52 いたいよ
(俺が復活をするまで……耐えるつもりだった?)
お前、そんなことのために……自国の民を犠牲にして……。
なんで、おまえ、そんな奴じゃなかったろ。
「……その友が復活してどうする」
「異人種の解放を掲げ、汎人と全面戦争を行う」
『異人種が不穏な動きをしている』
王はこのことを言っていたのか。
「……他の2人と連絡は取れているのか?」
ナモーの構える剣の刃先が揺れた。
……計画を立てていたが、その計画通りに進んでいるかは分からない、か?
この様子だと連絡は取れていないのだろう。アラムとノアラシの情報はないと思ったほうがいいか。
「ならば、友のために同胞を犠牲にするという訳だな、貴様は」
「皆も同意をしてくれている」
「…………違うだろ、それは」
「貴様になにが分かる」
「お前は同胞のために戦ってきた! なのに、目を覚ますか分からない友のために今度は同胞を犠牲にするのか!?」
俺は武器を抜き去った。コイツ、気が狂ってやがる。
「目ぇ醒ませよ、クソ野郎!」
「とっくに目は醒めているとも!!」
ナモーの武器に武器を合わせ、チリッと髪の毛の先が霧散した。一発一発が命を刈り取る一撃。だが、武器に迷いがある。今の俺が打ち合えている時点で、全力を出せていない。
「お前が護りたいのはあんな奴じゃなくて獣人だろうが!! 優先順位を間違えてどうすんだ馬鹿が!!」
「知ったような口を!!」
「知ってるからなァ!! こうして喧嘩するのは久しぶりだな! デカブツ!!」
振り上げをギリギリまで引き付け──<転移>で避けた。
「そればかりだな、貴様は!」
「得意技ってのは何回してもいいだろ!?」
次の振り下ろしを目で追うと真横への大ぶりに変化。馬鹿力め!
上空に跳躍することで避けると二の太刀が迫っていた。
「────、」
二刀。当たる。防御。間に合う。なら──
そのまま剣と剣を合わせ、宙に浮いた俺の体は超高速で吹き飛んでいく。
そして──<転移>を行い、勢いをそのまま残してナモーの真上へ。
風圧に体が持っていかれながら魔力の鎧を纏い、確実のその首筋を狙う。
だが、それよりも早く動くナモーの体。
「獲ったぞ」
「あァ!? 夢でも見てんのか、毛だるま!!」
真上の俺への照準を定め、剣を振り上げた。落下の勢いを剣に乗せ、衝撃。
合わさった剣から高濃度の魔力が渦が巻き起こり、辺りの木々を削り取る。
一度──二度──三度と剣を殴るように合わせ、目の前から消えた。
「また──」
魔力反応。そちらにナモーは剣を向け──空を切った。
「──なっ」
それは、俺の魔力を宿した<偽物>。
これだけ雨が降ってりゃ、魔力探知で俺の位置を探ってんだろ?
「魔力を消すのは俺の十八番だろう!? ナモーよ!!」
次は声の場所に向けて鉤爪を立て──地面をえぐった。
「!?」
そして、ふわ、と真下に俺は現れた。
「ばーか」
にへらと笑うと、そのまま左肩に噛みつかれた。
バキッと骨が折れる音が立て続けに鳴った。全力で噛みやがったな、コイツ。雨に打たれて冷たくなった体に生暖かい血液が流れるのを感じた。だが、俺は逃げようとせず、そのままナモーの口元に触れた。
「……きさま、なぜ」
「ンだよ、まだ気づかないのか? 鈍感な奴め」
なんて話ながらも鋭利で、太く、頑丈な歯が俺の左半身を抉っている。
意識が血液と混ざって抜け落ちていく。足先にまで伝う血液が擽ったくて、足に侵食する泥水の気持ち悪さを再確認した。
「懐かしいよなぁ……」
苦痛に堪えながら俺は声を絞り出す。
「こんな雨の日、お前の体をノアラシとアラムと俺で拭いたんだ。何枚も手拭きを使ってもデカすぎてさ……お前の拭き方のこだわりが強すぎるから時間がかかったんだが」
「…………お前」
「突然な雨が降りゃあ、お前が覆いかぶさって雨を凌いだこともあった。その後の拭くのが大変……ってのはまぁ良いか」
懐かしいな。
俺とアラムとノアラシの三倍くらいでかいから、少し上体を傾けるだけで雨宿りができるんだ。
ナモーのニオイが湿気とともに鼻に届いて「ちょっと獣臭いな」ってノアラシが言ったら、ガバッと上体を起こしやがってびしょびしょになってさ。
「この布も俺がプレゼントしてからずっとつけてるもんな。な、レオナルド」
首につけている赤い布に触れていると、上体が起きた。
刺さっていた牙が抜けたことで、支えが無くなった俺の体はそのまま地面に落ちた。
糸の切れた人形のような俺がナモーの大きな瞳に俺が映る。
「なんだよ」
「なぜ……私の名を」
「なんでって……」
俺は身体変化を少し解いていく。
瞳の中の俺が徐々に本来の姿に変わっていく。
黒髪になり、瞳の色が黄金色になり、背丈が小さくなった。
「ナモーって俺がつけた名前だろ? レオナルドがお前の真名だ」
元の姿に戻り、俺はナモーに向けて抱擁を求めるように手を伸ばした。
「久しぶり、ナモー。元気だったか?」
「あ」
瞳に映る俺がぼやけ、
「あああっ」
やがて俺は映らなくなった。
「ロイ──」
全身がナモーのニオイに包まれ、いろんな思い出が溢れて、溢れて、目尻から雫となって頬を伝った。
「ロイ……ロイっ……」
「いたい、いたいよ、ナモー」
なんて言いながら、俺はナモーの頭を宥めるように叩く。
298年振りの友との抱擁は気絶をしてしまいそうなほど息苦しくも、自然と涙と笑みが浮かぶものだった。