揺らぐ。
「殺したい? 信用に値しない? 貴様らは攻め入った立場だ。それなのに……何故被害者ヅラをしてる?」
隠していた魔力が溢れ出した。
「本来ならば、我らこそ領土に踏み入った貴様ら全員を殺したいのだ。そちらがそのつもりならば──」
肥大する魔力。光を浴びる鉤爪。
「だから、辞めろって」
そんな殺気を放つエリオットの肩を勇者は小突いた。
「「「──!???」」」
あの、侯爵級の獣人を──剣聖の首を飛ばし、多くの隊長を殺した存在を──小突いた。
戦争に参加した者なら先の光景の異様さを理解しただろう。いや、参加をしていなくとも、浴びせられた魔力量で目の前の獣人の脅威を理解は出来たハズだ。
「すまんな。言い聞かせたんだが……」
そしてその獣人を止めた勇者がどれだけ彼らに信頼をされているのかも。
「同盟は破棄する。これは、我々だけでなく、彼らもこちらを信用していないからだ」
怯えている守備隊長に手を差し伸べて立たせた。
土埃を払い、
「だが、魔族の意図が分からぬまま戦争をするのは避けたい。これは両立可能な感情だとは思えないか?」
確認を取ると小さく頷く守備隊長。
その反応を受け、勇者は大きく頷いた。
「では、先の話が真実かどうかを確認し終えるまで――休戦するのはどうだろうか」
同盟ではなく、休戦。
その意味や背景を皆が考える前に勇者は言葉を紡いだ。
「これならば魔族側の動向を注視しつつ、獣人達に背中を預けることはない。どうだ?」
「それならば……」
「……問題はなさそうですが」
「ソラもそれで良いか?」
この場で最も立場が上の者に最終確認を促す。
一連の流れを見ていたソラは考える間を挟まない。
「国に持ち帰り、進言をする価値はあるかと」
「では、帰国した後、陛下に進言をしよう」
話がまとまると、勇者は直ぐに動き始めた。
……まるで最初からこうなることが分かっていたかのような様子で。