50 合わせ技
勇者の元へ駆け抜ける黒い影。
泥濘んだ地面なぞ関係ない。騎士たちの間を抜け、下から勇者の首めがけて短剣を振り上げる。
──キンッ。
「先輩! 猫っす!!」
「馬鹿! ただの猫じゃない! 侯爵級の化け物だ!!」
エリオットは攻撃の勢いのまま体を宙に晒し、騎士の頭の上に座った。
「なッ──」
困惑する騎士の首を捩じ切り、再び闇夜に溶けて消え──反対方向からソラ王子の首を狙う。その一撃もカロリーヌに辛うじて防がれ、エリオットは眉を潜める。
「なぜ、場所が分かる……」
「俺等も同じ気持ちっすよ、猫ちゃん……!」
ノルマンの軽口に苛立っていると──エリオットはその奥の人物と目があった。
勇者だ。
彼が横目でエリオットを見ていた。
「貴様か、鎖髪……!」
「お前と何回打ち合ったと思ってる。2人には行動パターンを共有済みだ」
たった数回。それで、エリオットの攻撃の癖を見抜いたというのか。
「やっぱり、お前、苦手だわ」
胸に下げる十字架を握りしめて、黄金の瞳を薄っすらと開く。
「【血肉を捧げ、糧となれ。我はエリオット。ヴァリアントの守護者である】」
それは符号。魔力を解放する名乗り。
魔力が大きくなり、アルベルトを超える魔力を纏う。
「────もう、影に潜むのは辞めだ」
堂々たる存在感を放ち、エリオットは地面を蹴り上げた。
飛沫が舞い上がり、勇者の首に真っ直ぐ剣を伸ばす。
「ノルマンッ!」
「死ぬ気ってのを見せてやるっすよ……!!」
ノルマンが身を挺し、その肩を貫いた。軌道がズレる。すぐさま引き抜き、追撃──
「先輩ッ」
「言われずとも!!」
カロリーヌが武器を振り上げ、軌道をズラす。手先に痺れる感触を残しながら、エリオットはカロリーヌに向けて回し蹴りをお見舞いする。
「グッ──!! ノルマンッ! 動けっ!!」
「あ、いっす……ッ!!」
ノルマンはガシッとエリオットにしがみつく。
「死んでも離さないっス……!!」
「そうか。ならば、死ね──」
振り下ろす短剣。
ノルマンの首に剣が届く寸前──掴まれ、グイッと方向をズラされた。
「なっ……」
その手は勇者。
先程までソラ王子の手を掴んでいた手だ。
「俺の部下でな。殺すのは辞めてくれないか?」
「なぜ、私の剣を止められ……」
エリオットの瞳が鋭く細くなった。
勇者の魔力量が増大し、自身と匹敵するほどの量となっているのだ。
「貴様、一体何をしようとしている……」
その問いにはソラ王子の剣が応える。
皮1枚で避け、4足の姿勢で着地。
――間に合わなかった。
勇者がなにか準備をしていたのには気づいていた。だというのに、止めることが出来なかった。
――戦況が己の不出来で覆るかもしれない。
エリオットは歯を軋ませる。
「邪魔をするな──ッ!!」
「そちらこそ、我々の帰還の邪魔をするな!!」
2足の移動を辞め、4足で大地を蹴る。口にくわえた短剣。騎士たちの死体を蹴り上げ、視界を覆った隙に――正面から――――
ジッ。
「!?」
エリオットの刃が届かなかった。
いや、届くハズの刃が消えたのだ。
刃を阻んだソレは――足元から立ち上る仄かな光。
「……なんだ、これは」
光は剣王国と黎明国の兵の足元に浮かんでいる。
そして、その光が伸び、粒となり、合わさって体を護るように光の柱となった。
「くッ――」
エリオットは欠けた刃先で切り掛るが、光に触れるとそれが消滅をする。防御魔法ではない。結界魔法の類――
「鎖髪ッ! お前の技か!!」
簡易的な絶対防御を全ての兵に施し、その範囲内の者を強制転移する。
【庇護と加護の魔人の権能──絶対防御】
【時間の狭間の魔人の権能──座標移動】
2体の魔族の合わせ技だ。そう簡単に破れる訳もない。
「ハッ、はっ……」
これでやっと転移ができる。皆は光の柱の中で安堵の表情を浮かべる。
カロリーヌもノルマンもソラも同じ。
だが、すぐに異変に気づいた。
勇者の足元からは光が立ち上っていないのだ。
「勇者さま、なぜ……」
「馬鹿、お前らが逃げた後、誰がコイツらを止めるっていうんだ」
「ではっ……勇者様は──」
光の内側に触れる。内側からも当然破ることはできない。
転移をするために、内外から人が移動できぬようにしているのだ。そうしなければ、転移の指定ができる訳もないから。
「駄目です、勇者様! 約束したではありませんか!!」
「そうです! 帰国して! 凱旋をすると! 我々がお供しますので!!」
ノルマンとカロリーヌの訴えに疲れ切った笑みで返す。
「お前らは……俺等が魔王を倒したから生まれてきた命だ」
勇者は武器を握り、彼らに背中を向けて語る。
黄金の三つ編みが雨の中で鈍色に輝く。
「だから、お前らを子どものように思ってる」
「っ!」
これは、本当に、そういうことなのか。
カロリーヌは涙でくしゃくしゃになった顔を向けて叫ぶ。その声も既に絶対防御に阻まれ、勇者には届かない。
ソラ王子も剣で光の柱を破ろうとするが叶わない。
「生きてくれ。生きて、美味い飯を食って、平和に暮らしてくれ」
光の粒子が連綿と合わさり、外界の様子を見れなくなった。
彼の勇姿を。
短かった勇者伝記の続きを。
彼らはもう、見ることができない。
「俺が相手だ。かかってこい」
次に視界に入ったのは、道中に寄った砦の1つ。
戦線から遠く離れた場所であった。