26 踏み絵
案内されたのは仄暗い地下室。囚人を鎖に繋いでおきそうな場所だな。
部屋の扉を気にするように見る。
「魔法を使いました。中の声は四人には聞こえませんよ」
だから足先を地面にコツコツとしてたのか。さすがの熟練の魔法士だ。
「ガルー! ノルマン!!」と大声を張っても無反応。よし。
「信用してくださっても良いというのに」
「念の為だ。だけど、助かったよ~……」
俺は張っていた気を緩めて、ぺたんと尻もちをついた。わ、ひんやり~。
くあ、と口を広げて空気を吸う。冷えた空気うめぇー。
「もう、私私私~って、俺って言う口に慣れてるからさぁ、むううお……」
わたしって3文字で言いにくいんだよ。おれの方が言いやすい。あ~、やだやだ。
「ともあれ、メルトン!! 久しぶりだなっ!! 元気だったか!」
「はい。もちろんでございます」
「なら良い。元気で暮らしてくれてるだけで、俺は嬉しいよ」
普段の調子で声を掛けると、メルトンは落ちるように笑った。
「ですが、私は生きながらえるために……踏み絵を踏みました」
「踏み絵を踏む? なんかの言葉か?」
「エルフの古来からある言葉です。人が神と戦いをする際、人がエルフに神の絵を踏ませたことが由来で」
というと、そういうことか。
「自分の娘を裏切ったのか」
「……はい」
空気を和らげるために冗談っぽく言ったが、思ったよりも傷ついていたらしい。
「すまん。言い方に気をつけるよ。……メルトンが生きてると分かった時点でそうだと思っていたさ」
目を伏せたメルトン。……まぁ、辛いよな。
メルトンと俺を繋ぐ縁はアラムだ。
メルトンはアラムの父親なのだ。
アラムは髪の色が違うという理由で、エルフの国を追い出された。
その追い出した張本人がこのメルトンなのだ。
だが、それはアラムのことを思ってのことだった。
(エルフは人よりも差別意識が高い種族だ。髪や肌の色が違うだけで差別をする)
そんな中で桃色の髪で小さいエルフが生まれたらどうなるか。
それを案じたメルトンはまだ子どもだったアラムを追い出した。
だが、追い出された後のアラムの暮らしは言うまでもない。
子どもが金も持たず、知識も持たず、世に放たれたらどうなるか明らかだろう。
それをメルトンはずっと後悔をしているのだ。
「生きるためならどうしようもないことだってある」
「……」
「悪い事をしたと思ってるなら、アラムにまた謝りゃあいい」
「……謝って済むのは私の心だけ。アラムの傷は癒えませぬ」
メルトンの表情は明るくならない。
親は子を己の体以上に気にかける生き物だと聞いた。ただ、メルトンは娘を裏切ってまで生き永らえている。
……つらいだろうな。
「アイツらはアラムの目と腕を切り落としました。それを私はここで黙って見ているだけ」
「メルトンはそれで良い」
「……良い訳がないでしょう」
「立場がある者がいてくれるだけで、動きやすさが変わる」
傍観者に徹することが最適解だと頭が理解をしても、心は理解してくれない。いつもは気品の溢れる所作をするメルトンが握りこぶしを作るのが見えた。
「だから俺に情報をくれ。俺が動く」
俺はメルトンの肩を叩く。
「アラムはどこにいる」
「……分かりません」
「では何か情報はないか」
そう聞くと、メルトンは話しづらそうに顎を引き、目を瞑った。
「……何か知っているのか?」
口に出すのでさえ悍ましいことを話すように、メルトンは口を開く。
「王国が娘の捜索命令を出しているのはご存知ですか……?」
「……指名手配犯を探すという奴か?」
苦々しく頷くメルトン。
そして、
「エルフの国にもソレが届き、我々はその命令を受理しています」