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33 本の続き



『魔王を倒した勇者は仲間で最高の友だったのだ』


 そう、獣人(アンスロ)の王は教えてくれた。

 そして、異人種が裏切ったという歴史は嘘だとも教えてくれた。

 本当は、咄嗟にエルフを庇った勇者が封印されたのだと。


 そんな勇者が目の前にいて──仲間たちを命を潰した。


 決して素早いとは言えぬ動きだというのに、攻撃が当たらない。

 

『ロイとの戦いで私は負けたことがない。だが──』


 攻撃を避けられたアンスロの青年は、王の話を思い出す。

 

『戦いの場で私はアイツに勝てるとは思わない。アイツは最強だ』


 連携して攻撃を重ねたとしても一発で看破し、崩してくる。

 膂力も魔力量もアンスロ達が秀でている。だというのに、勝てない。

 そして、仲間を殺され、腕を切り落とされ、叫びながら殴りかかった。

 だが、それも届かない。


(チクショウ、チクショウ! チクショウ……ッ!!)


 無力であることへの苛立ちと、目前の男への怒りが脳みそを支配する。

 なにが勇者だ! なにが友だ! ただの裏切り者じゃないか!

 その時──グズッ、と。

 真下から何かに貫かれたような感覚が襲った。


「──……っあ。」


 その攻撃により意識を失う最中、勇者は彼にだけ聞こえる声で呟く。


「お前らの死は無駄にしない」


 消えゆく意識の中、そのような言葉を受け、アンスロは光を見た気がした。

 だが、そんなハズがあるわけ無いとすぐに否定をした。


 コイツは敵だ。


 仲間を殺し、ナモー様を裏切った。卑怯者なのだと。

 そう言い聞かせても、最期の勇者の表情が記憶に焼き付いて離れない。

 

(なぜ、そんな顔をするのだ──)


 彼の問いも、背中を向けて立ち去る彼には届かない。




     ◇◇◇




「勇者様……」


 カロリーヌは心配そうに胸の前で手を握る。そんな部下の姿を見て、ジルは王城での勇者の言葉を思い返していた。


『私からしたら彼らは仲間であり、友でした。先の話を聞いても信じられない思いが今でもあります……しかし、敵であるならば屠る。それが、勇者である私の使命です』


 言葉を交わせる相手と共に10年も旅をしたのだ。いくら勇者とはいえ、愛着が湧いているのではないか──そう考える者は多かった。


 だが、


(あの言葉に嘘はないように感じた)


 ジルは勇者の言葉の節々に隠された殺意を汲み取っていた。


 しかし、陛下は『勇者を試す』とした。

 

 本当に異人種を手にかけられるのか。その場がコレだ。


 そして、今、目の前で行われているのはアンスロの揺さぶり。勇者の善意に訴えかけ、見逃してくれないかと懇願をしている。


「アイツら……」


 騎士の中には止めさせようとする者もいた。アンスロのアレは、プライドもへったくれもない行為だと。


「自分たちが裏切ったというのに、勇者様に助けを求めるだと?」


「どんな思いで勇者様がここにいるのかも考えず、自分の身可愛さを叫ぶなんて……」


「やはり異人種……分かりあえぬ家畜め……」


 カロリーヌも勇者への心配と同時に、アンスロ達を仇のように睨んでいた。


「心配せずともよいだろう」


 その横のジルは至って冷静に流れを見定める。


「隊長。ですが、勇者様はお優しいお方ですので……アレは」


「それは普通の人間の思考だとも、カロリーヌ。彼は──」


「我が名はロイ。魔王を打倒した勇者ロイである!」


 稲穂色の髪を靡かせて名乗り上げる姿を見て、カロリーヌの目が輝いた。


 その声を聞き、ジルも自分の考えが間違っていなかったのだと確信した。


(……彼は英雄であり、我々の考えが及ばぬ所にいる。やはり心配は無用だったな)


 その場にいた者達は皆、勇者の名乗りに魅了された。


 黙していた勇者は声色に呆れも怒りも一切含まずに名乗りを上げた。


 古くから伝わる騎士の作法。それを野蛮なアンスロにしてみせたのだ。


「この戦いに勝利し、貴様らの王であり、我を裏切った旧友を打倒しに行く者なり」


 あの姿だ。

 あの姿を皆見たかったのだ。


「止めたくば止めてみせよ。救いたくば救ってみせよ」


 皆は幸運だったろう。


「我が屍を踏み倒し、その願いを果たしてみせよ!」


 【勇者伝記】で最期のページを捲ると本が閉じるように。

 勇者の物語は魔王に封印され、汎人を導いて終わるのだ。

 だが、そんな彼は、まさに本の続きを歩もうとしている。

 裏切られた英雄が、裏切り者達へ報復を始める復讐劇を。


「俺達は幸せ者なんだろうな……生きている内に、これを見れるんだから」

 

 勇者は淀みない動きでアンスロの一体の息の根を止めた。

 騎士たちの中で「うぉっ!」と先走りの歓声が飛ぶ。

 だが、それ以降の光景は信じられるものではなかった。


「なぁ、アレ……武技とか、使ってないよな」

 

 誰かが隣の人物に確認するように聞いた言葉が伝播し、皆が魔力に意識を向ける。

 すると、勇者は魔力を燻らせながらも技を使っている様子はない。

 対するアンスロ達は【身体強化】系の武技を使っている。

 

「アンスロ相手に……そんなことできんのか」


 男と女の違いは筋肉の搭載量。それだけでかなりの優劣が生まれてしまう。

 では、アンスロと汎人の差はというと──


 筋肉の搭載量と骨格と種族だ。


 身長差、筋肉搭載量、そして獣であるということ。小さな犬であっても汎人を殺すことができる。それが、人よりも大きいとなると言うまでもない。


 つまり──アンスロと汎人の間には数倍の実力差がある。


 そんな相手が更に能力を向上させているのに、勇者は素の力で戦っているというのだ。

 

「私は魔王を倒したのだ。アンスロの若造を屠ることなぞ造作もない」


「っ……!! クソオオオオオオ!!」


 殴りかかってきたアンスロを下から突き刺し、血液を身体に浴びていた。

 稲穂色の美しい髪の毛が赤黒く変色し、頬には獣の血が付着している。

 

「倒したぞ。練習台を用意してくれて感謝する」


「え、あ、ええ……」


「では、獣王国に向かおう。駆動輌を用意してくれ」


 勝利を喜ぶ訳でもなく、淡々と勝利を収めた英雄の姿に皆の反応が遅れる。

 勝利を疑っていたわけではない。ただ、あまりにも普段通りの姿に困惑をした。

 

 ──獣人(アンスロ)1体で汎人の5人分の働きを見せる。

 

 それはつまり、1体の獣人(アンスロ)を殺すために5人の汎人が必要というコト。


 そんな戦争の常識を覆した英雄の姿を見て、腹の底から熱いものが込み上げてきた。


「「「勇者様っ! 勇者様っ!! 勇者様ッ!!」」」


 信じられない。あり得るのかこんなことが。

 相手がいくら若いアンスロとはいえ、武技を使わずに勝てるなんて。

 だが、勇者はやってみせたのだ。


「──ッ!」


 カロリーヌは駆けた。その姿を見て、ノルマンも遅れまいと駆ける。


「勇者様すごかったです! 本当に! かっこよくてっ!」


「やばかったっす!! 勇者様!! 俺なら多分勝てなかったすよアレ!」


「バカ! 勇者様とお前を比べるな! 勇者様を魔王を倒したお方だぞっ!!」


「そうっすけど!!」


 その時に他の騎士達を見て応対をしていた勇者の目線がついと動いた。


「カロリーヌ。ノルマン。私は強かったか?」


 こてんと首を傾げて話しかけられた二人は頬を赤く染め、我先に返事を送る。


「はいっ!!」


「もちろんッス!! 本を読んだ時に想像した姿と一緒で」


「私もそう思いました! 特に、サリエヌ伯爵領地の魔族との戦いの──」


「ああ、青い翼を落とす飛翔する魔族のことかな。トドメが同じだったっけ」


 勇者伝記にも書いてある、勇者達が二度目の戦争で戦った水城(ヴァッサーブルク)を占領した魔族。空を飛ぶ魔族は青羽を落としながら戦う魔族で、羽から羽槍を生やす厄介な敵だ。


 サリエヌ伯爵の騎士たちと協力して戦い、トドメは勇者の顎下からの一突き。  

 それが、先の一撃だというのだ。 


「良かった。お前らにそう評価してもらって、嬉しいよ」


 勇者は目を横に流しながら、笑う。


「298年も経っているからね。通用するか不安だったけど、大丈夫みたいだ」


 その姿を見て周りの騎士たちも感動をしていた。

 勇者の内心なぞ露知らず、ずっと、ずっと、盛り上がっていた。

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