11 勇者さまパネェ……
「わっ、勇者さまパネェ……」
「勇者様?」
「うがっ」
「なんですか、エンペリオ嬢。坊っちゃんと勇者ごっこでもしてるんですか?」
「いやー、あはは……ごっこというかなんというかで」
ガルーと教官がなんか遊んでる気配がするが、まぁいい。
それよりも……。
「ま、まだだ! 僕はただ一回負けただけで」
「一回負けただけ?」
「そうだ! まだ魔力すら使ってない!」
何を言ってんだこの若造は。
魔力を使っていようが、使っていまいが負けは負けだろ。
……いや、教官を恐れてんのか? チラチラと様子を見てるな……負けたら後が怖い的な?
(ふむ……)
『良からぬことを考えとる顔じゃな。なにをする?』
(なにも。ただ、コトを短く済ませる方法を思いついただけさ)
そのためにはまず、コイツだな。
「そうか! そうだな! じゃあ魔力を使ってかかってこい!」
俺は短剣を構え、片手を後ろに回す。
「はい、どうぞ」
「あまり僕を舐めるなよ……!」
そういい魔力を身にまとい、駆けてきた。
「おぉ、早い早い」
若い騎士は下段に構えた剣の刃先を調整する。
振り上げるのが見え見えだな。フェイントは──なしか。
なら、その刃先は俺のこの場所に向けて振り上げられる、と。
「早いが、速度に体が着いてくるのか?」
俺はダッと間合いを詰めた。
「――!?」
若い騎士は咄嗟に体勢を変え、腰の入っていない横振りに変化。それを停止することで避け、大振りをした死に体を蹴飛ばした。
「ぐっ!」
「急な変化に対応できない。体作りが未熟な証拠だ」
「そんなことは――」
――ダンッ!
地面に倒れ込んだ横の地面を強く踏みつけると、威勢の良い口がゆっくりと閉じられていく。
「普段、何も考えずに修練をするから武器の中心線を奪われる。惰性で試合をするから緩急のある動きについていけない。手合わせでコレなら、おまえは実践でも同じように殺されてるだろう」
「……お前は一体」
その問には答えず、教官を視界に収めるように顔を上げる。
「魔力があるから強い。魔力がないから弱い。そんな頭で挑んできた時点でお前は負けてたんだよ」
俺は短剣を男に向けて、少し傾けた。
「おい、グラムだったか。手合わせを頼む」
「はぁ? 俺に? 坊っちゃんが?」
「これでは手合わせの意味がない。自分がどれくらい強いか知りたいんだ。俺を叩きのめしてくれ」
「子どもを痛ぶる趣味なんてないんだがな」
「俺も酒飲みを痛ぶる趣味なんてないとも」
その返しに周りの騎士達がざわつくのを感じた。
動揺の声と少しの笑い声。いまので笑う奴がいる時点で教官はあまり信頼されてないのが分かる。
そうだな……もっと焚き付けてみるか。
「グラムが負けたらその騎士階級を俺にくれ」
「あぁん?」
「騎士というのに憧れていてな。ただ、面倒な手間が多いだろう? だから、お前の騎士爵をくれ」
「お前、早死するタイプだな」
「お前よりは長く生きるさ」
「……、」
酔っ払いは煽りやすいから助かる。
実力を確かめるにはある程度腕のたつ奴と戦った方が良い。
それに、コイツに勝てば聞き込み調査が捗りそうだしな。舐められたままだと聞きたい情報を得られんかもしらん。
「じゃあ、お前が負けたらどうなるんだ?」
「? ああ、俺が負けたら……そうだな……ガルーをやろう」
「えっ! 叔父様っ!?」
「はっ! そりゃあ良い! じゃあ、手ほどきしてやるか……」
やる気になった男は上着を脱ぎ、木剣を手に取った。
「おい、エルトー。寝てんな、審判やれ」
「は、はいっ!」
教官が戦うと知り、練兵場内に緊張感が出てきた。全員が訓練の手を止めて、この戦いを見守っている。
「あのガキ勝てると思うか……?」
「勇者家の女が連れてきたんだ、普通のガキじゃないだろうが……魔力無しなんだろう?」
「魔力がないなら勝負にならん」
「だが、エルトーは負けたぞ」
「出来損ないに勝っただけで調子に乗られてもな」
エルトーは出来損ないか。まあ、俺と戦いを命じられる時点でそうだろうとは思ってたが。
「ちなみに、魔力無しでも魔力を使うことはできるぞ」
「はっ?」
「いい機会だし、お見せしましょうかね」
「なにを──」
「口は立つようだが、手合わせで証明してもらわんとな」
グラム教官が手を上げて準備完了の合図。それに合わせて、俺もゆるりと手を挙げる。
「決闘、初めッ!」
開始の号令のすぐ、俺は駆け出した。