45 なんでここに
「……おい、なんで」
首から下は間違いなく隊長のモノ。だが、頭がない。
さっきまで生きていた。命令を飛ばしていたハズだろ。
あまりにも突然のことで、周りの奴らも気づいていない。
だが、膨大な魔力が俺達の近くに降り立ったことで皆が中央を振り返った。
そこには、隊長の頭を貫いた短剣を持っている猫獣人の姿。
「オマエ、俺から目ェ離したな?」
そして、その身体を猫獣人は横に退かし、俺達の中央で手を上げた。
──何かの合図。
「おまえっ──」
咄嗟に俺は猫獣人に切りかかるが、侯爵級の魔力を有する獣人はそれを容易く受け止めた。
「頭は回るが、腕っぷしは矮小か」
「くそっ……!」
コイツがここに降りてきた以上、対処しなければならない。
そして、そう考えるのは俺だけじゃない。
「勇者様!」
何人かがこちらに応援をしに戻ってきた。
そちらを横目でみた猫獣人が笑みを浮かべる。
「馬鹿! 手持ちから離れるな!!」
声を荒げても彼らは止まらない。
一人が動き出せば、一人、また一人と俺に加勢しに隊列を崩していく。
まずい……! 俺が城のことで意識を逸らしたせいで前線が崩壊する!
「なぁ、別働隊がどうなったか聞きたいんだろ? 教えてやろうか」
そういう猫獣人は片手を返し、俺の剣を巻き込む。
コイツ……! 力技だけじゃないのか!!
いや、そもそも猫獣人は身体の靭やかさに秀でている個体。力技は得意ではない。ってのに、俺が全力で──ああ! クソ! 魔力量と種族差でゴリ押しされたら勝てる訳ねぇだろ!!
体勢が崩れた俺の目の前に迫る刃──俺は猫獣人の頭上に転移をした。
「ッ! とことん厄介だな、おまえは!!」
「そこからなら、よく見えるだろ?」
猫獣人はこちらを見ずにそう呟く。
一瞬、チラと横目で外を見て、答えが分かった。
──バヒュン。
聞こえてきたのは聞き覚えがある音。
それは、信号弾だった。
獣人が信号弾が俺達に向けて放ったのだ。
緑、赤、青色の煙が視界を覆う。その内の一発が俺の頭にぶつかった。
「グッ!?」
バランスを崩し、即座に落下体勢を取ったが間に合わない。
猫獣人の回し蹴りをもろに喰らい、血と雨で塗れている地面に落下した。
「くそっ……!」
「勇者様ッ!!」
「山で獣人に勝てるとでも思ってんのか?」
加勢しにきた盾持ちを一撃で屠りながら、緩慢と歩いてくる。
そして、魔法攻撃で止んでいた獣人達の攻撃も再開され、隊列の崩れた前線の至る所から悲鳴が上がった。
暗雲が再び、空を覆う。やがて雨が降り注ぐだろう。
暗がりの中で仄かに光るのはナモーの立っている場所だけとなった。
こっちの勝ち筋が全部壊された。
正面で耐えるだけで良かった部隊が最前線になり、部隊の重要性が増す。
というのに、隊長が殺された。
指示を飛ばせる奴が殺されたってのに──他に指示ができるやつ──前線で通信魔道具持ってるの俺だけか!?
「いつまで寝てんだよ、鎖みたいな髪の汎人」
ああ! なんでこんな立ち回りをせにゃならんのだ!!
「前線より連絡! ロイだ! 黎明国の大楯隊長がリストにあった侯爵級の猫獣人に殺された! 増援を頼む!!」そう言い、ついでに司令部にも状況説明だ「司令部! 山岳部隊が殺された! 魔法もナモーが吸収しやがった! 次の命令を──」
言い切る前に猫獣人の剣が俺の耳を切り、通信魔道具をぶっ壊した。
くっそ、魔道具のことも向こうにバレてんじゃねぇか!
「手癖の悪ぃ猫ちゃんだな、クソ」
「ソレ付けてる奴は部隊の偉い奴だろ? そんでソイツを狙えば、後は雑魚だけだ」
「じゃあ、俺を殺すまで他のヤツを狙うんじゃねぇよ。俺だけを見てろ」
前線後方には主力が備わってる。猫獣人を俺が止めてさえいれば、すぐに増援が来るだろう。ってか、来てもらんと困る!
剣聖を前線に連れてくるのはナモーやコイツらの心配があったが、これだけ強けりゃ問題はない。
「そのつもりだ。大将は先の防御魔法を使うお前に興味があるらしい」
「はぁっ……?」
「何者だ、お前」
流れるような動作で指をさされ、黄金の瞳が見定めるように細められた。
「決め手をいくつも潰した。お前がいなかったらとっくにコイツらは死んでる」
「そりゃあ決め手を潰すのが俺の仕事だからな」
「リストにお前のような奴はいなかった。誰だ、お前」
「お前らンとこのボスの親友だよ」
「親友……? 貴様、確かナモー様の戦い方を知っていると言っていたな」
頬についた泥を拭ってると、猫獣人に苛つきが見えた。
「──勇者様ッ!」
「ジル達か!? 力を貸せ! コイツを追い返すぞ!」
「撤退です!! 司令部が襲撃されました!!」
「はあっ!?」
衝撃の事実に思わず、振り返ってしまった。
そして、頭の後ろに刺さる殺気。
咄嗟に身を屈めると真上で金属の音が聞こえた。
「ほー、お前は知ってるぞ。黎明国の王子だな」
「ソラだ、名前くらい覚えてほしいものだ。エリオット」
「これから死ぬ奴の名前を知っても仕方ないだろ」
雨音の強まる中でも聞こえる剣戟の音。
エリオットの攻撃をいなし、武器を巻き上げた。
そこで初めてエリオットの顔に焦りが見え──暗闇に溶けるように消えていった。
「勇者様の身が最優先だ!! アイツの相手は私がする!」
俺の身体はノルマンとカロリーヌに支えられた。
身体の心配をされたが、とりあえず状況説明を求めた。
「なにが後ろで起こってる」
「全方位から獣人が出現し、その対処に追われています。先の魔法で天候を晴らしてからは、中央主力部隊が分散して各部隊の応援に向かっていて」
「だから、主力が一向にこっちに来なかったんだな……」剣聖とはいえ、一撃離脱を繰り返されたら実力の発揮もできんか。ジリジリとこちらの戦力を削がれていたって訳だな「司令部はどうなった」
「山岳部隊が全滅し、その経路を辿って司令部を襲撃してきた模様。司令部からの連絡が途絶えているのは現在はその対処に追われているからだと」
あんな所に構えてるから狙われたんだな。やりたいようにやられてんじゃねぇか。
だが、コレで……この一戦は獣人の勝利になったか。
俺の役目はこれで良い。次に戦争が始まる際に俺がナモーに接触すれば……よし。
「なら、俺達は徐々に撤退を……」
「ならん!」
今度は誰だ……って、この声。ずっと獣人を舐めてた奴の声か。
中央から来たのは汎人離れした体格をしている男と同格の雰囲気を放つ者達。
そして──
「勇者は、戦に負けることの意味を知らんのか」
司令部にいたハズのアルベルト。
「おまえ……なんでここに……」
と思ったが、馬に乗ってきたのか!
コイツがここにいるってことは司令部はどうなったんだ? まさか、襲撃される前に馬を走らせて前線に来たのか!?
性格的に司令部に引っ込んでおくような奴じゃないと思ったけど……役割責任があるだろ……!!
「我々が獣人相手に撤退をするだと? 馬鹿馬鹿しい!」
「前進だ! やられっぱなしで終わる訳ねぇだろ……」
「俺等が風穴をこじ開ける。貴様らは雑魚どもを始末し、我々に合流せよ!」
どこぞから持ってきた旗を掲げ、前線の士気を上げる。
「司令部はこれより前線へと移動する! 我々はそのまま正面を討ち滅ぼし、この旗を目前の城に打ち立てることだけ考えれば良い!!」
物は言いようだが『司令部はもう使えないから、前線の独自の判断で頑張ろうな。責任は取りません』ってことだ。こんな戦は初めて! 司令部にアホしかいないとこうなるんだな。
仰々しい雰囲気を放ちながら歩いてきたから道を開けた。
その時にチラと見られたが、知らんふりをしておこう。
「アルベルトは分かるが、後は誰だ」とジルに聞く。
「剣聖達です。あの中央にいるのはアルベルト様の相談役をされてる侯爵と他の二人は子爵や伯爵だったかと」
「そうか……」
うん、間違いなく面倒な流れだ。
あのオジさん達が獣人と戦ってる間に、俺達は撤退って流れが無難だな。
進んで殿をしてくれるなんてありがたいなあ~。本当に助かるよ。
「オイ、勇者」
「ぐぇっ」
振り返った俺の三つ編みをグイッと引っ張ってきたのはアルベルト。
「アイツを倒すぞ。力を貸せ」
「アイツって……ナモーですか?」
「当たり前だ。ほら、行くぞ」
「ちょ──」
「勇者さまっ!」
「カロリーヌ! ノルマンは私と動け!」
「しかしっ! 私は勇者さまと──」
「共に戦うより、背中をお守りする方が役に立つこともある!」
ジルはすぐさま命令を変えて人員配置を行う。
いや! その判断力はさすがだと思うけど!
そんな後は任せました、みたいな清々しい顔をしなくても!
「皆! 勇者様が裏切り者を討ちに向かわれた! もうしばし耐えよ!!」
ジルの一言で前線の士気が跳ね上がった。
「勇者さま、どうかご無事でっ……!」
「勇者様! ぶっ倒してください!!」
カロリーヌとノルマンの言葉を受け、苦笑いしか返せなかった。
ああ、後に引けなくなった! クソったれめ!
殺すか死ぬかの2つでしか戦を考えられない奴ばっかりか!
1部4章はここで終わりです!
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