23 むぉ……
剣が軽い。
勇者はそう思った。
調子がいいのだ。体が言うことを聞いてくれる。
今まで何回かこのようなことがあった。
自分の理想の動きをそのまま実行できる感覚。
「シィ──ッ!」
一つの線を描くかの如く、剣が宙を走る。
そして、勇者の剣は魔王の胴体を切り裂いた。
「よしッ……!!」
鈍色の鮮血。死を前にした魔王の咆哮に身体が震える。
それでも勇者は止まらない。
このまま連撃を重ねれば、確実に魔王を殺せる。その自信があった。
「……ッ?」
だが、勇者に走るのは緊張と違和感。
その時に──まずい──と。勇者は本能的になにかを感じた。
そして違和感の正体にすぐに気付く。
魔力の流転がおかしいのだ。
本来ならば防御や攻撃に割り振られるはずの余力を使わなかった。
それはつまり、魔王が殺されると同時に何かしようとしている、ということ。
「お前ら、離れろ──」
ボロボロになった仲間に引けと命令し、自らも一歩後退しようと思った瞬間。
――ドスッ。
背中に違和感が走る。
「はっ……?」
それがじわと感覚を狂わした。
背中になにかが刺さったのだ。
「なにが――」
勇者が振り返り見ると、そこには笑みを浮かべる異人種がいた。
その手には短剣が握られている。
「おまえ、なにして……」
勇者は抵抗をしようとしたが、異人種は剣をさしこんだまま背中をグンッと押した。
「ッ~!!」
魔王がなにかしようとしている。
だが、後退は出来ぬ。
――ならば、勇者が取れる行動は1つのみ。
勇者は口から血を吐き出しながら、体を翻した。
(ここで魔王を倒さねば――)
民に平和が訪れないのだ。
汎人類に危険が及ぶのだ。
異人種に裏切られた。援護は期待できない。
つまり、頼れるのは自分自身の体のみ。
支えてくれた民たちの顔が思い浮かぶ。
稽古を付けてくれた剣聖。最後に立ち寄った村の子どもたち。
「みんな――私に力を貸してくれ」
王女のくれた首飾りに熱が帯びた。
必ず帰ってきてくださいという強い願いが込められた首飾りだ。
「汎人類に栄光を――ッ!!」
この戦いを己の力だけで幕を下ろす。
剣の柄を握る力を強め、勇者は前に踏み込んだ。
「ウオオオオォオオオオオオオオ!!」
一撃目。
魔王の鋭利な爪によって弾かれる。
だが、その程度で止まる勇者では無い。
即座に二撃目に動く。
魔王ですら反応ができぬ速度で、勇者の剣が駆ける。
「ここでっ、お前を必ず倒す! 魔王――ッ!!」
二撃目が魔王の胴体に突き刺さる。
手から血が滴るほどの渾身の力で剣を握った。
「ウオオォオオオオオ!!」
剣が魔王の体を突き抜けたその瞬間。
魔王の首から上が──頭が──目前に迫った。
大きな口によって、勇者の視界が覆われる。
「くそッ……」
勇者は己の力を振り絞り、魔王を殺した。
だが、それと同時に。
勇者は魔王の手によって封印されたのだった──……。
(…………なんだコレ)
『むぉ……こうもヒドイ改変がされとるんか』
ガルーから【勇者伝記】を借りて読んでいたんだが……なんともいえん。
これが、世界で最も売れた本ってのが嘘であってほしい。
(コレを真実だと思ってる奴らと俺は今後話さないといけないのか)
『じゃが、わらわがお主を喰らったのは書かれとる』
(みんなから魔王討伐の報告を聞いたんだろ)
それで俺がいないから『貴様らが~』とかなんとか。あー、考えただけで腹が立ってきた。
怒りをため息として吐き出し、窓の外を眺めた。
まだ、俺らは駆動輌に揺られていた。
今は聖王国という場所に向かっている所だ。
最西の黎明国からみて、東部に聖王国、そこから更に南東に獣王国があるらしい。
その聖王国は魔法聖が治めている国で『賢者の学舎』『知恵の塔』とも呼ばれている……ってさっき聞いた。ただ、その王国は俺も立ち寄ったことがあってだな。
(昔は神官やら司祭がゴロゴロいる法国だったはず)
それが魔法を研究する国になってるってさ。
298年もあれば国も変わるのかー。
国なんて一生変わらんもんだと思ってたんだがな。
(こういう所から時間の流れを感じるとは)
思いに耽けていると、木々の隙間から明滅する陽光に目を細めた。
「随分と山の中にあるんだな……」
「ここらは山岳地帯なので山が多いんです」
「そのことをノルマンは知ってたか? 気分が悪そうだが」
若い騎士に話を振ると、真っ青な彼は口を覆いながら首を横に振った。
それに対して薄っすらと笑みを浮かべる。
まぁ、俺も、いい加減、我慢できんのだがな……!
『こんな揺れるところでこんな本を読むからじゃな。人の体は脆いのぉ~』
俺は魔族の体なんだろうが、クソが。
「っぷ……はやく、着くといいな」
「スね……」
くそったれめ、こんなに揺れるなんて知らなかったぞ……! 勇者の体裁を保つために、目の前で吐き出す訳にもいかんし!
乗馬したことや荷馬車に乗ったことがあるが、こんな山道は基本徒歩だ。
舗装されていない道を駆けるとこんなに揺れるのか……!!
「ぐっ……やばいッス、俺、そろそろ」
「ちょ、アンタ本当にやめてよ!? もう着くから!」
「あ、ダメっス、せせり上がって──オロオオオオオオ!!」
ノルマンは女騎士のカロリーヌの膝上に吐き出していた。
「うわああああっ! コイツ! 本当に!!」
「ノルマン、お前……!!」
若い騎士の嘔吐っぷりを見て、俺もギュンッと一気に中身が上がってきた。
これが貰いゲロという奴か! やばい、俺も──
(くそ! 吐いてたまるか……!! クディ! 頼んだ!)
『はぁ、仕方がないのぉ……』
胃袋の物が口に到達する前に、ポケットに入れていた魔石を握る。
『ロイ様、私の予備の魔石を渡しておきますね!』
旅前のガルーの配慮をこんなところで使うことになるとは思わなんだ。
だが、仕方がない! 勇者という存在を揺るがす訳にはいかんのだ!
『【時間の狭間の魔人の権能──座標移動】』
口前に魔法を作り出し、込み上がってきたソレを外に放り出す。
窓の外を見てるように装いながら手で横顔を隠し、全て出し終えた。
鏡に反射する俺の顔、すげぇ顔してたな……。
『カーノスもこんな風に魔法を使われるとは思わなんだろう』
(もう俺の魔法だから使い方はなんだって良いだろ……。助かったよ、クディ)
『本来なら裏切った方が魔力が入ってくるんじゃがのお~。何もかも裏切るというのは違うからの』
(勉強になるよ、魔人の大先輩としてな)
『ハッ! じゃろう!!』
それから数時間後に聖王国についた訳なんだが、ノルマンは後2回吐いてた。
カロリーヌは鎧姿から普通の姿に着替え、ノルマンの頭をどがっと殴る。
その様子を見ていた老年の騎士のジルは笑いを隠しながら、叱っていた。
(コイツら騎士のくせに俗っぽいから話しやすいな)
なんだか、コイツらとは仲良くなれる気がした。