40 獣の習性
アルベルトっていう剣王の息子が前進を命じた。
ここで撤退を選べれるなら、こんな戦争を仕掛けてないか……。
(自分が前線にいないからってのもあるんだろうが)
ここらでざっくりと立ち位置を振り返っておくか。
アルベルトや剣王国のお偉いさん達は後方の仮設基地で司令部として機能している。
前には軽装兵や盾持ち。その後ろに剣王国と黎明国の主力部隊が控えている。
上空にいる魔法兵にも偵察部隊と攻撃部隊と防御部隊と事細やかに役割が分かれているらしい。
中央は魔法兵と前線司令官。第二王子もここだな。ちなみに俺もここだ。本来なら第二王子が前線に来るのもおかしいんだがな。俺が前に行くって言ったら「私も!」と言って来た……ってのはいいか。
後ろに輸送班、馬引き、医療班がいる。非戦闘員ではないと聞いたが、基本は頼らない方が良いだろう。
「──さて、構えろ。お前ら」
コイツらがまた歓談タイムに入る前に声をかけた。
「勇者様どうされました?」
「戦争中とはいえ、気を張っていると気づかれしてしまいますよ?」
なんて声が聞こえるのを無視し、俺はジルと第二王子の顔を見やる。
コイツらまでわからないのか。そうか、残念だ。
「獣人のことを畜生と呼ぶ割には、畜生の習性を知らんのか」
そう話し、俺は耳に手を当てて再度連絡を飛ばす。
「中央右翼から連絡。ロイだ。先の警告は獣の縄張りに入ったことを意味してる。獣人の警告の仕方は古来から変わらない。魔法兵は警戒を強めてくれ。前線は魔力以外の探知を今以上に走らせてくれ」
『それは……』
ん、なんだ。思ったような反応じゃないな。
『……勇者様。部隊長ではないあなたに魔道具を持たせているのは、混乱させるためにではないのですよ。300年前とは戦の仕方が違うのです』
アルベルトがため息を吐きながらそう言う。発言を慎めってことだな。まぁ、こいつらにはこいつらのやり方があるか。
「そうですね、申し訳ありません」素直に謝っておこう。
『警戒する分には問題ないでしょう。事実、死傷者が出ているのです』
すかさず第二王子のフォロー。
魔道具っていう文明の利器で言い合いしてるの面白いな。
「それで、勇者様……縄張りというのは」
「獣はそれぞれ縄張りを持っているだろ? 狼や熊がわかりやすいか、アイツらは縄張りに印を付ける。それは獣人も同じだ。我々が領地として管理している土地の何倍以上への執着をしている」
だからこそ、彼らは勇ましくも優しいのだ。
汎人の感情の起伏が40から60までだとしたら、0から100。いや、それ以上か。
領地、仲間、主従、色々とあるが、彼らのソレへの思いはどの種族よりも強い。
「戦争であっても、負けると分かっていてもその土地から離れない。そんな彼らの場所に土足で上がったのだ──分かるだろう?」
ジルと第二王子を見てそういうと、彼らの顔に光が当たった。
──空に一筋の光の柱が立ち上ったのだ。
「アレは……」
それを見た瞬間、心臓を裏から掴まれた気がした。
──まずい。
アレが何かは知らない。
だが、この距離からでも分かる魔力量は──俺達を一網打尽にするには十分過ぎる量だ。
『膨大な魔力反応──』
「前線は盾を構えろ! 魔法兵は防御魔法だ!」
魔法兵からの通達を半ば無視し、声を荒げた。
まだ、アレに見とれている阿呆もいる。
空を光の柱が穿ってるという非現実感に、皆の反応が遅れているのだ。
「攻撃を仕掛けられてるんだぞ! なにしてる!!」
俺の声で現実に引き戻された部隊長が口々に命令を飛ばし始めた。
だが、想定外のことが起きた。
光の柱が細くなっていくのだ。
『む、なんだ。虚仮威しですかな?』
『あれだけの攻撃魔法なんぞ聞いたことがありませんからなあ』
という笑い声も聞こえ出した始末。
ああ、コイツら……本当にダメだな……!!
攻撃魔法だろうが、なに魔法だろうが、俺たちを殺せるだけの魔力が放たれたのだ。何をどう解釈したら油断できるというんだ!!
「クソったれ──」
未だに防御魔法すら展開しない愚鈍な魔法兵。
自分にだけ簡易的な防御魔法を展開する阿呆。
盾すら構えず、上官の声に安心をして笑う兵。
そんな奴のために──寿命を削るなんてな!!
「ソラ! 俺は前線に向かうぞ……!」
「はっ──」
【時間の狭間の魔人の権能──座標移動】
俺は転移魔法で前線に飛んだ。
天高く聳えていた光の柱が霧散するのを目視で確認。
アレは攻撃魔法じゃなかった。
だが、何かを仕掛けられたのは事実。
何が来るかは分からないが──
「勇者様!? どうして前線へ!?」
突然現れた俺に戸惑いの声が出てくるが知ったことか!
説明なんて後でいくらでもしてやる!
「盾を寄越せ! 他の奴は俺の横に並べ! 魔力付与されてる盾だろうな!?」
「ハッ!? なにがでしょうか──」
「横に来い! バカどもが!!」
俺の声に咄嗟に動いた者達で周りを固める。
クソが! あと数年で死ぬんだぞ俺は……!!
だが、ここで使わねばならん。
アレ程の魔力が攻撃に用いられたとしたら、俺は間違いなく死ぬ。
(なにがくる──)
──刹那、爆発的な魔力反応を感知。
「はっ──」
追加で魔法を放っただと!?
首筋が粟立った。
先程の光の柱よりも魔力量が多い。
それが──超高速で接近している。
「盾ッ!! 急げ──ッ!!」
盾持ちに構えさせ、俺も生命力を削った。
【庇護と加護の魔人の権能──絶対防御】
前面に突き出した手を中心に盾状の防御魔法を展開。
その次の瞬間、生命を刈り取る魔力波が俺達を襲った。