28 勇者爆誕
勇者が地下室──といっても地上からは離れてるんだが──で解呪中。
部屋の外には服を持っているガルーとエルフと騎士二人がいた。雰囲気としてはなかなか重たい。特に騎士達の面持ちは暗いものがあった。
「勇者様は……元の姿に戻れるのだろうか」
「もし、魔王の呪いが暴走し……勇者様が暴れたら」
不安を口にする騎士の横で、ガルーは口をもごもごとさせていた。
アレが呪いではないことは知っている。だが、それを話す訳にはいかない。二人の心配は杞憂どころか起こる可能性すらない。
それよりも気になってるのは──隣のエルフが完全に失神手前の顔だからだ。
「あの……大丈夫です?」
「は、はい、大丈夫です。心配をしていただき、ありがとうございます」
エルフは「勇者の解呪をエルフが失敗したらどうしよう」と心配していた。
最悪の結果が起きてしまった場合、このエルフの命は今日ここで終わるだろう。
──こんこん。
扉がノックされて三人は身体をビクッと跳ねさせた。
顔を覗かせたのは疲れている様子のメルトン。
「すまないが、衣類を渡してほしい。そこのキミ、持って入りなさい」
指名されたのはガルー。エルフの持っていた衣類を受け取った。
「メルトンさん、勇者様の解呪は……」
「順調だ。だが、痛みに耐えている。その間、手を握ってくれる人が必要でね」
「わ、私が握りましょう! 勇者様の身に何かあれば──」
「勇者様のご指名は姪である、ガルーさんだ。すまないね」
カロリーヌはしおしおと身体を離れさせ、ノルマンに宥められた。
「ガルー嬢。勇者様を頼みます」とカロリーヌに言われて。
「ガルー様! よろしくお願いします!」とエルフに懇願するように言われた。
「は、はい。頑張ってきます!」
そういい中に入り、扉を閉めるとメルトンは足先をコンコンッと突いた。
ぶわ、と魔力が広がったように見えて──音が反響しないことに気づく。
「め、メルトンさん。叔父様が痛みに苦しんでいるとは一体──」
「バルバロイ様、お連れしました」
「あ! 来たか! ガルー! 助けてくれ!!」
奥の人影が動いたと思うと──どこか見覚えのあるような顔で、でもどこか違うような顔の男性がいた。
背丈も微妙に違うし、髪の毛の色と編み方、眉毛、鼻と口の距離。素晴らしい絵画を素人が手直しをしたような姿にさすがのガルーもぽかんと口をあけた。
「勇者ってどんな顔だっけ!? ぜんぜん思い出せなくてさ!!」
「えー……っと」
「事情を知っているのだろう? 私はその姿というのを知らないから」
メルトンもお手上げ状態らしい。
これは、幼い頃から勇者ロイに恋心を抱いていたガルーだからできることだ。
カロリーヌにもできるだろうが、事情を知っているのはガルーのみ。
「痛みに我慢しているというのは……」
「──ガルー! 頼む! 指示をしてくれ! めっちゃ不細工! いま、俺!」
「まぁ、ある意味、苦しんでいるというか、なんというかだ」
「ガルー、早く!」
「は、はい! わかりました!」
衣類をキレイなところに起き、袖を捲った。
この絶妙に勇者とも言えない状態の姿を資料館そのままの姿に仕立てあげる。
(って、コレ、私の理想の勇者様にする手伝い……だよね? そうだよね!)
扉の外で待っていた時の気まずさなんて吹き飛び、ガルーはテンション爆上げ。
皆がいう【勇者】を私が完成させる。そしてそれに立ち会える。こんな幸せなことなんてない!! と、ニヤニヤが抑えきれなくなっていた。
◇◇◇
カロリーヌは勇者に恋をした時のことを鮮明に覚えている。
駆動輌に轢かれたこともあるし、鬼教官に殺されかけたこともある。
だが、それらよりもあの時のアレは衝撃的だった。
『みんなができることは良い子で居続けること!』
決まり文句をいう女性係員の言葉の後、自由に資料館を見て回ることになった。
仲の良い女の子や男の子と見て回っていると、ふと足が止まったのだ。
『わぁ……っ』
その場所は勇者ロイの精緻な彫像の前だった。
この世界を救い、そして異人種に裏切られた悲劇のヒーロー。
彼の姿を見て──心が奪われた。
一目惚れというのだろうか。
『か、かっこいい……!』
という感情と共に、何か私もしたいという気持ちにさせられた。
『わたしも……勇者様みたいに強い人になりたい』
それからカロリーヌは女で騎士になることを目指した。
全ては勇者が作り上げたこの平和を崩させないために。
勇者が護った国を人々を失わないように。
そして、封印から目覚めた勇者が安心して過ごせれるように。
「先輩。緊張しすぎですって」
「……緊張くらいするだろう」
一目惚れをしてから十数年。30手前になったカロリーヌは地下室で腕を組む。
緊張するのは当たり前だ。だって、なぜなら。
(私の未来の旦那様が……死ぬかも知れないんだぞ……ッ!!)
冷静な顔をしてこの女、だいぶ重たい奴である。
(え、本当に心配なんだけど……どうしよう……勇者様が傷ついて、死んだりしたら……そしたらあのメルトンっていう異人種と生まれた家のお陰で付き人になれたあのバカ女を何発か殴って──ダメ、その前にしっかりと勇者様を殺したことをみなに周知した上でやらないと……私が悪者になるわ)
先輩騎士が悩む様子を横で見るノルマンは能天気なものだ。
(本当に勇者様のことを尊敬してるんすね~)
カロリーヌが騎士を志した経緯は聞いた。恋をしていたというのも聞いた。
一方でノルマンは金を稼ぐために騎士となった。勇者のことは子どもの頃から好きだが、心配のあまり酸欠になるほどではない。
「ま、大丈夫でしょ~。なんとかなるっすよ」
「なんとかならないと大事になるのだ……」
「はい、では、エルフから何か一言! 安心させれるような一言を!」
ノルマンの無茶振りに、同じく酸欠状態だったエルフは話しづらそうに。
「……あの方はエルフの調査隊の隊長だった人です。実力はあると思います」
「だってさ」
「実力があるとしても魔王には及ばん。だから、心配だ」
腕を組んだまま指でタンタンッと何度も叩くカロリーヌ。
そこに、ガチャと扉が開く音が聞こえた。
「どうだ! 勇者様は無事で──」
そこから顔を現したのは、青藍の瞳で、稲穂色の頭髪を長く結んでいる青年だった。
「やぁ、カロリーヌ。心配をかけさせたみたいだね」
ぽんと頭に手を置き、にこりと微笑むその姿はまさに──あの時のもの。
「うひっ……」
高い背丈、メルトンよりも少し小さめだが、身に纏うオーラが格別。
特別に用意された貴族の服で身を飾り、長剣を腰に携えている。
そんな人が私の頭に手をおいて──
「ノルマンも待たせてすまない。エルフさんも、行こうか」
視線を外して、地下室から出ていこうとする勇者の背中を見つめ、
「はああっ……!」
カロリーヌは膝から崩れ落ちた。
「え、先輩、どうしたんすか」
「わ、ど、だ……」
「えっ?」
「わたしは、なんど、一目惚れをしたらいいんだ……っ!!」
かっこよすぎる……と呟くカロリーヌを負いて、ノルマンは勇者の後を追う。
恋する乙女というのは大変なんだな、とか思いながら。
カロリーヌが合流したのはそれからしばらく経っての事だった。