05 魔力なし
王の神妙な雰囲気にガルーも顔を強ばらせ、道に迷った子どものようにキョロキョロしだした。
「魔力を練る回路が壊れていたらどうなるのだ」
(魔力を作れず、魔力の維持ができない)
「自分の中で魔力を作ることができずに、魔力を保持することもできません」
コレも魔王が悪さしてるのか? 顔を見てみると唇を上機嫌に歪ませてきた。まぁ、自明か。
(……魔族の体にする時に回路を作り変えたとかか?)
というと、眉根が寄って。
『……じゃ。聡いのは結構じゃが、もっと混乱をじゃな』
(魔力を0にコントロールした理由は、魔族であることを悟られないようにか)
『くそつまらん!! お主は! もっと人間味のある反応をせんか!!』
魔族ってバレたら普通に殺されそうだものな。むしろ、コイツに間接的に助けられた訳だ。
魔力がなくても戦う術はあるからそこまで困る話じゃないしな。
そうしていると(勇者さま、服を)後ろから使用人さんが小声でやってきた。
「あ、ありがとう――って」
エルフさんじゃん! え、王城の中にエルフさんが使用人でいるの!?
「ゆ、勇者さま……?」
あー、美人だなぁ。でも、服装がちょっと他の使用人と比べて汚れてるか。だが、汚れは働き者の勲章だ。
ってことは……やっぱり、コレはサプライズだな!
「お仕事頑張ってるね!」
離れようとした彼女の服の裾を引っ張り、耳元でそう話した。エルフ族は耳が良いからこれくらいの声でも聞こえるだろう。
「あ、ありがとうございます……勇者さま……」
「エルフさんが汎人類の、それも城の中で働けるなんて、もしかして封印されてる間に異人種の皆の解放まで終わっちゃった? 見たかったなぁ。でも、頑張ったかいがあるよ~。他の異人種とかはいるの?」
──『魔王を倒したら、異人種の解放を約束しよう』──
そう約束をして旅に出て、魔王を倒した。
嘘じゃないぞ? それを認めた約束状だってある。
だが、エルフさんは言葉を紡がず、目を伏せた。
「どうしたの? なにかあったの?」
「いえ、なにも……なにも……すみません」
なんだ絶対なにかあるじゃん! その反応は!
アラムにきつく言われてるのかな? アラムはそういうタイプじゃないけど、本気でサプライズをしようとしてるとか……?
まぁ、ここは知らないフリをしておこうか。
「何か辛いことがあったら言ってね。そうだ! アラムも頼ってね!」
ここでアラムの名前を出すことで、知らないフリを強調! わざとらしすぎたか? エルフさんの顔が固まってるし……。
ええい、始めたならば最後まで、だ!
「知らない? 友達なんだ。桃色の髪をしてるエルフなんだけど」
「……知ってます……知ってます……」
「なら、頼って! じゃんじゃん頼ってね。頼りになるからさ。俺も頼りになるし?」
なんて言ってみたが、表情は変わらない。
何かを押し殺しているような顔だ。
やっぱり、サプライズで何かの準備をしてるっぽいな……。
『なんであんな顔をしとるんじゃろうなぁ?』
真横に顔がヌッと現れる。
無視すると、キーッと歯をむき出しにしてきた。
『無反応はなしじゃろ! 慣れるの早すぎるぞ!』
(いいから失せろ)
『さみしいことを言うな、あれほど濃密な時間を過ごした仲じゃろう?』
(お前がなかなか死なねぇからだろ)
『それを言うならば貴様こそはよぉ死ぬべきじゃろう? 人の身であれほど奇策縦横に襲いかかって来おって』
(てめぇを殺すために俺等は命を捧げた。捧げるのに値する策を講じるのは当然だ)
『なんじゃ! わらわは人気ものじゃのぅ!』
(しね)
『お主が死ね!!』
「──つまり、勇者様は魔力無しということか……」
そうこうしている間に大人組の話が一段落ついたらしい。
あんまなど。なんじゃそりゃ。初めて聞く言葉だ。説明願いたい。……お前には聞いてない、ニヤニヤする顔で目の前に来んな。
「これも呪いの影響か」
「おそらくは。魔力がないので分かりかねますが……」
「ふーむ……」
「先に解呪をするべきでしょう」
「そうだな。では、教会に……いや、聖王国に向かった方が良いか」
「勇者様の帰還となれば、聖王国の者達も一目見たいと思いますし、恩を売るのも」
「そうだな……そうするとするか」
なにが起きてんのか分からん。目の前で魔王がずっと百面相してんだ。
イ”ー、とか、ウ”ー、とか。コイツこんな性格をしてたか?
「用意にしばらくかかりますので、明日まで街でも見てこられますか?」
「そうですな。外の空気を吸うというのも良いでしょう」
その時、俺に話題が振られていることに気づいた。
「いや、べつに……」
だって、この後、みんなからサプライズがあるんだろ? 外に行ったら入れ違いになるかもだし……って、
(邪魔すんなクソババア)
『誰がババアじゃ!!』
邪魔だったので立ち上がると、俺の周りを餌待ちの犬のように彷徨く魔王。
「では、エンペリオ様。勇者様の警護を」
「はいっ! 任せられました! この身を犠牲にしてでも叔父様を警護させていただきます!」
「いや、だから……」
「装備品はありますな?」
「鑑定具と一緒に持ち歩いています! 魔族がやってきても意地でも倒します!」
「あのぉ……」
俺の意見は……? みんなのサプライズは……?
そして何もイベントは起きず、俺とガルーは王城の外に出て、城下町を一望した。
「よっしゃー! 叔父様っ! まずはどこに行きたいですか!? お腹空いてます?」
『わらわは腹が空いとるぞ〜!』
「……」
外に出て分かったが、ここ俺の知ってる所じゃない……。
どこだ? 来たことがない場所でこんな大きな都市なんて知らないぞ……。
(わからんことが多い……これは、どうなってる……?)
……分からないなら、とりあえずは足を動かそう。
「ガルー。街を見てみたい。案内してくれ」
「わ、承知いたしました! 散策ですね! そういうの大好きです!」
とかく、情報が足らん。
それにこの掴みどころのない違和感はなんだ?
説明を省かれているような……。
そんな違和感の正体は一体……。