37 皮算用とやら
前線基地の軍幕にて。
そこには剣王国の第一王子と黎明国の第二王子がいた。
それぞれ別の基地内にいるのだが、今回は会議としてそれぞれの上官も引き連れての作戦タイムだ。いや、作戦タイムというより歓談タイムというべきか。
その雰囲気は柔和なモノ。皆は獣人に勝てると確信をしている。
「あの城を落とした後はそのまま攻め入る許可も出ている。奴隷にしたとて、大飯喰らいでなんの役にも立たんのが問題ですがね」
「なって試斬台か。聖王国に引き渡せば幾らかは潤いましょう」
「何千、何万と送りつけて全て引き取られるとは思いませんがな。男は間引くとして、子も要らないでしょう。女としても……なぁ? 色物好きも受け付けないでしょうし」
「獣臭くてたまりませんとも。無愛想で身体中にノミを飼っておる。領地にすら入れたくはありません。血液を浴びればしばらくは臭いが取れませんし」
「さしずめ匂い付けですかな?」
「畜生となんら変わらん。知恵もなし、体だけ大きくなった愚鈍だ」
貴族らの会話が盛り上がってる中、剣王国の現国主の嫡子アルベルトは頬杖を付き、そう話した。
アルベルト、数日後で25を迎える剣聖である。
親父譲りのうねりがある白髪を伸ばし、威圧感のある目つきは彼自身の矜持をよく表している。昔から線が細いと言われていたが、年齢とともにそれなりには体が成長をしてきた。それでも、まだ細いと言われるのは母の遺伝だろうか。
この戦争の発起人であり、獣王国の殲滅を旗織に掲げる武闘派。その意図はもちろん、次期国王の座を盤石なモノにしたいからである。
剣王国は実力で王座を奪うのが昔からの習わし。
そのため、現国王の息子という立場はなんの保証にもならない。
(斥候らの情報がまだ来てないのが気になるが……)
先んじて調査隊を送っていたが、その者らからの情報がない。
それに──と、この話に混ざっている黎明国の第二王子を見やる。
「油断をするべきではありません。剣の時代の生き残りがいる国ですよ」
「時代遅れなだけでしょう。腕は立つが知恵がなし。我々には勝てませんとも」
「腕が立つだけでは魔王は殺せない。勇者様の付き人がいるのだ」
「であるならば、我々は前線基地にいない。砦を1つ落とすのですら困難だったと思われますが、そうではありません」
「それが油断だと言っているのだ」
この言葉からも分かる。
第二王子のソラは、場の盛り上がりを無視して自分の意見を言う奴だ。
勇者を信奉しすぎた結果、脳みそが空っぽになった悲惨な王子。
総じて、アルベルトは「面白くない男」という評価を下している。
「失礼します! 黎明国の部隊が到着した模様です。ソラ王子にご挨拶にと」
そんな作戦会議という名の歓談タイムの間を連絡が邪魔をした。
「今は軍会議中だ。追い返しておけ」
「いえ、ただ……その……」
口ごもる兵に眉を跳ねさせた。その背後で何やらガヤガヤとしている。
騒がしいなという声が軍幕の中でも聞こえはじめた。
「下がらせろ」
「ですが」
「そうだな。コレ以上の兵を集めたところで──」
そうアルベルトが言いかけた所で、兵の後ろに人影がかかった。
その人物は肩に手を置いて、ひょこりと横に顔を覗かせた。
「はじめまして。ここにソラ王子がいると聞いたのですが」
それは、稲穂色の頭髪を三つに編んだ青年。
藍色の瞳をして、ニコリと微笑む姿は生唾を飲んでしまう程の魅力が──
「ゆ、勇者様っ!?」
ソラ王子は椅子から転げ落ち、その人物を見上げた。
軍幕内にいた者達も目を大きく見開く。
険しかった表情が幼子のように柔らかくなった。
「勇者様!? え、本物!? 本物なんですか!? なにがどうなって──」
「封印が解けたのか!? それにしても──」
口々に大人たちが反応をするのを他所に、先程まで表情を強張らせていたソラ王子は顔を両手で覆って、まるで初な少女のような反応をした。
「わああああ、本物だぁ!! わああああああああああああ!!!」
指の隙間からしっかりと目が合っていたのだが、なにも言うまい。