43 勝利の一撃
獣人が至る所から現れた。
伏兵にしては数が多い。主力の兵達だろう。
というか、さっきの奴が主力じゃないならおかしい。
唾を吐き捨てると血液。口の中が切れやがった。
「勇者さま! ご無事ですか!?」
警戒から戻ってきた騎士に手を差し出され、それを握った。
「ああ、すまん。大丈夫だ。戦えるとも」
そうして先程の攻撃をされた方向を確認すると既に反応はなかった。
「……アイツらの戦い方は魔力を一時的に抑え、姿をくらます。次、いつ襲いに来てもおかしくない」
ナモーらしい戦術の立て方だ。
ずっと現れて戦うというより、相手の意識が外れるのを虎視眈々と狙う感じ。
正面で打ち合っても勝てる力量を持つ奴が、突然現れて場をかき乱す役割を担うの厄介すぎ。
「先の獣人の警戒は俺がする! 各自、役割を果たしてくれ!」
変に訓練をしてない俺が混ざるよりもそっちの方が効果的だろう。
今の俺達の動きとしては中央に背を向け、それぞれが正面の敵と戦うという戦法を取っている。
「前線交代だ! 合図で打ち合え! 3,2,1! 今だ!」
ここに来るまでは不安だったが、戦になるとやはり汎人は油断ならん。
現地の人間は強い。油断もするし、策に溺れることもあるが、長年この大陸を支配し続けているだけはある。
獣人もこの視界不良の状況を利用し、追撃されぬように一撃離脱を繰り返している。
「魔力探知で対応をしろ! 視界に頼れば裏をかかれるぞ!!」
「首を出すな! 耐え続けろ! 隊列を乱すな!!」
隊長らの声が聞こえ、皆が短く応じる。
そして、声に出す瞬間──俺は空中に現れたソイツとかちあった。
短剣と長剣のぶつかる音が周辺に鐘のように鳴り響き、衝撃波で雨が散った。
「またお前か──ッ!!」
「いらっしゃいって言ったろ!! 饗さずにどこに行ってんだよ!!」
ソイツは俺に攻撃を仕掛けた獣人だ。
目を凝らしてみると三角形の耳、黒い装束、うねっている細長い尻尾が見える。
猫獣人か。本来なら面倒くさがり屋が多いハズなんだが、その魔力量は修練を怠っていない証拠だ。
「さっきので殺す予定だったんだがなあ。なんで生きてんだ?」
「ナモーの戦い方なら頭に入れてるからな」
獣人は隠密が得意。それを活かすために相手の意識を戦闘以外に向けさせる。驚き、怒り、そういったノイズを発生させられたら獣人の勝ちだ。
猫獣人の狙いは背面に着地後からの強襲。
背面にいる奴らから崩せば、正面の当たり合いもやりやすいって口だろ!
「大将の戦い方を貴様らが理解できる訳もないッ!!」
猫獣人は空中で体勢を変え、俺に回し蹴りを放った。
──早い。避けれない。
どこからでも攻撃を繰り出せるのはさすが獣人。驚異的な身体能力だ。
だが、俺はこんなでも一応は魔王を倒した奴なんでな。
【時間の狭間の魔人の権能──座標移動】
「アイツのことなら何でも知ってるさ!」
その蹴りから姿を消し、上半身が死に体となっているところを長剣の腹で全力で振り抜いた。
「ぐっ──」
襲いかかろうとした獣人にぶつかり、すぐに気配が消えた。
これで良い。相手の攻撃の機会を一つでも多く潰すことができれば良い。
その後も隙を見て襲ってくる猫獣人とギリギリの所で追い返す。
「勇者様、大丈夫ですか!」
「問題ない。前線が踏ん張ってるおかげで俺も動きやすい」
「ですが……アレは、リストにも載っている奴です。黒装束で猫獣人の軽戦士」
ジルが見ていた資料を頭の中で索引。情報と人相書きがあったか。
そこにあった情報を思い出し、変な笑いが出てきた。
「侯爵クラスね……承知した」
今の俺じゃあ勝てん。凌ぐのでさえやっとだ。
魔力反応が揺らいだ瞬間にそちらに向かい、迎撃するの繰り返し。
言うなれば、目を閉じて物音が聞こえた瞬間に場所と攻撃方法を特定して打ち返してる状況。神経があり得ないほど摩耗する。だが、寿命が削れるよりは良い。
「我々はこのまま耐えるだけで良い! 別働隊が城に襲撃をする手筈だ!」
隊長の声が響き、上空の魔法兵に動きがあった。
それと同時、耳元で各隊長に向けての連絡が入る。
『各部隊、衝撃に備えよ。このまま城に向けてアレを放つ』
『山岳部隊も配置についた。このまま正面は攻撃に備えつつ前進せよ』
司令部からの連絡に皆の中で安堵の息が漏れ出た。
作戦を特に聞いてなかった俺にとってはなにがなんだか分からんのだが──
「またお前か!!」
「こっちのセリフだ!!」
こっちの動きに変化があるのを見抜いた猫獣人と再び衝突。
コイツ何かしようとしたらその出鼻を狙って来やがる!
「何か考えてんだろ、ずっと耐えてばかりだからな」
「さあ? 上の人間に聞かにゃ分からんのでな」
そういうと、猫獣人は怪訝な顔をしていた。
想定していた答えではなかったのか。その時、若干視線が動いた気がする。
右に、そして下へ。
「各員、衝撃に備えよ!!」
その瞬間、隊長の声が響き、猫獣人は俺を見上げた。
「お前がこの部隊の頭じゃない……?」
「残念ながらな。俺はただの一兵卒だよっ!」
腹を蹴飛ばそうとして、足と足がぶつかりあった。かってぇ足してやがる……!
離れた所に降りた猫獣人の気配が消えると、魔法兵の魔力の高ぶりを感じた。
「隊長、アレは」
「聖王国と剣王国の共同開発で出来た『広範囲殲滅魔法』だ。周辺の魔力を吸収しつつ大きくなる一撃なのだと」
「相手がしてきたような魔法という訳ですか」
「そうだ。アレでこの城ごと吹き飛ばすつもりだ。有効射程に入るまで我々が前線を押し上げ、一気に片を付ける算段だ」
(……だから、こんな戦い方をしてたのか)
俺も汎人を舐めていた。298年も経ってもなにも変わらないじゃないかと。
だが、彼らもこの戦争に向けて準備をしていた。剣を握る者の矜持に拘らず、貪欲に勝利を望んでいた。
俺の知ってる汎人ならば「個人武勇こそ花」と叫び、一対一を挑んでいただろう。
それが、どうだ。
彼らも無策で戦争を仕掛けた訳ではなかったのだ。
「アレは、我々の勝利の一撃です」
『放て!!』
隊長の喜びが混じった声と共に、十数人の魔法兵によって作り上げられたソレが放たれる。
周囲から魔力を奪いながら、高速で飛翔する魔力の塊。
雨や地面、獣人達から白い球体が立ち上り、魔法に組み込まれていく。
雲を引き裂き、暗雲を強制的に晴らす。風を巻き起こし、木々を薙ぎ倒していく。
その着弾点は山城で、その背後にある王都も狙っていたのだろう。事実、着弾さえすれば、あの一撃で終わっていたのかも知れない。
だがそれも、この男が現れなければ、の話だ。
「────この程度か」
魔力弾の軌道上に現れたのは白毛の巨躯獣人。
それは獣人にとって希望であり、汎人にとって絶望の光景だった。