31 悪役らしく
「はっ……」
力を貸すって。
おい、まて。
こんな状況で、俺が、お前らにできることなんて──
「勇者様のお力があれば、我々はここから抜け出すことが出来ます」
グググッと力を込められ、ジリッと足を後退させる。
観客の眉が潜められ、俺の身を案ずる声も聞こえてきた。
(くそっ……!)
決意が揺らぐ。視線が泳いでしまう。
俺だって、ナモーの同胞を傷つけたくない。
護りたいよ。だって、そのために、戦ってきたんだ。
だけど──俺は──できないんだ。
「悪いな、その相談には乗れない」
後ろに引いた足を軸足にして、アンスロの身体を持ち上げた。
「っう!?」
驚いたアンスロはドスンッと足を地面に着き、身体を跳ねて距離を取る。
小さな手に握りつぶされそうになったんだ、驚くよな。
「あなたは勇者様なのでしょう!? ならば! 我々に力をお貸しくだされ!」
大声で話すアンスロに皆から様々な反応が示される。
騎士たちは嫌悪感を示し、監獄長は呆れながら頭を掻いている。
他の二人のアンスロは動いていない。俺と戦うことを事前に聞き、計画をしたのだろう。
「我々と戦う理由はないはずです! ナモー様のご友人であれば!」
「…………」
「力をお貸しください! ナモー様の国が汎人に襲われているのです!」
「俺からもよろしくお願いします! バルバロイ様のお話は聞き及んでいます!」
栗毛のアンスロも頭を下げてきた。
コイツらは……俺なら救ってくれると信じていたのか。
ナモーの友である「バルバロイ」という男なら、こんな場所であっても同胞には手を出さないと。俺に希望を見出して……。
「……」
俺は構えていた刃先を地面に落とす。
(バーバ、それはならん。分かっておるのだろう)
肩で息を繰り返す。
(ナモーとやらを助けるのだろう。そのために、)
(分かってる……分かってるさ)
ああ、判断が鈍る。鈍って、仕方がない。
ナモーを助けたいから、俺は勇者のフリをしている。
アンスロもドワーフもエルフも仲間だよ。
大切にしたいさ。
だけど、ここで俺がお前らを倒さないと──ナモーを助けに行けないんだ。
「仲間であるなら! 手を貸してください!」
「ナモー様の友人であり、仲間であるあなたなら可能なハズです!」
そうだよな。
お前たちも同じ気持ちなんだよな。ナモーを助けたいんだよな。
ナモーから俺の話を聞いてるんだろう。
一緒に魔王を倒した俺の……俺達の話を。
汎人みたいに嘘で塗りたくった歴史ではなく、ナモーが実際に体験した話を。
汎人を嫌うナモーだから余計、俺は良い奴だって思われてるんだろう。
「バルバロイ様! 我々と共にナモー様を──」
「ナモーは良い奴だよな」
俺は傾けた武器を地面に触れさせ、そう言った。
周りがざわつき、アンスロ達に戸惑いが見えた。
「俺、アイツに一対一で勝ったことないんだ。強いだろ」
「……勇者様? なにを」
カロリーヌの言葉をジルが止めていた。
すまん、少しの間、昔話をさせてくれ。
「お前の言う通り、仲間だよ。友達さ」──ああ、どこまで話していいんだっけ。ガルーが心配してる顔が思い浮かぶな──「だって、魔王を一緒に倒そうとしたんだ。10年間もの間だ。いつ死んでもおかしくない魔王領で、毎日戦ったよ。魔族に殺されそうになった時、ナモーが身体を張って助けてくれたこともあった」
俺を庇ったせいでアイツの腹を剣が貫いた。それで軌道が逸れて、俺の頬を掠めた。
俺に影を落としながら『大丈夫か、ロイ』ってさ。痛いだろうに心配させないように痛そうな素振りすら見せずにさ……。
男として惚れたよ。
カッコいい奴だよ、アイツは。
最初は俺のことも嫌いだったって言ってたけど、旅をしていったら仲良くなって。
だから、俺も、アイツのこと……すごい、好きなんだよ。
「だったら尚更、その力をお貸しくだされ!」
「なぜ、迷うのですか! 友であるならば──」
助けたいからだよ。
汎人共から、ナモーを助けたいんだ。
でも、そんなこと言えない。まわりに目が多すぎる。
だから、ごめん。
俺はバルバロイじゃない。勇者ロイ。汎人の英雄であり──
「アイツが俺を裏切ったからだ」
異人種に裏切られた人間なんだ。
「友だと思っていたのは私だけだったのだろう?」
「それは違います! ナモー様は!」
「なにが違う?」
俺は眼圧で彼らを怯ませた。
「ナモーが私を裏切ったから、獣人はこうして虐げられているのではないか?」
「──ッ!」
ああ、俺、最低だ。
とんだクソ野郎だ。
アンスロ達の顔が歪むのが見えた。
ごめんな、ごめん。
──お前もそっち側なんだな、と顔に殺意が差し込んだのが見えた。
「さぁ、話は終わりだ。アンスロの童共」
剣を掲げ、名を名乗る。
相手に躊躇いを持たせぬよう、毅然とした態度を示せ。
「我が名はロイ。魔王を打倒した勇者ロイである!」
稲穂色の髪を靡かせて名を名乗り上げた。
「この戦いに勝利し、貴様らの王であり、我を裏切った旧友を打倒しに行く者なり」
アンスロ達の願いは叶えられない。
「止めたくば止めてみせよ。救いたくば救ってみせよ」
だから、せめて、
「我が屍を踏み倒し、その願いを果たしてみせよ!」
悪役らしく、振る舞ってみせよう。
俺への希望を打ち消し、大事な王を脅かす存在として認めさせる。
これが、俺ができる最大限の思いやりだ。