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49/60

49 大壊


 獣王国:最後の城。

 天候は大雨。雷が時折鳴り響く悪天候。

 木々が鬱蒼と生い茂り、緩やかな傾斜に積み上がるは死体。流れるは魂の残穢。

 踏み抜けば、朱色と茶褐色が混ざった飛沫が散る。


「──勇者様ッ!!」


 後方から部隊を率いてきたジルは前線の彼の名前を叫んだ。その横には紺色の髪を切り揃えた青年──黎明国の第二王子が立っている。


「ジルか! 全員いるか?」


「ハッ! ですが、一体何をされるおつもりですか!」


 2人は辺りの争いには参加せず、手を繋いで立っているのだ。異様な光景だが、何か意図があるはずだと。


「転移魔法を使う。密集隊形を作れ」


「転移魔法は人類が未だ会得できて……」そこまで言いかけ、ジルは思い出した「まさか、あの時折されていた高速移動……」


「ソラから魔力供給を受ける間、俺は動けない。だから、護れ」


「ハッ!!」


 役目を与えられたらそれを全うする。それが騎士の役目だ。


「各部隊長に通達! 勇者様を死守せよ! 転移魔法を使用し、戦線から離脱する」


『転移魔法だと!? そんなことが』


「動ける者は死ぬ気で前線に来い! 動けぬ者は役目を全うせよ! 生きて帰るぞ!」


 ジルに任せるといい感じに回るなぁ。それを彼は感じながらも隣の王子から魔力をゆっくりと吸収をしていく。


「勇者様ッ! ご無事でしたかっ!」


「死守っすね! 任せてくださいっ!」


 ジルに着いて戦地を駆け巡っていた若い騎士らも到着。勇者の周りの戦力が固まっていく。


 この戦争の最終局番──勇者の護衛任務。

 これさえ乗り切ったら、彼らは生きて帰ることができる!


「ハッハッハ! 良いなァ! 剣聖! それでこそだ!」


 生きて──帰ることが──できる──のか?

 ……本当に?

 獣王と相対する者は頭に浮かんだ希望を疑った。

 目の前の怪物が動けば人の命が容易く蹴散らされるのだ。


「どうした! 弾くだけか!? これならばどうだ!?」


 真っ直ぐ振り下ろした剣により騎士の1人が潰れ、2人の片足が地面に縫い付けられた。盛り上がった地面に押され、体勢が崩れた騎士に獣人(アンスロ)の戦士が襲いかかる。


「グッ! 耐えろ! 勇者を護るんだ!!」


 剣戟の音が近くで聞こえる。

 近くの人間の声が途中で途切れる。

 獣王の大振りにより、騎士が巻き添えとなって死んだ。


「【我らはオレオルの剣! 悪を裁く剣な──】」


「【悪よ、潰えよ】」──獣王が上書きするように叫ぶ「【我が一振りは魂を分かつ】」


 更に膨れ上がる獣王の魔力を前に……重心が上半身へと向かう。


「あ、あああっ……」


「立ち止まるな!!」


 子爵の剣聖が一撃を弾くが、他の獣人(アンスロ)が飛びかかって片目を潰した。

 すぐさま騎士が獣人(アンスロ)の背中を切りつけ──

 その騎士も獣王の一撃によって潰された。


 その状況をソラ王子はただ見ていることしかできない。


 唯一、獣王と相対することができる戦力が動けぬ。

 故に、獣人(アンスロ)の猛攻は止まることがない。


「勇者様を死守せよ──ッ!!」


「ウオオオオオオオッ!!!」


 戦力差は絶望的。徐々に削られていっている。

 そんな中、絶望は畳み掛けるように押し寄せるのだ。


 獣王との反対側──後方で一気に魔力反応が消滅。


「…………これが、司令部を壊滅させた奴か」


 魔力を感知していた勇者は表情を歪める。その魔力――侯爵級。


「止めよ! 人員を回せ!!」


「どこも足りません!!」


 止めようにも後方にいるのは比較的新芽ばかり。

 息を吸って、吐く。その間にも5つの命が失われ、次の呼吸では4つの命が消えた。


「後方を抑えよ!! イカロス!!」


「……ハッ!」


 剣王国の隊長の命令により、騎士部隊が側面部から後方に向かっていく。


 彼らは勇者と共に猫獣人を追い払った、女性だけで構成されている騎士団。抜きんじて高い者はいないが、皆がそれぞれ粒揃い。


 ――奇襲部隊と接敵――


「わ、雌ばかりの団なんて珍しい」


「女だからと言って侮るなよ……獣め」


 卓越した技術を持つ彼女らなら、幾分か持ちこたえる――それが希望的観測を孕んだ、ただの願望だったと理解するまで時間はかからなかった。


「なってないわね」


 盾を構えど、ソレごと吹き飛ばす剛腕。


「それ、構えてるつもり?」


「ひッ──」


 剣すら叩き割る戦斧を自由自在に振り回す怪物。

 司令部を奇襲した侯爵級魔力を有す羊獣人(カンナ)によって、イカロスは蹂躙されていた。


 ――後方部隊:半壊。

 ――側方舞台:準半壊。

 ――前方舞台:大壊。


「もう持ちませんっ! 勇者様ッ!」


「勇者様! 早く、撤退を!!」


 戦況は獣人が優勢なのは明らか。

 だと言うのに汎人は持ち場を離れず、中央の勇者の元に集結していく。

 その様子を見た獣王は、ふむ、と口元に手を当てる。


「やはり、鎖髪が要か。そろそろ準備が整うか?」


「お前……っ」


 分かっていて泳がしていた。

 それを理解し、剣聖の顔が青ざめていく。


「どうした? 剣士よ。狙われたら不味いのだろう? 護り給えよ」


 獣王は歩き出す。

 先程まで、争いに興じていた王が──戦争に終止符を打とうとしている。


「ほぅら、どうした。止めようとせんか。抵抗がヌルいぞ、死にたいのか?」


 逃げ腰になっていた騎士に発破をかける獣王。

 一歩。また、一歩。

 ぐわんと構えた死の剣。


「ぐっ……勇者を死守せよ!」

 

 剣聖が叫べど、失われた士気は回復しない。

 だが、皆は突撃しなければ逃げられないと分かっている。

 結果、獣王に斬りかかるが……闘志のない攻撃なぞ話にもならない。


 そして──ソレは訪れた。

 

 剣の壊れる音。

 弾き損ねた剣の軌道上にある頭部。

 音もなく切断された頭が宙を回転し、泥の上にボドッと落下した。


「あ」


 それはアルベルトの相談役である侯爵の剣聖の首。剣聖の中でも実力が抜きん出ていた彼の首だ。


「け、剣聖っ……」

 

「シュタイン様……っ、お前ェッ!!」


 伯爵の剣聖はその亡骸から視線を切り、武器を構えた。


 震える手。彼は目の前の王に恐れをなしている。だが、立ち向かわなければならないのだ。

 

「なんだ? なにか言いたいことでも?」


「……っ!」


 心は既に目の前の化け物に敗北をしている。

 だが、それでも、やらねばならない。

 誰かが時間を稼がなければならない。

 男は震える口を諌めながら、言葉を発する。


「で、デタラメだろ……! お前の強さ! なんでこうもっ……俺達は剣聖だぞ!」


「そうだな。貴様らは剣聖だ」


 獣王は認める。彼の主張は何も間違っていない。


「私は勇者の友。魔王を打ち倒した獣だ」


 そして、この言葉も何も間違っていない。


「自己紹介はそれで終いか? 他に言いたいことはないか?」


「なにを──」


 剣聖の真横から黒い影がヌルッと現れ、スパンッと首を切り上げた。


「もうお喋りは良いでしょう、大将」


「会話も存外悪くないぞ、エリオット」


「悪癖ですよ、それ」


 影に潜んでいた猫獣人は頬についた血液を靭やかな手首で拭う。


「そろそろ終わりにしましょう。あの鎖髪を殺せば、後は楽ですので」


「そうだな」


 侯爵級の魔力を有するエリオット。国王級の魔力を有するナモー。


「誰か止めろ! 勇者様に届く!!」


「止めろったって……誰が――」


 剣王国の隊長格はほぼ全滅。

 黎明国の隊長らは命令を飛ばしながらも全方位の最前線で戦っている。

 唯一残っている剣聖も片目を潰されている状態。


 次の剣を防げれる者なぞいない。


 正面からナモーが泰然と歩く。

 エリオットは奇襲を試みるために姿を消した。

 

 誰かが犠牲にならねばならない。

 誰か、誰でもいい。

 あの2体を誰か――


「カロリーヌ! ノルマン! 2人は勇者様とソラ王子を護るのだ」


 ジルが声を上げ、ナモーに相対する。


「獣の王よ、私と一騎打ちをお願いしたい」


「貴様らは家畜と一騎打ちをするのか?」


「……この状況で貴殿らを家畜と謗る者はおりますまい」


「ほお」


 獣の王は愉快そうに口角をぐにゃりと上げる。


「これは珍しい。良かろう、相手をしてやる」


「有り難い……」


 敵前で礼を言う騎士に獣王は敬意を示す。


「名をなんという」


「ジル。ジル・エレギニュート」


「ジル、貴殿の勇気に応えよう」


 構える。

 空気がひりつく。

 獣王の構えは下段。間合いの取りにくい構え。

 

 誰かの悲鳴が聞こえた瞬間、獣王が武器を振り抜く。


 それを姿勢を低くすることで避けたジルは間合いを保ったまま武器を構える。振り下ろしは真横へ避け、割れた地面を斬り伏せる。


「……ふぅっ──ッ」


「良い動きだ」


 獣の王は彼の意図を理解した。

 魔力を下半身に集中し、避けることに全力を注いでいる。

 武器を合わせたならば壊れる。鎧で受けると身が切れる。

 

「時間稼ぎか、()()()


「……目ざといですな」


「ならば、二剣(こう)だ」


 剣聖の持っていた剣を拾い上げ、空いていた手に構える。


「存分に稼ぎ給え。貴様が最前線、死力を尽くして足掻いてみせよ」


 ジルの額に冷や汗が流れ、雨と混ざり合った。

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