16 そもそも魔王ってなんだ?
体を包み込む布団の感覚があった。
その次に右足近くが沈んでいる感覚。
そして、紅茶の美味しそうな匂いが鼻に届いた。
「んぐっ」
ゆっくりと目を開いて……ガルーは目を凝らした。
「よぉ、起きたか。姪っ子とやら」
「あ、起きたのかガルー。おはよ」
天蓋寝台のひらひらが視界の上に揺れ、左にはティーカップで紅茶を飲むロイの姿。ここまでは良い。紅茶のニオイがしたからだ。だが……右中央部には寝台に腰を掛ける見慣れない少女は……。
「あっと、えっと……ど、どなた」
ここは王宮内。
貴族階級の人間しか入れない。
ただ、ロイと仲良くしている様子だ。
(あ、でもちょっと嫌そうな顔。そこまで仲良くなさそう……)
誰だ、この少女は──なんてことをどこかで思いながら。
「紹介するよ、ガルー。コイツは魔王。俺の体に寄生してた」
「そんな虫みたいに言わんでもよかろうが……」
「????? ま、まおう?? えっ? まっ、ん? まお……まおう?」
「そう。挨拶はそれくらいで、なんか検査するんだろ?」
「え、あ、えぇっ、と、ん?」
「なんか鑑定するって言ってたろ。それ待ちだから、ほら」
ロイが手をパンパンッと打つ。ガルーはそれに応じるように寝台から起きて鞄を漁った。
「じゅ、準備ができました」
「今度は上を脱がなくても良いんだろ?」
「はい……大丈夫……です」
鑑定具をロイに向け、調整を行う。
それを興味深そうに覗き込んでくる褐色肌の少女。
「ガルーって魔王についてなにか知ってることってある?」
「魔王は……はい。魔王は神の反逆者って言われていて……」
曰く、魔王は神の反逆者である。
神を倒そうと謀った当時の汎人類の毒を抜くように、悪しき感情を身体から分けた。
悪しき感情の抜けた汎人類は神を信奉し、魔族は混沌の民となり悪神の信徒となる。
その悪しき感情が今の魔族の源流で、そんな魔族の親玉が魔王──
「──と言われています」
「だってよ、魔王」
「間違っとらん。よく学んどるな、小娘」
「は、はあ」
瞬きの回数が多い。目が乾燥しているからではない。
なんだか、頭が重たい気がする。これ、なんだろう。
全部がぼやけたまま体に入り込んでくるような……。
頭に入ってくる情報を磨硝子の向こうで眺めているような。
──ピッ。
「あ、鑑定結果が出ました」
「どうだった?」
「ん……あれ? 魔力の回路があります。でも、魔力は少ない……」
というと、ロイは嘲るような顔で褐色の少女を指さす。指をさされた少女は口元をひん曲げた。
「お前の生命維持にほとんど使われたんじゃ! やめぇいその顔」
「叔父様。最初の検査の時に魔力の反応がなかったのに……」
「ああ、コイツから訳を聞いてくれ」と褐色の少女を指さした。
「息を潜めるように魔力も抑えることができる。魔力探知を貴様らもしてくるじゃろう。一端の魔人ならば、魔力なんぞ自在じゃ」
「回路があるのは」
「魔族の体にして回路が増えたからのぉ。それを知られたらコヤツが殺されるかもしれんじゃろ」
「魔族の……回路が増えるんだ」
「そんなこともしらんのか!」
褐色少女の言葉に、ガルーは唇を結んだ。
「ってことは……これは潜めていない魔力量ってことですか」
「うむ。隠す必要がないから──」
「少ないですね」
「んなっ!」
褐色の少女はバッとロイを振り向く。すると、先ほどと同じ顔をして指をさしてきていた。
「わらわは少なくないっ! 全部コイツが悪いんじゃ! この蛮族野郎が!」
「ハッハッハ、魔王よ。友達に対してその口の効き方はなんだい?」
ロイは魔王の背中に貼ってあった紙を叩いた。
そこには──『私は魔王はバルバロイの友達です。仲間を傷つけてすみません』と書かれてある。
「ぐぬぅぅぅ……すまん、バーバ」
「いいぞ、マオ」
「そんな名前で呼ぶな! クディタスと呼べ」
「なんだその名前? お酒の名前みたいだな」
「ちーがーう! ちゃんとよべー! クディタスじゃ!」
「お酒の名前か。エールでもいいし、あ、エルで良いじゃん」
「ちゃんと呼べと言うとるのに~ッ!!」
「クディ!」
「クディタス!!」
二人の言い合いを聞きながら、ガルーは計測器に表示された数値を見て首を傾げる。
「どうした?」
「あなたは魔王さんなんですよね……?」
「そうじゃが?」
「魔力量が準男爵なのに、魔王なんですか……?」
「なにがいいたい?」
「ふぐっ……ふっ……ガルー、それ、階級が魔力量で決まるみたいな話か?」
「そうです」
「だってさ、クディ。お前準男爵らしいぞ」
「クディタスじゃ!──うるさいわい、お主らの階級なんぞ興味はない!……ちなみに、一応聞いておくが……その準男爵ってのはどれくらいすごいんじゃ?」
「世襲称号の最低位です」
「あーーー! 不機嫌になってきたのぅ!!」
「おもしろ」
準男爵は世襲称号の最低位でありながら、爵位という扱いではない立ち位置。騎士よりも上の扱いではあるが、その存在感は薄い。
「まぁ、そのクソザコの魔力量を上げる方法があるって話だもんな」
「じゃ。その前に魔法を解いておけ、もう十分じゃろう」
「そうだな」
そういい、虚ろな瞳のガルーの頭にロイが触れる。
すると──磨硝子が取り払われ、情報の鮮明度が上がった。
「ふぇっ……え、あれっ」
「ガルー、状況は理解しただろ?」
「は……はい……え、あ」
その時、すべてを改めて理解した。
「あ、ああ、あああっ……」
目の前の少女が魔王だということを理解した彼女が冷静でいられる訳がない。
「ひっ、ひっ……!!」
恐怖が腹内で溶けて広がっていく。
「ごめんな、俺のわがままに巻き込ませてもらうよ」
「あ、う……っ」
怖い。
怖いけど、申し訳無さそうな叔父の顔を見て──腹の底から活力が湧いてきた。
「そ、そんな顔をしないでください!!」
魔王は怖い。
だが、それよりもガルーは勇者にそんな顔をしてほしくなかった。
なぜなら、勇者はガルーの全てなのだから。
「そうか? 悪いな。ガルーはいい子で助かるよ」
そう言って頭を撫でようとするロイ。ガルーは目を閉じて、それを受け入れる。これが犬だったら耳を撫でやすいように下げていただろう。
準備の整った頭を幾度か撫で、最後にぽんと優しく叩く。
「これで、俺とガルーは共犯者だな」
「協力者を早速1人獲得か、幸先が良いのぅ」
「へっ」
共犯者という単語にひっかかりを覚えたガルー。
「な、なにをされるつもりで……」
「ん? 人類への復讐」
その叔父の笑顔は隣の魔王よりも恐ろしく見えた。
◇◇◇
説明をしたらガルーが寝台の端で怯えた猫のようになった。王宮内部の協力者は貴重だから大切にしないとな。
まぁ、落ち着いたらこっち来るだろ。
「で、くそザコ魔力を伸ばす方法は?」
同じくガルーを見ていた魔王は、ん、とこちらを向いて。
「まず、お主のコアはわらわの魔力と同調しておる。わらわのコアの力がそのままお主の命となる。ここまでは良いか?」
「ああ」
「魔族がどのようにして力をつけるかしっておろう?」
「魔族は人の感情から生まれた存在だから――」
「えっ!? あの話って本当なんですか!?」
お、やっぱり話にくいついてきた。
「ああ。神に背いた人の感情を抜き去り、恩を感じさせるために当時の事象すらも無くした。それが魔人となり、魔将となり、魔王となった」
「わ、わ、わっ……! 子どもの頃に聞いた話だっ……! ほんとだったんだ!」
「資料館でもそんな話してる奴らがいたな、たしか」
「そうです! 悪い感情が魔族の力になる。だから、良い子でいましょうって!」
そこまで興奮した様子で話していたが、すぐに寝台の影に隠れた。
「あのっ……でも、その言い方だと良い感情とかも……あと事象っていうのは……?」
それでも気になるのか。
ガルーはそういう話が好きそうだよな。第二書庫かなんかの責任者かなんかって言ってたし。
「事象ってのは戦争や飢餓みたいな当時の世界で起きてたことだな。それを神は全くの0にしたって聞いた。感情ってのはソイツから聞いてくれ」
俺は魔王に確認を促すと、腕を組んで応じた。
「感情に良いも悪いもない。汎人のつまらぬ評価基準を神が持っとるとでも? 感情そのものを神は抜き去ったんじゃよ」
「つ、つまり……魔人はそれぞれ、感情、ないしは事象が元になってる……?」
「うむ」
そこで魔王は俺に目配せをした。分かったじゃろう? というものだ。
「おまえの元になっている感情、事象を起こせば、力を得れる」
「さすれば、貴様の生命力の糧となろう。簡単な話じゃな」
「おまえはなんの魔人なんだ?」
その言葉を聞くと待ってましたと寝台の上に腕を組んで胸を張った。
「黙して聞け! 聞いて慄け! わらわは魔王! 【叛逆の魔人】じゃ!」