12 クソ野郎が
グラム。男の名前だ。
ここ第三騎士団の教官を任されている騎士である。
新兵の中でも才能のない者たちの掃き溜めであるココの教官……つまるところ、騎士の中の日陰者といえる。
かつては第一騎士団に属する騎士だったが、驕り高ぶった性格が周囲の騎士との軋轢を生み、このような場所に飛ばされた。
そんな彼は魔力無しを嫌う。
それは別に異端ではない。むしろ貴族階級の者たちは魔力量で階級が決まるため、魔力至上主義になるのは必然とも言える。
だが、何事にも限度というものがある。
魔力至上主義に骨の髄まで染まった男は、庇護すべき民であっても魔力無しであれば容赦なく切り捨てるのだ。
『魔力のない者は人にあらず。故に庇護すべき対象ではなし』
その素行が目に止まり、左遷させられた訳なのだが……それでグラムが止まる訳もない。
そんな彼の前に魔力無しなのに貴族階級の女が、魔力無しのガキを連れてきた──そして、そいつはグラムを前にしてこういった。
『騎士爵を寄越せ』
腕にこれ以上のない力が宿るのは当然だろう。
「アンマナドが魔力を使う!? バカを言え!」
「なんだ、もしかして知らないのか?」
金がないのに金を使うと言っているのと一緒。
水がないのに喉を潤すと言っているのと一緒。
それは、どうかんがえても、
「無理に決まってんだろうが──ッ!」
まっすぐ走ってきた少年の身体にカチ合わせるように武器を振るう──
それをクンッという沈み込みによって避けられ、そのまま下顎に蹴りを喰らう。
「グゥッ!!?」
「この程度か。貴族の割には惰弱だな?」
「羽虫が……ッ」
少年は男を煽る──本人はそんなつもりがないにしろ──男の判断力を奪っていく。
「ボコボコにするんだろ? 魔力がある方が強いんだろう? 使えよ、魔力」
そういうと、俺は短剣を地面に投げ捨てた。
なんのつもりだと片眉を上げると、少年は両手を広げた。
「ほら、これで俺は丸腰だぞ。ビビらず来いよ」
これは狙った煽りだ。これに乗らない男はいないだろう。
「上等だよ……叩き潰してやる……ッ!!」
男は木剣を捨て、腰の剣を抜く。少年は堪えきれぬ笑みで表情を崩した。
武器なし。無防備な身体。油断をしている表情。
即ち──好機である、と。
男は渾身の魔力を纏わせた振り下ろしを少年に向けて放つ。
――獲った。
そう思った矢先、力が抜けていく感覚が身体を襲った。
「なっ……!?」
厚布に体を包まれたように動きが鈍る。
その先にいた少年は、グラムの顔前に手をゆっくりと翳す。
五指が顔に触れる手前──ゴンッ、と衝撃が加わった。
「──ッ〜!??」
巨漢が真横に飛ぶほどの威力のソレは、男の体を訓練場の壁に叩きつけた。
「魔力がないなら相手から奪えばいい、単純だ」
「おおおおお!」
「それに、魔法への理解さえあれば──【炎よ】」
奪った魔力を魔法へ変換し、手のひらの上に轟々と猛る炎を現した。熱気が見物客の元に届き、その熱さから身体を退かせる。
「熱すぎたか、【水よ】」
すぐにボフッと火を消して、その白煙が練兵場に立ち込めだした。
「魔力無しだからと言って、戦えない訳じゃない」
解説をするように話す少年の元に、一つの塊が宙を駆けた。
それは、白煙を身体に纏い、少年を屠ろうと動くグラムの姿だった。
「舐めんじゃねぇぞ、クソガキ──」
なぜ、魔力があるものが強いとされているのかをここで解説しよう。
そもそも魔力とはなにか。
魔力。それは魔法使いや戦士が力を発揮する際に消費をするモノだ。
生命力は生きるために必要な力で、魔力は戦うために必要な力だ。
魔力の用途は魔法を行使するだけに留まらず、身体機能の向上ができる武技にも用いれる。
つまり、魔力があれば使える技も威力も増加する。
ちなみに、モンスターや魔族は魔力が生命力の役割を担ってる。
生きるためにも魔力を消費し、戦うためにも魔力を消費する。だから、彼らは魔力の含有量が多くて強いのだ。
──魔力の多い者がヒエラルキーの頂点になるのは当然。
その証拠に、衝撃波の寸前に魔力の鎧を着込んだ男は無傷。むしろ、魔力の鎧を纏って動く身体は先程の何倍も早く、強い。
「勇者ごっこするガキくらい、一捻りなんだよ──ッ!!!」
爆発的な加速。本気の殺り合い。手合わせの範疇を越えたソレ。
だが、その様子を少年と──少年にしか見えぬ存在は口元に笑みを浮かべながら見ていた。
「魔力無しになにができるってんだ!!」
「魔力がないなら、魔石を使えば良い」
そういい、ガルーからもらった魔石を手にして、魔法を放つ。
【時間の狭間の魔人の権能──座標移動】
一瞬にして男と少年の位置が代わり、男は顔面から地面にそのままぶつかった。
その背中に着地し、グイッと足を捻る。軽い体重だが、重く感じる。男は床を殴った。
「なにを、しやがった……ッ!」
「魔石を使っただけだ」
と言いながら、少年は見物客に問う。
「でも、コレだと戦えないよな? なんでだか分かるか?」
「魔力を使わない戦闘は厳しいだろ」
「魔石を持ってないと戦えないってことだろう」
「2つとも正解。今のままだと相手と状況によっては戦えない」
だから、と言って少年は男に向かって手を向けた。
「体内にある魔力以外のエネルギーを使うって手段もある。人間には生命力があるからな──」
といい、少年は力を使おうとした。
グラムは本能的に敗北を認識した。
この状況で立て直すことは不可能。
見物客も次の攻撃がトドメになると予想をした。
「──っ?」
だが、少年の身体が止まった。その隙を男は逃さない。両手をついて跳ね起き、強引に距離を取って武器を構えた。
「ハァッ、ハッ……!」
激しい動機を不快に思いつつ、グラムは少年を見据える。
立ったまま動かず、心臓とは反対側を抑えている少年は呟く。
「……クソ野郎が」