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18 少年の正体は


 頭が割れるほどの痛みを最後に記憶が消えた。そして、次に脳が情報として刻んだのは木目調の天井。


 それが何を意味しているのかは彼は理解している。


「……クソが」


 グラムは病室で目を覚まし、鏡に映る自分の姿を見た。額には冷却魔法が施されたシールを貼り付けられている。それが敗北者の烙印にも見え、すぐにシールを剥がして捨てた。ベトベトする額を洗面台で洗い、そのまま髪をかきあげた。


「あのガキ……何をした……?」


 記憶はある。

 だが、何をされたかが分からない。


 殴りかかるとその拳をそのまま引っ張られ、崩れたグラムの額へ人さし指を勢いよく弾いた。


 ただそれだけで、グラムが意識を失ったのだ。

 

「……次会ったらぶっ殺してやる」

 

「グラム、起きたか」


 声が聞こえ、扉の方を見ると老練の騎士が立っていた。


「なんだ、あんたか……。んだよ」


「仕事以外になにがある? 重要警護の任を受けた」

 

「警護だァ? 俺じゃなくていいだろ」


「お前とノルトーにぜひとも参加をしてもらいたいのだ」


「はぁっ?」


 悪態を着くが、かつての上官を通しての命令だ。もっと上層部からの話なのだろう。


「用意しろ。まずは広間で集まりがある」


「チッ」


 準備をして広間までの回廊を歩く。


 エルトーが遅れてやってきたので、小さく「遅せぇぞ」と尻を蹴っておく。騎士見習いのくせに遅刻だなんて言語道断。


「す、すみません……」


 申し訳無さそうに謝るエルトーは、口を抑えて苦笑いを浮かべた。


「なんで遅ぇんだよ」


「訓練疲れで……」


 誰が『上司(おまえ)の貯蔵酒を飲み明かしたせいで遅れた』なんて言えよう。酒気の匂いでバレぬよう息を反対側に吐き出し、ズキズキする頭を抑えた。


「して、何故ご指名されたか分かるか、グラム」


「俺の知り合いとかだからですかねー」


 なんて適当に言ってみると、老練の騎士――ジルは口髭を揺らした。


「どうやら、そうらしい」


「冗句でしょう? 警護の必要がある知り合いはいませんが」


「エルトー、心当たりは?」


「ぼ、ぼくも……誰だか」


 若い騎士の言葉に「ほぉ」と意外そうな声をこぼす。


「君とは特に親交があると聞いていたんだがね」


「……すみません、思い当たらないです」


「ならば、かの御仁は姿を明かさなかったのか……悪戯心のある御方だな」


 ジルの含みのある問いにグラムは眉間にシワを寄せた。


(……誰のことだ、マジで)


 黒髪の少年が思い浮かび、直ぐに打ち消した。アイツを思い出すと、自動的に最後の光景も一緒に思い出してしまう。

 

 最後の黒髪の少年の顔。

 親指で人さし指を引き絞る手。

 敗北する瞬間の光景。


「……クソが」


 エルトーと同じように額を擦り、瞳の奥に復讐の炎を燻らす。


(ぜってぇ許さねぇ……)

 

 そうしていると王宮の大広間に着いた。


 別名、謁見の間。

 かつての勇者、並びに英雄が誓いを立てた場所だ。


 その空間に、選りすぐりの騎士達が中央の道の両脇に整列していた。


(何事だよ……警護任務じゃねぇのか)


「……団長クラスばかり」


 緊張をした面持ちのエルトーにグラムが「あんま緊張すんな、どうせすぐ終わる」と声掛け。


「は、はいっ……」


「そうだ。そうして立ってりゃ良い」


 この男、これでも教官。優しいところがある――というのは建前。教え子が何かしでかすとグラムの監督責任を問われることになるのだ。


「おい、聞いたか。勇者の封印が解けたって話」


「ああ。聞いた。でも、嘘だろ?」


「資料館の封印石が崩れたと聞いたぞ」


「まさか、これはソレのための?」


 慌ただしい使用人たちの話に聞き耳を立てる。


 静謐な空間でそんな話をするのもどうかと思ったが、勇者の話題となれば致し方ない。


 ただ、勇者の復活なんて、グラムが生きているだけで何度もあった話だ。


 自分が勇者だという精神異常者。

 勇者の生まれ変わりだという思い込みが激しい者。

 勇者の子孫だっていうのも何人かいた。


「勇者なんて既に死んでるだろ」


 グラムは周りの噂話を鼻で笑った。


「それでこんな集まりをする訳もない」


「さぁ、どうだろうな」


 何か知ってる様子の老練騎士(ジル)は前を見据え、


「そろそろ正式に連絡がくるはずだ」


 その横顔を見ていると、大広間の階段上に将校と国王陛下が現れた。


 かつん──陛下の杖の音が響く。


 それが波となり、緩みを許さぬ空気に仕立てて行く。


(まじで何事だよ……)


 陛下が直々に出てくるなんて、その警護ってのは一体。

 

「――傾注。」


 将校の声で騎士は剣先を地面に向け、柄を逆手で握る。


 呼気の音すら聞こえなくなった空間で、椅子に座った国王陛下は重々しく口を開く。

 

「急な呼び出しだというのに、よくぞ集まってくれた」


 陛下は整列した騎士に向けて話を続ける。


「既に知っている者もいると思うが、この度、英雄が帰還された。長い、長い時を経て……国へと戻られたのだ」


 騎士の顔に変化は見られない。

 だが、皆は『英雄』の存在を脳内で探っていた。


「剣聖を師とし、有力魔族を討ち滅ぼし、汎人類史に最も影響を与えた英雄──」


 ギィッと謁見の間の扉がゆっくりと開かれる。


 奥から騎士に導かれ、赤い絨毯の上を歩いてきた人物の姿を見て、グラムとエルトーは目を大きく見開くこととなった。


「かの英雄の名はロイ・エンペリオ」

 

 騎士たちもその名を聞き、ざわつく。


 だが、それは咎められることはない。


 将校も、国王陛下でさえ、その姿を見て目を輝かせているのだ。


 光を吸収する漆黒の髪。

 捕食者のような黄金の瞳。

 万物に興味を失った顔つき。

 自分が絶対的な支配者だと誇示する足取り。

 

 一言で言えば──異様。

 

 勇者の見た目とは異なる。

 背丈も違う。

 顔も、髪色も、なにもかも。

 だが──


「勇者様だ……」


「ああ、本物だ…………」


 何故か、頭が目の前の少年を勇者と認識している。


 そしてグラムは、中央通路を歩く少年と瞳があった気がした。


「──っ!」


 呼吸する権利を奪われたと感じるほど、その目は質量を持っていた。


(なんだ、いまの──)


「ぼくは……ゆうしゃさまに……あんなことを……?」


 エルトーの構えはいつの間にか解け、顔は真っ青となり、手が震えていた。それを見て、グラムも無意識に下唇を噛み締めた。


 その2人の様子を横目で確認した老練の騎士(ジル)は役目を終えたように目を閉じた。


「救国の英雄。魔王を打倒した一振り。勇者ロイの帰還を皆も歓迎しよう」


 彼らとて昨日手合わせした人物が、勇者だと露にも思っていなかったのだ。

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