53 強かったろう、アイツは
ナモーと298年ぶりに再会した。
俺からしたら体感数週間なんだが、まあ、仲間に会えるってのは嬉しいもんだ!
元の姿に戻るのも久しぶりだし、魔力を垂れ流しにしなくて良いってのは楽でいいなあ……。余った魔力で穴だけは塞げたし、これでとりあえずは死なないだろう。それで、だ。
「あの、ナモー……」
「どうした、友よ」
「いや……なんでも」
ナモーに抱き抱えられ、足が地面からおさらばをしている。
もうしばらくずっとこのままだ。最初は俺も撫でたり、頬をグ二グ二したりしてたんだが……一向に降ろしてくれないからだらーんと脱力させてもらってる。
普通に恥ずかしいし、体毛のせいで呼吸するのも難しいんだが……いや、別に嫌なわけじゃないし、嬉しいんだけど……。
ナモー曰く、雨に濡れるだろう、ということらしい。もうびしょびしょだっての。
「オイ、黒髪。お前は本当に英雄バルバロイなのか」
猫獣人が俺を見上げ、足をクイクイッと引っ張ってきた。適当に返事を返しておく。
「なぜ姿を隠していた」
「アイツらがあの姿をご所望だからだよ。黒髪だと呪いだなんだって……苦労した」
「口調も粗暴になってるぞ」
「ロイはいつもこんな感じだ。育ちが悪いからな」
「へいへい。天涯孤独で戸籍すら持ってないような男ですよ、俺ァ」
「だが懐かしい。その口調であれば私も気づいただろうに」
「いーや、ナモーは気づかなかったね! 俺の道化がうますぎたんだ」
いつもの軽口を叩いてジタバタと暴れるとナモーがやっとおろしてくれた。だが、ずっと覆い被さってくる。過保護すぎやしないか……?
「アラム様の話では、お前は2年後に目を覚ます予定なんだが?」
「らしいな。まぁ、それについてはコイツのせいだ」
腹部の魔族の刻印を見せる。
「俺の体に寄生してる奴が早く起こした。だから、予定とズレた。コレに見覚えはあるか?」
「……?」
周りの獣人の反応はいまいち。だが、ナモーの反応だけは異なった。声を出さずにそれを凝視。
(やはり、魔族に魂を捧げておったか)
(これでナモーの寿命の説明がついたか)
(じゃ)
(適当な返事すんなボケ)
(じゃ!)
これは、移動中のクディの一言から始まった。
『あの獣が生きとるというのが腑に落ちん。貴様らは定命じゃろう?』
298年後の世界って認識があまり無いから気づかなかったが、言われてみればナモーが長生きすぎる。
そして、俺と同じパターンなのでは? という話になった。さっきの反応がほぼ答えみたいなもんだな。
「詳しい話は戦争の後にしよう。ナモーもそれで良いか?」
「……そうだな。それで構わん」
戦争の後がいつになるかはわからんが仕方ない。戦争を終わらせることが先だ。
(戦争を長引かせてたのはそれ関連と見ていいか)
(じゃ)
(しね)
(馬鹿が)
ナモーがなんの魔人から魔力供給を受けているか気になる……が、それも後だ。先にやることがある。
ナモーに雨を遮ってもらいながら、ある男の元まで歩いていく。
それは──この戦争に参加していた最後の剣聖。
「結託していたんだな、貴様……!!」
獣人達を攻撃を片腕で捌き切り、未だに斬り殺すという気迫が残っている。さすが剣聖。この戦争の中でも彼は大きく成長をしただろう。
「家畜にもならん獣と手を組み、我らに被害を齎すつもりなんだな……!」
「俺が被害を齎した? どこで?」
「黙れッ!! 貴様がいなければこんなことにはならなかった!! この戦争で獣は根絶され、我らの領土となっていたのだ!!」
男は吠えて剣先を俺に向ける。
「お前は絶対に殺してやる! 絶対に!!」
「良いな、お前」
「ハァッ……!? 何を言って……!」
「声がでかいってのは良いことだ」
片腕なのに戦争に参加した時よりも元気。
威勢よし。声がでかい。よく喋る。なら、素体としては十分だな。
「お前にしよう。大役を任せるとする!」
指で宙を擦り、魔力を乗せる。
それは剣より鋭利で不可視な斬撃となる。
「【裂けよ】」
視認不可の無数の魔法刃。
魔力の異変に気づいた剣聖は剣を振るい――
「ギッ」
裂かれ。
貫かれ。
「やめっ、なんで──」
片腕が切飛ばされ。
足の腱が切れ。
俺達に向けて頭を垂れた。
「っ、あ、ぐ、アアッ」
「結託もなにも俺達は元々仲間だよ。お前も知っているだろう?」
「ひっ、ひッ……イィッ」
立ち上がろうにも立ち上がれない。
武器を握ろうにも握る手がない。
喋ろうにも顎が切られて閉じない。
そんな剣聖の頭に手を重ねた。
「戦争を終わらせるために、力を貸してくれ剣聖」
指の隙間から涙を浮かべる顔が見え──五指を傾けて遮る。
「友の代わりに死んでくれ」
「やめへ、あふけてっ」
「最後まで恨み事を言えよな?──【身体変化】」
魔力が剣聖を包み込み、ナモーの姿に変わる。
だが、俺の魔力は魔王の魔力。
人体にとっては猛毒。──ナモーの体となった剣聖は悲鳴を上げた。
「グアアアアアアアアアアアアアアッ!!!?」
魔障。または、魔傷。
濃度の高い魔力に中てられた体は蝕まれ、死に至る。そしてその死体は高濃度の魔力を宿す【汚染廃棄物】となる。
「アアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
さすがナモーの体だ。よく声が響くな。
アイツらにも聞こえてるかな。聞こえていると説明が楽で良いんだよな。
さて、次はどいつかな。魔力探知を行い、かすかに残っている魔力を探す。
「ゆ、ぅ……ま」
剣王国の生き残りか。生かす必要もない。殺した。次。
「あ、ぅ」
黎明国の死にかけ。うん、楽にしてやろう。次。
「私どもは何も話しません! 命に誓います!!」
「だから、お願いです……!」
お、なんか元気な集団がいるじゃねぇか。
えーと、確か……ああ、前線に飛んでいった時に助けた部隊か。女ばかりで構成された騎士団。イカロス……とかなんとか。
「何も話しません……か」
「は、はいっ……! 誓います!」
「なら、死んだ方が話さないとは思わないか」
「……へっ」
困惑する女騎士達を前に手を動かす。
「【裂けよ】」
最前線の女だけを残し、他の女の首から上が切り飛んだ。そちらを振り返る女の頭の上に手をおいて。
【沈黙の魔人の権能:口外を禁ずる】
【制約の魔人の権能:自害を禁ずる】
「あ、あ、ああああっ……」
(やることがゲスい~!! 最高じゃなあ! バーバ!)
ガルーにも施した魔法に制約の魔人の魔法を重ねておく。クディが嬉しそうに身悶えしている声が聞こえる。気色悪いなあ。
涙と雨でぐちゃぐちゃになった女の頬の泥を指で拭った。
「剣王国にもパイプが欲しかったんだ」
服の装飾がコイツだけ違った。隊長か、副隊長か。通信魔道具をつけていないから……副隊長クラスかな? 戦争の生き残りならば直ぐに昇進するだろう。
「これから君と俺は仲間だ。で、君の名前は?」
「なま、なまえっ……なま……へっ」
「名前だよ」
「あ、……アリス、です」
「いい名前だ。よろしくね、アリス」
頭を何度か優しく撫でると、座り込んだまま泣き出した。
それを放置し、死体の中を歩く。
魔力探知。魔力を見つけ、殺す。
見つけ、殺す。
見つけて──
「………………」
雨の音がより鮮明に聞こえた。
泥濘んだ地面に朱色が染み込み、小さな川となって広がっていく。
右目が潰れ、右脇腹から臓器を溢している老体の胸は弱く上下をしていた。
「ジル……負けたのか」
ナモーの足跡の上に落ちていたのは黎明国の隊長──ジル。
老兵の横に屈むと、乾いた唇がゆっくりと動いた。
「……ゆう、しゃ……まですか……?」
目も開かないか。もう命の火が消えかけている。
「アイツは強かったろう」
ジルがナモーの動きを止めるために戦いを挑んだのは見ていた。
その後、猫獣人がやってきたことで結果は見れていなかったが──剣が壊れ、眼球に突き刺さっている。ナモーの攻撃を弾ききれなかったのだろう。その結果、右脇腹を切り裂かれたのか。
「……みなは……どうなりましたか」
「俺が連れ帰った。大丈夫だ」
「そうですか……そうですかっ……良かった」
血を吐き出す。呼吸もままならないのだろう。
呼吸が徐々に浅くなっていく。
俺は体を横に倒してやった。これで血で溺れることもないだろう。冷たい手を握る。握り返す力はもう剣を握れないほど弱っている。
(もう限界だな)
このままじわじわと死を迎えるより、いっそ殺した方がジルのためだろう。
俺は指を動かそうとして、止めた。
「最後に良い経験が積めました」
「……、」
「旧時代の英雄との一騎打ち。騎士としてこれ以上の誉れなし」
俺は目を見張った。
猛々しいジルの顔が優しくも力強く笑んでいたのだ。
(お前は……最後まで騎士なんだな)
「勇者さま……みなを頼みます。お先に――」
その望みに応える代わりに力強く握った。
「ご苦労だった、ジル。安らかに」
その一言を送ると、一切の力が抜けた。
虚空を見つめる瞳を手で閉じて、立ち上がる。
その少し先に微量な魔力反応を見つけた。
「…………」
(バーバ?)
「少しは生きて帰さないと不自然だな」
全員殺すつもりだったが、変えよう。
クディには呆れられたが、これは別に慈善ではない。勇者を演じる上で必要なことだ。