21 298年越しの睡眠
聖王国に行く前に服を着替えさせられることになった。エルフの使用人さんが怯えながら服を合わせてくれてる。
そんな中、ガルーに頼んでた諸々の情報を聞くことにした。
「戦線が徐々に獣王国側に行っている……か」
思ったよりもナモーは劣勢のようだ。砦がいくつも奪われてるらしい。
戦争で多くのアンスロが死んでしまっただろう。……クソが。
「数日前に第二王子も向かったので、このまま行けば我々の勝利──あ、第二王子は叔父様の大ファンなんですよ。部屋にポスターも張ってて」
「へー」
すごいどうでもいい。
「ナモーなら剣聖相手にも勝てるだろう。だが、それが複数の剣聖となれば別だ。……ソイツらがナモーの元に行く前に、俺も行く必要がある」
そう呟くと、俺の肩に触れていたエルフさんの手が震えるのが分かった。
エルフ、ドワーフ、アンスロの救世主を殺すって宣言したんだし。……最初に会った時に怯えてたのもそういうことだよな。
「エルフさんも付き人になった訳だし、これからよろしくね?」
「は、はいっ……よ、よろしくおねがいします……」
緊張するよなぁ。専属の付き人にされたのも気の毒だ。
だが、俺的には目の届かない場所でなにかされるよりかはマシ。俺の専属の付き人にされたってことは、俺の自由に使って良いってことだ。
向こうさんとしては「ストレス発散にもどうぞ」的なニュアンスで推薦してくれたが……ほんとクソだな。
だが、こんな汎人に期待をした俺はソレ以上のクソだ。コイツらが約束なんて守るハズなかったのだ。
「勇者様、準備ができました。広場までご足労願えますか」
「分かりました」
呼出を受けたので、衣装室を出ていくことに。
(のぉ、バーバ。あの獣が生きとるというのは本当なのか?)
(ナモーのこと? そうだよ。クディに襲いかかってた大戦士は生きてるらしい)
(クディタスじゃ。……そうか。獣人がのぉ……)
考え込むようなクディを他所に外に出ていく。
(……バーバ。お主、聖王国に行ってなにするつもりじゃ)
(え? 言ってなかったけ?)
(聞いとらん。解呪の魔法をされたとて、お主の身体のソレは呪いではないぞ。一つも効かずに不思議がられて終わるのがオチじゃと思うんじゃが)
(だろうね~)
用意されていた駆動輌に目を輝かせて、乗り込んだ。
同席するのは三人の騎士。さすがにガルーとエルフさんは同席は無理か。
「よろしくお願いします」と先に挨拶をしておいた。
「勇者様の道中の警護はお任せください」
騎士の中でも隊長格の男が胸に手を当ててお辞儀をしてきた。
「頼もしいです。私はどうも力が弱くなってしまってるみたいなので」
「解呪が成功すれば、本来の力を取り戻せますよ」
「勇者様の全力見てみたいです」と女騎士が横から入ってきた。微笑んでおいた。
「魔王を倒した一撃! 練兵場が消し飛ぶんじゃ……」と男騎士。
「体の調子も万全ではないので、力が戻ってもすぐにはできないと思います」
「おまえら、勇者様はお疲れなのだぞ。慎め」
隊長格が怒鳴ったので、ハハハと笑っておく。
道中の警護と言いながら、監視役だろうがな。上手く隠してはいるが、ピリピリと圧を感じる。
調子者の男も長い赤髪の女も手練れ。隊長は言うまでもない。
ガルーに教わったざっくりとした魔力の目安にして2人は男爵級と子爵級、隊長は伯爵級ってところか。今の俺じゃあ勝てない。
「勇者様と手合わせをした騎士たちにも話はしておきましたので」
「ああ、あの2人ですか?」
そういえばこの隊長、広間でグラムの横に立ってた奴だな。
「なんの話ですか?」
「体の感覚を確かめるために私から手合わせを依頼したんです。おかげで自分の力がよく分かりました」
というとなんか微妙な顔をする女騎士。なんだその顔。
てか、この隊長は口ぶりから騎士の中でも比較的上の方の人間なんだな。教官の上となると……団長クラスか。変な真似はできんな。
(で! どうするんじゃ!)
(え? なにが?)
(聖王国で! 何をするのかって話じゃろうが!)
(友達がいるからそこらへんは都合をつけてくれるハズ。多分な)
(聖王国に知り合いが?)というとポンッとクディが出てきた「詳しく聞かせろ!」
「うわ!?」
「勇者様!? どうされました!?」
「なにか忘れ物でもしたっすか?」
「勇者様……? すごい汗かいてる……」
急に出てくるもんだからビビったじゃねぇか……くそ。
「どうじゃ? すごいじゃろ。お主の視界にだけ出ることも可能なんじゃ!」
(知ってるっての)
「裏切りの手本じゃ。ほれ、ちょっと入ってきた。うーむ……20秒くらいか」
(少なっ……!?)
内心で驚いていると、心配そうに見つめてる三人の騎士が見えた。
「すみません……。魔王との戦いのことを思い出して……」
咄嗟に思いついた言い訳だけど、大丈夫だろうか。
絶対に変な奴だと思われたよなぁ。急に奇声を上げるガキなんて関わりたくない。
「大丈夫です。戦争は終わりましたよ。もう魔王はいませんから、勇者様が倒してくれたおかげで、この世界は平和になったんです」
おっと?
「戦争の後の後遺症でそういうのあったっスよね~」
おお?
「10年間もの間、毎日戦ってたって話ですもんね……」
お~。凄い、なんか良いように解釈してくれた。
「すみません。あまり迷惑をかけないようにしますので」
「迷惑ではありませんとも。大丈夫ですよ」
この老兵、優しいなぁ。身体がゴツいけど、優しい顔をしてる。
後で目の前でケラケラ笑ってるクディは懲らしめておくとして、聖王国までの道のりは……ゆっくりと楽しむとするか。
深い呼吸をすると、体が椅子に沈み込んでいく感覚があった。
ああ、これ。
体の力が抜けていく感覚。
ってことは……やっぱりか。
(……あれから、一睡もできてなかったから……体が疲れを認識しやがった)
重たくなってきた瞼を受け止めると、睫毛が上と下に橋を架けた。徐々に暗闇の時間が増え、息を吐くとそのまま意識が下に落ちていく。
「……すみません。ちょっと、ねむくて……」
「お疲れでしょうから、安心して休息をとってください」
「道中の警護はお任せください」
「ありがとう、ございます……」
瞼を閉じると真っ黒なキャンバスにあの日の光景が描かれた。
焚き木の周りに座って、ジョッキを掲げて意思を表明して、夜が開けるまで飲んで──
ああ、楽しかったなあ。
楽しかった。
これが298年前の光景だなんて、信じられない。
楽しげに話す皆の動きが止まり、その世界で俺は和やかに笑った。
待ってて、皆。
すぐに会いに行くから。
どんな手をつかってでも。
会ったらたくさんお酒でも飲んで、封印されてた間の愚痴なんかも聞くからさ。
ジョッキに注がれたエールに反射する自分の顔を見つめる。
「……がんばらなきゃ……」
その日、俺は魔王を倒してから298年越しの睡眠を取った。