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55 なぜ同盟なのですか!?


 砦の興奮は中々冷めることはなかった。酒を引っ張り出して浴びるように飲み始めた辺りからは、むしろヒートアップをしていたように感じる。


 ソラが砦の壁にもたれかかって狼狽えているのに気づかないほど、戦争の勝利に酔っていたのだ。


 だが、ふとソラの異変に気づいた者が声を掛け……そこから事態が伝わっていった。


「同盟……ですか?」


「なぜ!? 勇者様はなんと……」


 勇者に聞こうとしても、通信魔道具から声が聞こえなくなった。あれだけの雨だったのだ、むしろ繋がったのが奇跡――というのは今はいいとして。

 感情の行き先が迷子になっていると、


「勇者様の姿が見えたぞ!!」


「他のみんなも一緒だ」


 見張り塔にいた者の声が聞こえてきた。

 一斉に砦の外に出ると、勇者は大勢の獣人(アンスロ)を率いてやってきていた。


「なっ……!?」


「あれは一体……」


 勇者は砦から出てきた者達を見て、汚れた剣を掲げる。その顔は疲れているが笑顔が見える。脅されているようには見えない。一方で獣たちの顔は暗い。王が死んだのだから当然なのだが……勇者に着いてきている。


(同盟という話は……真なのか?)


 近くまで来ると、イカロスのアリスを筆頭に剣王国や黎明国の生き残りが引き渡された。皆は怯えたような表情を浮かべつつも、生を噛みしめるように泣き出した。


(生き残ったのはこれだけ……)


 ソラは生還した兵たちに目を寄越す。

 少ないという訳ではない。全滅してもおかしくはなかったから、むしろ多い。

 ただ、剣聖の姿が見えないということは……そういうことなのだろう。

 

「みな、一騎打ちの時間を稼いでくれたのだ。……よく頑張ってくれた」


「一騎打ちを……」


「私がもっと早く決着をつけられたら……もっと助けられた」


 これだけ多くの兵を連れ帰ったというのに、自分を不出来だと責め立てる。そんな殊勝な勇者の姿にソラは唇を噛みしめた。


「……っ」


 だが、感情のままに動いて良い立場ではない。ソラは心を痛めている勇者に対し、聞かねばならないことが多くあるのだ。


 呼吸を深く行い、感情を責任で押しつぶす。


「……勇者様……なぜ獣人(アンスロ)と同盟を結ぶという話に」


「それ以上近づくな」


 ソラが近づこうとすると猫獣人のエリオットが手を阻んだ。


「……なんのつもりだ」


「コイツは陛下の友だ。傷でも付けば、陛下が悲しむ。近寄るでないぞ」


 感情の籠もっていない猫獣人の言葉にソラは眉を潜めるが、勇者を見て居直した。ついでに殺気を放つ後方の騎士たちに「控えろ」と手で合図を送っておく。


「……ご説明をお願いしてもよろしいですか」


「ああ、悪い。そのつもり……なんだが、先に見てもらいたいものがあってな」


 勇者が何かの合図をして、獣人(アンスロ)達が奥から何かを運んできた。

 それは、荷車に載せられている腕。


「それは……もしや、千戦戴冠の……」


「ああ。それが今、どうなっているか分かるか?」


 質問の意図が分からず、その腕に少し近づくと物々しい圧を感じた。

 対峙した時とは異なる存在感に皆の足はソレから距離を取る。


「これはもはやナモーではない。人体に毒となる魔力を放出し続ける廃棄物だ」


「毒……ですか?」


「そうだ。ナモーが魔族に支配をされていたと気づいた者はいるか?」


「魔族……」

 

獣人(アンスロ)の寿命は我々よりも長いが、エルフやドワーフと比べて短い。私が封印されている間に、本来なら寿命が来ているハズだったのだ」


「……!」


 魔王を倒し、勇者を裏切った怪物──そんな奴も平等に寿命で死ぬ。


 それが理解できないほど、ナモーは脅威とされていた。冗談のように思えるが、事実そうなのだ。それに加え、獣人(アンスロ)という種族に対しての理解の浅さもある。彼らの生態すら知らずして、寿命なんぞ分かる訳がない。


「……たしかに。そうか……そうですね」とソラが同意を示す。


「ですが、いつから」


「寿命で考えると、少なくとも百年以上前には」


「……獣の集落の規模を拡大させていっている頃ですね」


 ソラの共通理解を得た勇者は話しやすそうに頷く。


「そして、今回、ナモーは獣人(アンスロ)と汎人を戦争状態に持ち込んだ。おそらく、両方の戦力を消耗させる算段だったのだろう。これは魔族が古来から使う手だ」


「……種族間対立を煽るメリットが魔族にあるのですか?」


「ある。魔族の敵は全ての種族だ。我々とは相容れぬ存在でありながら、大陸の支配を目論んでいる。298年前は黎明国が上手くまとめていたが、今は各国が力を持っている状況だ。彼らにとっては都合が良い」


「だから同盟を結び、分散ではなく、力を集結する、と」


「そうだ。獣人(アンスロ)達は利用されていたに過ぎないからな」


 ソラは理解を示した。勇者の話を聞く限り、同盟に問題はないように思える。

 だが、そう簡単に割り切れる訳がないのだ。


「待ってください! アレが魔族に支配されていたとしても、獣達は共に戦い、多くの者を殺したのですよ!?」


「彼らは結託し、我々を陥れようとしているのです!」


「そんな者たちと同盟なんて結べる訳がありません!」


 友が死に、仲間が死に、隊長が死に、剣聖が死に、剣王の嫡子が死んだ。

 それに加わるのは異人種への差別意識。

 誰が同盟という話を受け容れられるだろうか。


「彼らが生まれるずっと前からナモーは支配をされていた。生まれた時から教育を施し、汎人と対立を生むように洗脳教育を敷くことだって可能だ」


「だとしても協力をするのは」


「そうです! 勇者様も獣のことを憎んでいるのではないんですか!?」


「……私が危惧しているのは、最悪のケースだけだ」


 勇者の言葉に皆の眉が潜められた。


「魔王が死んでも魔族は生きている。絶対的な支配ができなくなった今、我々を蝕み、浸透し、内部に入り込んで、勢力を広げているとしたらどうする」


「そんなこと……」


「聞いたことがありません。魔族は滅びてはいませんが……」


「可能性はゼロではない。そして、事実、あの獣は魔族に支配をされていた。これが我々の国で起きていないと確信できるのか?」


 問いかけに皆が揺らぐ。


「獣人は憎い。言われなくとも憎いとも。だが、それと国益は別だろう……?」


 勇者の表情が憎しみに歪み、皆は目を見張った。

 そんな表情をするとは思っていなかったからだ。


「私情で動けば、魔族に足元を掬われる。私は汎人にとって、国にとって益となる判断をしているまでだ」


 否定ができないことを突きつけられ、恐怖心を煽る。

 そして、この行動が正義であると突きつける。

 これは立派な民衆煽動のやり方の1つだ。

 だが、これが通じない人間も当然としている。


「勇者様は気でも狂いましたかな? 証拠がない話ばかり並べ、みなが困惑をしていますよ」


 例えば、自国愛が強く、不確定事項の議論は無駄だと切り捨てるタイプ。

 そう、この砦の守備隊長だ。

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