35 自由への一歩
ガルーとエルフさんが簡易的な地図を作り上げていった。
(二人は性格的にも気が合いそうだなぁ。ってか、腹減った……)
俺の土地勘があってれば、南東の王国には戦争で何度か邪魔をした気がする。
もし、そこの王国であってるなら……。
「出来ました!」
「やったー」
二人から地図を受け取ると──予想があたっていた。
再度、場所の把握を行っておこう。
黎明国は大陸の中央から少し北西にある最西の国だ。
聖王国はそこから少し北東に上った所で山岳地帯の中にあり、その上にエルフの国が広がる。その山岳地帯は大陸を二分するようにあって、それに沿って南に下っていくと山に囲まれて獣王国がある。
「ここの前の国名は、三日月国じゃないか?」
「そうです!」とエルフさんが食い気味に話す。
「っとなると、あの国は一度何かに敗れたのか……魔族って言ってたっけ?」
将校がそんなことを言ってた気がした。でも、本当に魔族か?
「俺の見立てだと、飛竜か何かに侵略されたんだと思うがどうだ」
「それは……」とエルフさんはガルーに目配せをしていた。
「そうです。当時の文献を見たことがあるんですが、空から黒竜が率いる魔族の集団が舞い降りたと書いてありました。……ですが、誰も知らないのになぜ分かるんです……?」
「そうでもしないとあの国の守りを崩せれないからだな」
ガルーは『残る城は1つ』と言っていたが、その最後の城が最難関でな。
あれは、良い山の城だ。
まず、その城は崖に沿って造られている。
その崖の向こうには三日月国があった。つまり、背中側──崖の向こう側──から攻め入るのは困難。大回りをしたらいけないこともないが、南は海に面してるから海側から攻めるのも……まぁ、難しい。
だから正面から戦う必要があるんだが、足場が悪い坂道だし、木々が生い茂ってるし、崖上から容易に攻撃を仕掛けられやすい。
じゃあ、崖上から攻めたら良いじゃん! というのは間違いじゃない。
実際に、俺達が魔族と戦争をする時は崖上から攻め込んできた奴らもいた。
だが、相手が汎人ならまだしも、今は獣人の国になってるんだろ?
獣人相手に山の中で戦うのはなぁ……俺はしたくない。
(ナモーが前線を後退させているのは山の城で戦うつもりだからと考えて良い)
アイツも戦いながら「ここ戦いやすいな」って言ってたし。戦争中に王国の下見を兼ねてた訳だな。
唯一の懸念としては、混合軍は体力があるということ。
時間をかけられると、いずれかは突破される。護りやすいとは言え、これだけ技術が進化してるし、剣聖もいるし、黎明国も第二王子とかなんとかが兵を出していると聞いた。
(俺がどう動くかで戦況が変わりそう……うーむ、責任重大)
頭良さそうな人の考えるポーズ取ってるけど、意味ないなコレ。
「勇者様は不思議な方です」
エルフさんがそう言ってきて、俺は首をかしげた。
「……なんで?」
「いえ! ただ、裏切り者を倒すというのに、まるで心配をしてるかのような」
あと、私じゃなくて俺って言ってますし……といわれて俺は目をパチクリ。
「俺だって人間だ。気を抜く時くらいあるよ」
そういって肩を竦めた。一人称が私の男なんて、信用できんしな。
「あと、心配はしてるよ。だって、俺と会う前に死なれたら困るからね」
嘘偽りのない言葉だ。俺と会う前に死なれたら困るんだ。
エルフさんがコヒュッと血相を悪くしてたので、意味深に笑っておいた。
◇◇◇
獣王国:中央会議室。
そこでは国防会議が行われていた。
「ここまで敵軍を引き込んで何をされるおつもりですか!」
「あの城が破れたら、もう王都が目の前になるのですぞ!」
「そのことは陛下も承知をしておる」
大臣らの声にそう応えたのは、汎人類から警戒をされている侯爵クラスの魔力の持ち主──猫獣人のエリオットだ。
黒装束に黒帽子。首から下げている十字架はエリオットが聖職者であることの証明であり、彼の発言力の強さの現れでもある。
「ならば、なぜここまで敵軍を引き込んだのですか!?」
「陛下は戦いやすい場所で、向かい撃つ方が良いと判断されたのだ」
縦に長い国土で王都周辺以外で防衛拠点となる場所は平原にある砦。
しかし、平原で本領を発揮するのは機動力に長けている汎人達だ。
よって、それらの砦では撤退しつつ、敵の数を減らすことだけに注力していた。
「我々の本領が発揮されるのは山岳地帯での戦闘。それが発揮できるのが、あの城という訳です」
「羊獣人も山で戦う方が楽なので。というか、皆そうだと思うけど」
エリオットの言葉に同意したのは、黒い蜷局角を持つ羊獣人のカンナ。
肌は炭を塗り込んだように灰色に染まり、体毛である白毛には星のような形で黒く染まっている箇所がいくつかある。彼女も汎人類が警戒をしている侯爵クラスの魔力の持ち主だ。
「ですが、あまりにも危険過ぎます! 物量で攻められでもしたらこの国は!」
「心配性だなぁ~」
カンナが自身の髪の毛を撫でながら、安心させるように微笑む。
「魔王を倒せなかった汎人らと魔王を倒したナモー様。そして直々に訓練を施していただいた軍隊。どっちが強いかは自明だよね」
圧倒的自信。
古来からアンスロ族は戦争に傭兵として駆り出されることが多かった。
理由は、単純に強いからだ。
人よりも大きく、筋肉の搭載量も多く、獣特有の感覚も鋭く、動きも素早い。
──獣人1体で汎人の5人分の働きを見せる。
これは平均的な獣人の話であり、熟達した獣人はその限りではない。
「心配しなくていいよ。アイツら、貫き殺してくるから」
パチッと開けた黄金瞳の中には真横に黒く線が走る。
仲間の覇気に大臣らが圧されているのを感じたエリオットは尻尾をくねらせた。
「王都の方への被害は出さぬように尽力致しますので、大臣様達は経済の回し方を考えてくださいな。オレ達にゃ政は分からんもんでね」
片方の口をニヤと挙げて、笑いかける。でも、大臣たちの顔色は変わらない。
アンスロがこれだけの力を持って繁栄をしてこなかった理由は、戦いの能力はあるが、それしかないからだった。
だが、今、その勢力を徐々に広げて行けている理由は──
「遅れてすまん」
この王がいるからだ。
「軍の方での戦略を詰めていてな。新技術の調整がいまだに難しいのだ」
遅れて部屋に入ってきたのは英雄の獅子獣人。
赤い布を首に巻き、右目の傷跡が痛々しく残る白毛のナモーだ。
その巨体はアンスロ用に建て替えられた部屋の天井に頭を擦るほど大きい。隣に並べばエリオットやカンナでさえ子どもに見えてしまう。
「それで、どこまで進んだかな。二人から何か話はされたか?」
大臣らの反応はあまり良くない。
「偵察部隊からエリオット、強襲部隊からカンナを代表として送ったが……」チラと二人を見る、彼らの反応もあまり良くない「……私の口から説明をしよう。議題は聞き及んでいる、前線を下げていることについてだろう」
手元に持ってきていた資料を読むために丸い眼鏡を着用し、ふむ、と頷く。
「それについてだが、戦友から教わった技術の本格運用をするのだ」
チラとメガネ越しに皆の反応をみて、気になっている様子を堪能。
「作戦を説明しよう。我々が勝利するまでの道のりを、じっくりと」
アンスロは【教育】を手に入れた。
もう彼らは戦うだけの獣ではない。
ならば、次は【自由】だ。一つの国を手に入れたとしても、自由とは程遠い。
次は自由を手に入れるための戦いを始めようではないか。
1部3章はここで終わりです!
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