03 依代
「勇者の姪ってことは……俺の姪……?」
「はいっ!」
「姪ねぇ……」
こいつらの話を鵜呑みにするなら、コイツは俺の姪らしい。まぁ、そんな心当たりは当然ない。親族すらいないからな。
それに姪がいたとして、お前何歳だよって話だ。そんな年齢になるまで俺が知らないわけが無い。魔王討伐に出かけたのは十数年。旅立ちと同時に生まれたってか? ハンッ!
(いや、まて)
そういえば誰かが言ってた。有名になったら知り合いや親族が増えるらしい。ってことは──
(俺も有名人になったってことか……!?)
勇者が俺じゃないにしろ、なんかの手違いで勇者だと呼ばれてるにしろ、有名になってるのは悪い気分では無い。
「ふふふ……そうか、姪か。よろしくな!」
「公認きたー! めちゃめちゃ嬉しいです! ありがとうございます!」
「いいんだいいんだ。無一文だから何も買ってあげれないのが残念だが」
「じ、じゃあそのプレゼントというか、なんというか……わがままなんですが……勇者さまのことをロイ様か叔父様って呼ばせていただいても……?」
「いいよ。好きに呼んで」
「ありあす! 勇者さましゅき!」
「HAHAHA〜」
悪い気はしない。ふっふっふ。
まぁ、姪だとかなんとかは目を瞑ろう。誰だよおまえって思ってるけど。こんな金色の髪でテンションの高い少女は親族にいないよ。
「じゃあ、その鑑定ってのをお願いするよ」
「うぃ! 任せてください!」とビシッと敬礼してた。元気なやつだな。
ということで別室に移動させられ、椅子に座らされた。大人たちがいっぱいいる。みんなその鑑定というのが気になるのか。
(で、俺は俺で気になることがあるんだが……)
仲間はどこにいるんだ?
封印されたって話だから、しばらくは汎人に任せるって感じなのかな。
(まぁ、これが終われば会えるか……)
あったら、まずは戦勝会だな! 酒だな!
協力してくれた魔族も一緒に全員で飯を食おう。
うわーー、楽しみだな!
もしサプライズだとしたら……あの扉からナモーがケーキを運んできて、扉枠で頭を打つ未来が見える! あいつ俺の3倍くらいデカいからなぁ〜。
アラムは元気かなぁ。最後、魔王の攻撃から逃がすために押し飛ばしたから怒られそう。
ノアラシはいつも通りな気もするなぁ〜。やっと起きたんか! って酒を押し付けてきそう。
「ねー、まだ~? まるでサプライズを待ってる気分だよ~」
鑑定ってのをちゃちゃっと終わらせたいんだコッチは! サプライズに手間取ってんのか?
「ごめんなさい、お待たせしちゃって」
「いいよー。で、何するの? なにかすることある?」
「脱いでください、叔父様」
「え、エッチなことするの?」
いやん、と身体を手で隠すとニヤリと笑ってきた。
「検査のためです! あー、仕方ない! 叔父様には申し訳ないんですが、検査のためには脱いでいただかなければ――」
「ねー、本当に大丈夫なのこの人、目が血走ってるんだけど」
「勇者さまの肌の異変について、エンペリオ様にも見てもらいたいのです」
「肌の異変? そんなのあったっけ?」
話によると、今の服に着替えさせる際に見えたモノを確認しておきたいらしい。別に、身体にはなんの異変もないんだが。いや、縮んではいるけど。
「上だけで良い? それとも下も?」
「……。上だけで。お願いします」
「今悩んだな? まぁいいや」
貴族の坊っちゃんのような服を脱いでいく。なんでこんな面倒なんだ。
途中で使用人に協力してもらいながら服を脱ぐと、周りの大人達が息を飲んだのを感じた。
「その傷跡は……?」
「いや、傷跡というより……」
「ン、傷跡……?」
見てみると、股間辺りから脇腹にかけて黒い波打つような模様が肌に刻まれていた。それは、まるで罪人に付けられる烙印のようにも見える。
「あ?……これってたしか」
頭に思い浮かんだのは魔王城に一緒に攻め入った魔将の姿。確か、魔族にはこんな模様が刻まれていたハズ――
『――驚いたかのぉ!?』
「うわっ!?」
突如、目前に顔が現れ、俺は椅子から転げ落ちた。
衝撃。
『カッカッカ! 滑稽じゃのぉ! あのバーバが目を皿のようにしてのぉ!』
「お前……っ」
目の前の女は絵画に描かれた女人のように整った容姿をしていた。だが、頭は絶えず警戒を訴えかける。
褐色の肌、
真っ白の髪の毛、
口を上げて笑う内側──
キレイに生え揃った歯、色の濃い紫色の舌根。
「――っ!」
咄嗟に体を跳ね起こし、ソイツから距離を取った。
俺が動いた理由は明確。
目の前の存在を本能的に理解したからだ。
薄暗い空間、
触れられるほど濃密な魔力を際限なく溢れさせ、
叫ぶ俺達を見て、口端を尖らせる。
英雄の死体を積み上げる支配者。
神をも陥れた絶対悪。
脳裏に深く刻まれたその姿は、
「──魔王っ!!」
コイツは魔王だ。
間違いない。断言出来る。
なにより、俺が見間違うわけが無い。
淀みのない動きで武器に手を回し――腰が軽いことを認識した。
「――、」
武器がない。
装備もない。
仲間もいない。
そして、相対しているのは――倒したハズの仇敵。
「武器を寄越せ! もう一度葬ってやる!」
怒鳴るようにして従卒に命令を飛ばす。
だが、反応が返ってこなかった。
魔王も口元に愉悦を浮かべたまま動かない。
「おい! 早くしろ!」
なぜ動かない!?
まさか、魔王の術で動きを止められたのか!?
「クソ――ッ」
一瞬視線を魔王から外し、武器を盗み取ろうとした瞬間、
「勇者様? どうされたのですか?」
耳に届いた違和感の残る声。
それはあまりにも素っ頓狂で、
まるでこの場にいないと思えるような声色だった。
「なぜ武器を……」
「一体どうされたのですか……急に叫ばれて」
は、と漏らした息が疑問の声へと変わる。
何を言ってる!?
なんでそんな他人事なんだよ!
――コイツらは頼りにならん。
素手で制圧。できるか?
だが、それしか手段はない。
逃げるのはどうか。こんな状況で?
幸い、知り合いはいない。
そうだな。――使える盾は多くある。
「……」
警戒しつつ生存するための可能性を模索していると、今まで黙していたソイツは、
『あはっ!』
声高らかに笑った。
『はははははっ!!』
俺を指さし、目尻に浮かんだ涙を指で拭う。薄っすらと細めた目で俺を捉えながら腹を抱える。
『警戒しすぎじゃぞ、バーバ!』
ひー、ひー、と堪えようと試みる。だが、俺の顔を横目でみて、結び目が解けたように笑いだした。
『はー! いかん! あー!! あー! はっはっははははははっ!』
……この笑い声すらも聞こえてないのか。ってことは……コイツ。
『気づいたか?』
こちらを見て、ん? と唇を持ち上げる。
『わらわの姿はお主にしか見えておらぬ。いや、見せておらん』
魔王は空中で体勢を何度も変え、鑑定士や従卒に足を向ける。それでも気付かれていない。
「勇者様……先程から一体……」
「勇者様はお疲れなのだ! 魔王との戦いの疲れがまだ取れていないのだろう」
なんて声をかけてくる貴族の眼球に指を突っ込み、頭の上まで貫いた。
「!?」
「フラッシュバックというものだ。あまり騒ぎ立てるでない!」
「おまえ……それ」
「勇者様、戦争は終わりました。だからどうか、心を鎮めてくだされ……」
貴族は生きている……。普通に喋ってる。
血は出てない……。
物理的な干渉すらしないのか……?
『ほれ、子鬼の完成じゃ。ボク、魔王の言う事なんでも聞きます〜ぅ』
頭の上で二本の指を動かし遊ぶ魔王。
眉間に皺を寄せたままの俺。
『笑わんのか、ノリが悪いのぉ』
(物理干渉をしない。なら俺の攻撃も当たらないか……)
『その通りじゃ』
「……まさか」
『聞こえておるよ、バーバ。お主とわらわは一心同体。隠し事なぞできん』
そう言い、魔王は俺の脇腹に触れるような仕草をした。
『お主の身体に刻まれた刻印に見覚えがあるじゃろう? お主と卑しくも手を組んだ魔将にも刻まれておった……ほれ、わらわの脇腹にもある。それは魔族の身体に浮かび上がる刻印ぞ』
クルクルと回り、頬杖を突いて微笑んだ。
『お主の身体は私の容れ物じゃ。そして、わらわは思念体。お主だけ見える幻』
霧のように消え、顔の前で俺を喰らった口の中を指で広げて現れた。
『これからよろしくな、バーバ』
「──叔父様、立てますか?」
魔王の身体を貫通した鑑定士が手を差し伸べると、魔王はそれに合わせて手を重ねてきた。
「……1人で立てる、大丈夫だ……すまん」
その手を拒み、俺はゆっくり立ち上がる。……魔王の不気味な笑み視界の横に納めながら。