14 なんで300年も封印されていた?
これ以上の情報は望めないと切り上げることにした。
騎士たちと別れるとガルーが「部屋を用意しました」と言いだした。さっきまで酒気にあてられて倒れてたやつとは思えんな。
どうやら来客用の部屋に寝泊まりができるらしい。
自分よりでかい窓に触れ、さっきまでいた練兵場を見下ろす。
自分の実力の把握が終わり、情報収集も終わった。
ならば、次は行動計画だ。
(……まずは、ナモーと会うべきだな)
アラムとノアラシは森と穴蔵に引っ込めば追跡は逃れられるだろう。だけどナモーはデケェからな……。俺の三倍……俺が縮んだから五倍くらいの大きさかな。どこに隠れられるんだって話だ。
(だが、戦争中。そこに俺が向かうためには……)
──俺だけの力じゃ無理。
(……なら)
カーテンを閉め、誰もいない空間で足をコツコツと鳴らす。
(変な小細工なし。魔道具とやらも……ないな)
魔石を媒体にすると魔力反応がある。ここにはない。
「おい、紫ベロ。聞こえてんだろ」
(紫ベロォ? 誰のことじゃ?)
「このコアお前のだろ? 紫ベロ」
戦闘中の違和感の正体を確かめようとすると、魔王は姿を表し、わざとらしいため息をついてきた。
『なぜお主は生きとるのか。それを考えたら分かるじゃろう』
「お前が生かしているとでも?」
『汎人の寿命は80そこら。獣人は生きてもその倍。穴蔵と耳長は妖精の末裔じゃからよぉ生きるのはそうじゃな。で、お主は?』
魔王は指を3本立て、反対の手で器用に丸を二つ作った。
「約300年、か」
『じゃ。つまり、お主はわらわのコアのおかげで生き延びとる』
ふんぞり返るクソの前でふむと唸った。この話を聞いて、疑問が湧いてでてきた。
「なんで300年なんだ? お前だろ、俺を起こしたの。別に起こすなら数年でも良かっただろ」
なんて聞くと心底嫌そうな顔を浮かべた。
突っ込んで聞いてほしくなかった様子だな、コレ。
『……強すぎるんじゃお前が』
思ってもみない返答に「詳しく」と続きを促した。
『知っとると思うが、わらわは魔王じゃ。最強じゃ』
「……まあ」
『わらわとて、小僧の身体一つを奪うのに300年もかかるとは思わなんだわ!! 自我が強すぎるんじゃ!』
「そんなに俺って強いんだ。嬉しいわ」
『褒めとらんぞ!?』
「あー、嬉しい、ハハ」
『褒めとらん~っ!!』
あの魔王がそんな評価をしてくれるとは。
「それに……時間がかかったのは、あの耳長のせいでもある」
「? アラムが何かしたのか?」
『貴様が封印されたと同時に、封印の解読をし始めた。まぁ、わらわの封印を解くのはできんのは分かっとったが? アイツもそう感じたんじゃろう、中にいる小僧の魂を隔離し、侵食できぬようにした。封印の中に魔力を流し続け、わらわの邪魔をした!! そのせいで3年で終わる所がこんなに時間がかかった!』
腹立たしい、と寝台を叩く魔王。アラムがそんなことをしてくれていたとは。
封印や結界はアラムの十八番。なんど助けられたか分からない。そんなアラムでも解けない結界か。さすが魔王だな。
『じゃから、封印の力を弱め、耳長から小僧を引き剥がすよう周りの人間を操った』
魔王は懐かしむように気味の悪い笑みを浮かべる。
『彼方の王国も動き、勇者の封印石だと叫び散らし力付くで奪っておったわ!』
「…………力付くで?」
『耳長は善戦しておったが、あの傷じゃあ、しばらくは表には出てこれん。いい気味じゃ!』
あの傷……?
コイツ、まさか。
「……おまえ、アラムに何をした」
『ん? わらわは何もしておらんぞ? 目と腕を切り奪ったのは彼方の民じゃ』
「目と……腕」
『ああ。じゃから、抉られた片目を抑えて苦痛に歪む顔も、封印石を手放すと判断した時の顔も! 転移時の悔しさが滲む声色も!! 必死に噛み締めた唇から溢れた赤い血も……わらわのせいじゃあないとも』
混じり気のない満面の笑み。
魔王にとって、それは本心なのだろう。
自分の計画を邪魔をするやつを排除するためにした。だが、直接手を下したわけじゃない、と。
そう言いたいんだ。
「…………」
『怒っておるのか? 感情が揺らいでおるぞ? 旅をともにした者が傷を負っただけじゃろう? なにをそんな怒ることがある? わらわは手を下してはおらんというとるじゃろう』
「……、話が通じない奴に説明しても無駄だ」
『血を分けた肉親でもない。腹の底の色が分からぬ他人じゃぞ? よー分からんのぉ~。まぁ、これがお主が数百年も封印されとった理由じゃな。後はお主の命がもう尽きそうじゃったからってのもあって──』
アラムが俺を守ろうとしてくれていた。
それに気づいた魔王が周りの人間を操った。
そのせいでアラムは大怪我を負い、俺の封印石を汎人が奪った。
だから、こうなった。
「……分かった。そういうことだったんだな」
無意識に拳に力がこもる。それに魔王は気付いた。
『む? 殴りたいのか? その拳で。わらわの頬を……』
そういうと魔王は俺の顔面を殴りつけ──手が貫通した。
『わらわに触れられぬというのに?』
「……、」
勝ち誇った顔を浮かべる魔王の前で──
俺は片眉を上げてみせた。
『…………なんじゃ。その顔は』
「やっぱり。おまえ、頭で考えてることは分かるが、閃きや無意識下の行動までは分からんか」
『……何が言いたい』
俺はスッと懐から魔法杖を取り出した。
それをぶんぶんっと振ってみて、魔王の目の前に突きつけた。
「ガルーが持ってた杖の1つに、見知った魔法が刻印されててな?」
少し傾け、魔王の怪訝そうな顔に鼻笑いをぶつける。その根本に刻まれている魔法名は【清浄の波動】。
「コレ、身に覚えがあるだろう?」
清浄の波動は破邪の魔法だ。
破邪の魔法は、普通の人間が浴びても痛くも痒くもない魔法だ。だが、これは──魔族やモンスターに対して致命的な一撃になる。
『破邪の魔法じゃな? ソレをわらわに向けて放ってみるか?』
「それは意味がないだろう」
そう。干渉のできない魔王にコレを放つ訳もない。
『では何を──まて、お主……まさか』
「気づいたか? 遅いぞ」
杖を逆手に持ち、心臓の反対側の胸に差し込む。
息を吸って吐いた。
『まて! バーバ!』
「アラムと俺等への謝罪文は考えたか?」
『これから考えるっ! これから、だから──』
「待つと思うか?──【清浄の波動】ッ!」
その瞬間、空間が眩い光に包まれた。