02 魔王は倒せたらしい
「いやぁ! 勇者様と会えるとは思ってもみませんでした!」
「本当にそうですな! 感動を抑えるので必死ですとも」
貴族みたいな身なりの小太り二人が手を揉みながらそう話す。
(なんだ、これは……魔王の術か?)
石床の上で目を覚ました後、男たちに捕まえられ、広間に連行された。
前の卓にはヨダレが滴るほどの料理が並べられているが、食欲も湧いてこない。
「…………、」
──ああ、ダメだ……頭が回らない。
このまま1人で考えていても埒が明かないので、男二人に問うことにした。
「なぁ、魔王と戦ってたはずだよな、俺……。それがなんで……」
「!! そうです! 勇者様は魔王を倒したのです!!」
「それで封印をされたのです! 覚えていらっしゃいますか!?」
「……魔王を倒した……?」
いま、そういったよな。
「俺は、魔王を倒せたのか……っ」
噛みしめるようにその言葉を反芻する。
腹の奥にずっと黒いモヤがあった。
俺たちは魔王を倒せなかったのではないか、今までのは長い夢だったのではないか、と。
倒せたと聞き、初めて呼気が肺を潤したのを感じた。だが、新たなモヤがかかるのも感じた。
「……封印をされた?」
「そうです! 勇者様は封印されていたのですよ!」
封印された? 俺が?
記憶を必死に呼び起こしていく。
あの宴の後……どうなって――、
「…………ああ、そうか」
記憶が湧き水のように思い出せてきた。
宴が開かれる時期を狙い、俺たちは作戦を企てた。
宴で敵の油断と分断を図った後、
孤立する有力魔族を一体ずつ暗殺していったのだ。
一人になった所を狙い、着実に数を減らす。魔将や幹部と言えども一対多ではこちらが圧倒的に有利だ。
違和感を感じた者たちが現れ出した頃──
俺達と魔将が率いる反乱軍が侵攻開始。
内側と外側から滅ぼして行き、迎撃体制が整わぬ魔王軍を物量で攻めたて──魔王を倒した。
感触が残ってる。俺は確かに魔王を倒した。
倒して……異変に気付いたんだ、たしか。
『アラム──ッ!』
反応の遅れた仲間を護るため、咄嗟に体を捩じ込んだ。そして──鼻先に迫る肥大化した魔王の顔。
それで、その後は……その後は――……、
ダメだ、何も思い出せない。
最後の記憶が魔王の殺意の溢れる口腔だ。
(魔王に喰われ、封印された……?)
キレイに生え揃った歯、色の濃い紫色の舌根。鮮明に覚えてる。
そして、目を覚ましたら……冷えた石床の上。
封印されていたからその間の記憶がすっぽりと無くなっている、と。なるほど、理解した。
「…………、俺は魔王を倒せたんだな」
その言葉を繰り返し呟き、実感を胸の中に広げていく。気持ちの整理がつくと口元を抑えていた手を離し……安堵の息をこぼした。
(良かった──)
「勇者様は何も悪くありません!! 悪いのは……と、とかく魔王を打ち倒したのですから!」
「そうです! 思い詰める必要なぞありません! むしろ誇るべきことです!」
「……? あぁ、そうか、そうだな」
なんだ、こいつら。
なんでそんな悪いみたいな言い方なんだ?
魔王を倒せたんだ。俺が封印されたのと引き換えならむしろ上出来だろ。出来すぎて困るくらいだ。
作戦が成功したとして、全滅することも頭に入れていた。仲間が死ぬことを算段に入れるなんて馬鹿のすることだが、持ちうる戦力を総動員しても魔王に勝てるかどうかは分からんからなぁ……。
そんな戦いを俺が封印されただけで終えられた。
これ以上の戦果は何百回と繰り返しても得られないだろう。
なんか楽になったわ。魔王倒せりゃ文句はねぇ。肩の荷をこの場で降ろさせてもらう、よっこいしょ。
「そ、それで勇者様の封印が今朝、解けたんです! いやぁ~! 長い間眠られていたんですよ!」
「そうか、へー」と胡座をかいて飯を頬張った。美味い。
長い間って言っても、数日か数ヶ月あたり。一年とかはさすがに経ってないだろう。
で、そこは別にいいんだ。俺が気になってるのは……。
「そのユーシャってのはなに? 俺のこと?」
「はい! 勇者様。勇者様のことを勇者様と呼んでおります、勇者様」
「頭痛くなってきた……」
「封印の影響ですか!? ご無理はなさらず……」
お前のせいだよ、お前の!
とりあえず、俺は誰かに勘違いされてるらしい。
ユーシャ、聞いたことない名前だ。
「俺はユーシャじゃないぞ」
「魔王を殺したのでしょう?」
「魔王は倒したが」
「それで、ロイという名前ではないですか?」
「まぁ……」バルバロイで、愛称はロイだな「そう呼ばれてるな」
「では、ロイ・エンペリオ様でお間違いないですね」
誰だよ、それ!! 思わず天を仰ぎ見てしまった。綺麗な天井だね、いいね。
ロイ・エンペリオ……!? なんだその貴族みたいな名前はよォ!
俺はただのバルバロイだっての。どこで人間違いが起きてんだ? これも封印の影響? 俺の名前ってロイ・エンペリオだったのかな──んな訳ねぇだろ!
(変な勘違いされてる……)
ド平民の俺は名前なんて持ってないし、バルバロイってのも魔族に付けられた名前だ。それまでは普通に黒髪〜とか、坊主とか、そういう感じだったし。
「容姿に差異があるから何事かと思いましたが、大丈夫そうですな、ハッハッハ」
「はぁ……。ん、あ、それだよ、それ」
「……? それとは?」
「なんで、俺は縮んでんだ?」
俺はふにふにの手と、縦長の硝子にうっすらと反射する自分の姿を見た。見てくれはただの13歳くらいのガキ。封印される前はもっと……若いオジさんくらいの容姿だった気がするんだが。
「その身体のことを調べるために、王城内の鑑定士を呼んでおります」
「あるかな……? そいつに会えば色々とわかるのか?」
「はい。鑑定をするので」
「カンテイ」
分からんことばかり言いやがる……。
「勇者さまが魔王を倒していただいたおかげで、剣の時代は終わり、魔法の時代へとなりました。その際に生まれた職業が、鑑定士というのです」
「へー」
剣の時代から魔法の時代? なに言ってるんだろう。説明されても分からんな。とりあえず分かった顔をしておこう。
「――~!」
「噂をすれば、ですかね」
このでかい部屋の外で声が聞こえてきた。
バタバタと走る音が止むと、扉の向こうで話し声。
「エンペリオ様がお見えになりました」
「ああ、入りたまえ」
扉の外にいた兵の声に貴族のおっちゃんが応じる。
その扉を従卒が開き、一人の女性が入ってきた。
「失礼します! 王宮第二書庫の管理をしているガルー・フォン・エンペリオです!」
「おー……」
入ってきたのは金色で縁取られている黒い服に身を包み、その上から羊毛製の上着を羽織っている少女だった。
桃紅色の目はぱっちりと大きく見開き、活発な少女らしさを感じさせる。ただ、金色の髪が手入れされていない状態で腰辺りまで伸びている。
うーん、貴族とは言えん見た目。髪型とか特にそうだ。あまり外に出ていないんだろうな。
イイトコでどこかの令嬢とかかな? 箱入り娘とかってこんな感じなのかね。
「鑑定具は持ってきたかね?」
「もちろんです」手提げ袋を揺らして答える「それでっ、勇者さまはどこに……?」
「貴殿の目の前にいるのが、勇者様だ」
こっちを見てきたので、手をフリフリしておいた。
「勇者さま……?」
「らしい。違うって言ってるんだけど。鑑定? してくれるんでしょ?」
椅子の背もたれを使って振り返っていると、わなわなし始めた。
そして、バッと顔を上げるとギュッと手を掴んできた。
「えーー、かわいい~……! 勇者ごっこしてるんですか~? そうだよね、勇者さまのこと好きだよね、分かる分かる。だって、カッコいいもんね! 英雄だしね!」
「えー……あー、うん、まぁ、そんな感じ」
「エンペリオ。落ち着け、本物の勇者様だ」
「え”っ”?」
おじさんにそう言われ、もう一度俺の顔を見てきた。
「えーとですね……勇者様は金髪で藍色の瞳、背丈は180cmを越えててですね……」
「黒髪で金色の目で今の背丈は君よりも小さいね。不思議だねえ」
困惑した顔を使用人にも向け、小さく「ジョーク……?」と呟く。
思ったような反応がもらえないことが分かると、再度こちらを見てきた。
「こんなちんちくりんが! 勇者さまな訳がないでしょう!」
「そーだそーだ! 言ってやれ! いや、ちんちくりんは訂正しろ!」
「この……えーと、可愛げのある!」
「そうだな? ちんちくりんは失礼だよな?」
なんだ話が分かるやつがいるじゃないか。
「えー、ごほんっ! 勇者様、紹介します。彼女が先ほど話に上がった鑑定士です」
「鑑定士のガルー・フォン・エンペリオです」
「よろしく~」
って、ん?
「エンペリオ?」
エンペリオってさっきの話で出てきたよな?
「お気づきになられましたか、彼女は勇者様の血縁関係の者なんですよ」
「……そうなん?」
「はいっ! 私は、勇者さまの姪にあたります!」
「へえ」
頬杖をついて応えたが、その頬杖がズレた。
「はぁ……?」