44 空虚の盃
広範囲殲滅魔法:空虚の盃
剣王国と聖王国と共同開発をしたその技は、実験で大陸を消し炭にした。その殲滅力の高さ故に「非人道的な技」として、戦争に用いるべきではないとされていた。
だが、それを異人種との戦争に持ち出し、効果を実証するべきだとしたのが剣王の嫡子であるアルベルトだった。
『せっかく出来上がったのだ。試しては見たくないか? 異人種の国に試すのであれば問題ないだろう?』
もちろん良い反応ばかりではなかった。
『アルベルト様! 魔法に頼らざるとも我々であれば獣人程度……』
『あの城に正面から向かうのはリスクが高い。城を壊し、その壊した城から山岳の部隊が流れ込み、包囲殲滅をする流れだ』
『ですが、相手は獣人ですぞ? そこまで準備をせずとも』
『勝てる。私もそれは疑ってはいない。だが、兵を死なせては愚将だと罵られてしまう。私が求めるのは圧勝。完膚なきまで叩き潰しての勝利だ』
そして、彼は魔法兵を引き連れ、有効射程を入念に確認した。
その結果、城を目視できる距離まで近づけば可能であると分かった。
発動さえしてしまえば、誰にも止めることが出来ぬ必殺技。
この技があれば、アルベルトは絶対に勝利ができると信じていた。
だから、すぐさま目標に当たったという報告が来ると思っていた。
「アレはどうなった?」
おもちゃの具合を聞くように聞くが、返ってきた反応は芳しくない。
『殿下……魔法は失敗しました』
「はっ……? 失敗だと?」
『たった一人の獣人に止められ──』
そこまで言いかけ、通信にノイズが走った。
「オイッ!! どうした!?」
問いかけをするが、声は返ってこない。
司令部から外の様子を急いで見に出たが、そこからでは様子は見えない。
「なにが……起きたと言うんだ」
そして、司令部に近づく黒蜷局に気づくことは出来なかった。
◇◇◇
「ナモー……!」
城を飲み込めそうなほど肥大していた魔力弾は、ナモーの前でその大きさを小さくしていった。
「あれは……一体……」
「魔力を吸収したんだ。アイツ、あんなデカイ魔法を……」
「ハッ!? 魔力を吸収する魔法ですぞ!? それを吸収なぞ……」
「それ以外考えられないだろ」
大きさが半分になると魔力弾の色が黒色に変化した。そして──パチン、と。こちらまで聞こえる大きな柏手1つ。
それに呼応する魔力弾は分裂を繰り返し、無数の光弾に姿を変えた。
それは即ち、その魔力全てがナモーの指揮下に落ちたことを意味していた。
「あの獣の方が優れていたとでもいうのか……」
「……、」
おそらくだが、魔力球の外皮に魔力吸収の魔法を重ねがけしたのが先の殲滅魔法の正体。その外皮を突き破れば……中の魔力にたどり着くという訳なんだが……普通に考えて出来るか? そんなの……。それに出来たとしても、あれほどの魔力だ。魔力の許容量を超えて身体が壊れるか、吸収が間に合わずに直撃する……。
いわば、技術も何も関係ない。ただの力技、個体差の暴力。
こちらがいくら研鑽をしたとしても、アイツの全力がソレを上回る。
『恐ろしいじゃろう、あの獣は』
クディのトラウマを思い出すような声に、俺も痛みを誤魔化すように笑った。
共に戦えばあれほど頼もしかったというのに、
「敵にすると……お前は恐ろしいな、ナモー」
宙に浮かんでいるナモーは無数の光弾を操るように手を動かし、己の周りに列をなすようにして並べた。
そして──目が合った気がした。
──来る。
「盾を構えろ!!」
俺は声を張り上げ、反撃に備えて盾を構えさせる。
防御魔法は使わない。
絶対防御なら防ぐだろうが、先に俺の命が消えてしまう。
「……、」
──だが、ナモーは前線に向けて放たなかった。
その双眸が収めるのは、宙に浮かぶ魔法兵の姿。
ナモーが手を動かす度に数十個の光弾が魔法兵に向けて飛翔する――
「あつまれ! 盾を展開する」
隊長が主軸となり全員で防御魔法を展開しようとしたのが見えた。
「馬鹿! 魔力を吸収する技だ! 魔法で防御したら──」
俺の声が彼らに届いた頃には防御魔法は砕け、体に風穴が空いていた。魔力を吸収する魔法だ。通常の防御魔法なんて吸収されるに決まってる。
「──っ〜!!?」
ナモーが手を動かす。逃げていた魔法兵が死んだ。
手を動かす。迎撃しようとしていた魔法兵が死んだ。
全弾を撃ち尽くす前に、引き連れてきていた魔法兵が全滅をした。
『なにが起きている!! 魔法は当たらなかったのか!?』
アルベルトの怒号が耳元で聞こえるが、それに答える暇なんてない。
まだ弾が残っているのだ。
「クソッ! 冷静だな、アイツは!!」
ナモー、最初の攻撃が防がれたから、地面の俺等を狙わなかったんだ。
そして、上が終われば下へ。
──ナモーの手が動く。
光弾が前線から後方へ無差別に降り注いだ。
どうする。
考えろ。
絶対防御……いや、無理だ。
だったら、方法は――
「終わりだ……私達は」
「ああ……神よ……っ」
絶望する声が聞こえ、俺は思考を切り捨てた。
【時間の狭間の魔人の権能──座標移動】
俺はストックの魔石を噛み砕きながら空中に身体を晒した。ナモーの眉が潜められたのが遠目からでも見える。
(何をするつもりじゃ!? バーバの魔力では――)
「アイツにばっかりカッコイイことさせられねぇよ!」
バッと手を広げて、俺は勢いよくパチンッと手を打った。
悪い、ナモー。コイツらが全滅したら困るんでな……!
【庇護と加護の魔人の権能──攻撃引受】
その瞬間、部隊に向けて放たれていた魔法の向きが全て俺へと変わった。
「おまえにできることが俺にできない訳がないだろ──ナモー!!」
ナモーのやり方を見て思った。
アイツ、魔力を吸収するだけじゃなく、魔力を吸収する魔法を発していたんだ。
俺が今までやっていたのは、せいぜい直接手で触れて吸収する方法か、己が発する魔力で吸収する方法。だが、アイツはそれ専用の魔法を使っていた。
それに近い技なら、俺も教えてもらったことがある。
人類の叡智を集結させても遠く及ばない。
共に魔王城を攻め入った魔将の業。
【嫉妬の羨望の魔人の権能──供犠献上】
紫の魔力が捻り、無数の掌となって魔法を包んだ。
本来なら対象の力を奪う技。
それを発動された魔法に使うのは初めてだ。
(ぶっつけ本番──ッ!)
魔法で吸収するよりも早く飛来する光弾。
だが、次は魔力で吸収。
それでも貫通する光弾は触れて吸収をしていく。
全ての弾を吸収し終えると、魔力の回路が少し潤ったのを感じた。
(コレが使い捨ての魔力なのが勿体ない──)
魔族として力を成長させるには、感情や事象を起こす必要がある。
寿命が増えるわけじゃないのが残念だが……なにはともあれ、
「ゴチ」
俺はそのまま前線に降りていく。
だが、降下中に違和感を感じた。
──別働隊が城に襲撃すると言っていたがどうなってる?
上空から城が見えたが、争っている様子は無かった。
それに、ナモーが城の前にいるんだ。城に何かあったら戻るハズ。
ということは……、と考えている間に足は地面を踏みしめていた。
「勇者様! 先ほどのは──」
「説明は後だ。隊長、別働隊が動いてるという話はどうなってる?」
盾持ちの言葉を切り、隊長に問う。
だが、言葉が返ってこない。
「……? オイ、隊長。なにか──」
そう言い、隊長の方を振り向くと──そこには首から上がない男が立っていた。