38話:俺に任せとけ
―― ピピピピッ……
保健室にて。委員長はベッドに横たわりながら温度計で測定していた。
「37.2℃。微熱か。検診の結果からしてウイルス性とか流行りの病とかでは無さそうね。目の下にクマが出来ちゃってるし、おそらくは寝不足が原因で身体がちょっと悲鳴を上げちゃってる感じね。しっかりと睡眠を取れば自然に治るわよ」
「そうですか。それなら良かった」
保健室の先生からそんな健診結果を聞いて俺はほっと安堵していった。何はともあれ変な病気とかじゃなくて良かった。
「はぁ、良かったよ。でも急に教室で倒れた時は本当に焦ったからな」
「うん……本当にごめん。それと……私を運んでくれてありがとう。だけどその……重かったでしょ? ごめんね、大神君……」
「いや全然軽かったからな。もう紙みたいな軽さだったぞ。だから委員長はもっと飯沢山食った方が良いんじゃないか?」
「……ふふ。女の子にご飯沢山食べろだなんてデリカシーがないね。全くもう……」
「はは。そうだな。悪かったよ」
俺はちょっとおどけた態度になりながらそう言っていくと、委員長も笑いながら軽口を返してきてくれた。まぁ軽口を叩けるくらいの体調なら良かった。
「それじゃあ先生はちょっと職員室に戻るから。藤咲さんはベッドで休んでて頂戴。君は頃合いを見て教室に戻りなさいよ。それじゃあね」
「はい。わかりました」
そう言って先生は保健室から出て行き職員室へと向かって行った。俺はそれを見送っていると委員長は俺に声をかけてきた。
「……ごめんね。大神君」
「ん? 今度はどうした?」
「いや。その……私の事を担いで貰ったのもそうだし……それにお昼休みには大事な会議があるというのに……それなのに熱を出してしまって……本当に申し訳ない気持ちで一杯だよ……」
「いや別にそんなの気にするなよ。体調が悪くなる事なんて誰にでもある事なんだしさ。でも先生曰く寝不足だって言ってたけど、どうしたんだ? 最近全然眠れなかったのか?」
「うん。その……前にも言ったけどここ最近はずっと……夜遅くまで勉強をしててね……」
「あぁ。そういえばそんな事を言ってたな。でも最近は生徒会の仕事とか沢山あって大変だっただろ? それなら少しくらい勉強する時間を減らしても良かったんじゃないかな?」
「それは出来ないよ……」
「それは出来ないって……どうしてだ?」
「それは……そうだね。君には教えておこうかな。実は私……片親なんだ」
「え? そ、そうなのか?」
「うん。だいぶ昔に離婚してね。それで今はお母さんと二人で暮らしているんだ」
俺は勉強を休む事が出来ない理由を委員長に尋ねていった。すると委員長は辛そうな表情をしたまま、俺にそう言ってきた。
「それでお母さん、毎日一生懸命に働いてくれてるけど、でもそれでも家計はいつも圧迫しちゃってるから……だから私は沢山勉強して凄く優秀な国立大学に入って……そしてその後は良い会社にも就職して……お母さんを安心させたいっていう目標があるんだ。だから私は……勉強だけは……休めないんだよ……」
「そうか。でも体調を壊しちゃったら元も子もないだろ。だから一日くらい学校を休んでも良かったんじゃないのか?」
「それこそ出来ないよ。だって今日は大切な会議があるし……皆の期待を裏切るなんて絶対にしたくないから……だから私……本当はちょっとだけ辛かったんだけど……それでも何とかして学校に来たんだ……」
「委員長……」
委員長は辛そうな表情でそう言ってきた。前々からわかっていた事だけど、委員長はとても真面目で責任感が強い女の子のようだ。
だからこそクラス委員長をやってたり生徒会の副会長をしているんだろう。でも……。
(でもこうやって何もかも一人で抱え込もうとするのは……絶対に駄目だからな……)
俺は今の委員長を見ていて直感的に思った事がある。委員長はとても優しい。そして責任感が強く真面目だ。そして人を頼られると絶対に助けようとしてくれる。それなのに人に頼るのが下手なんだ。
そして俺はタイムスリップする前……社会人だった頃にそんな委員長みたいなタイプの人を沢山見てきた。
優しくて真面目で責任感が強く、そして人を頼るのが下手だった同僚や先輩、部下を沢山見てきた。そんな人達の多くは……精神を病んで飛んでしまったんだ。皆良い人だったのに……それなのに社会の荒波に揉まれて精神を病んでしまった人達が多かった。
俺はそんな優しかった人達の面影を今の委員長に感じてしまった。もしかしたら近い将来……委員長もそんな荒波に揉まれて精神を病んでしまうんじゃないか……そんな気持ちに駆られていった。だから俺は……。
「それなのに頑張って学校に来たら倒れてしまうなんて私は本当に駄目だな。私が倒れちゃったせいで部長会議も延期にしなきゃだもんね……本当に皆に迷惑をかけてしまうなんて……本当にダメダメだよね……君にも頑張って資料を作って貰ったというのに……その頑張りを無駄にしてしまうような事をしてしまって……本当に申し訳なく思うよ……」
「委員長……よし、わかったよ。それじゃあ今日の部長会議の進行は委員長の代わりに俺がやるよ。だから委員長は何も申し訳ない気持ちとかならないでぐっすりと休んでいってくれよ」
「……え? き、君が……私の代わりに進行役をやるのかい……?」
「あぁ。今日の部長会議は文化祭の出し物についての会議なんだろ? ちゃんと去年の議事録や資料は全部見ておいたし、今日の資料もしっかりと作っておいた。だから話すべき内容もちゃんと全部頭に入ってるから大丈夫だ。だから安心して委員長は今日はぐっすりと眠っておけよ」
「い、いや、で、でも。君はその……沢山の人相手にその……ちゃんと喋ったり出来るのかい? 特に今日の会議は部長会議。名前の通り各部活の部長が一堂に集まるんだよ? それはつまり大多数が三年生の先輩方だ。そんな大勢の先輩の前で君が……」
委員長は心配そうにそう言ってきた。もちろん委員長が心配してくれてる理由はわかる。
俺が今までずっと引きこもっていたから、そういう大勢の人達が来る場を仕切るなんて絶対に辛いだろうと思って俺の身を案じてくれてるんだ。俺も逆の立場だったら絶対に同じ事を言うだろうしな。まぁでも……。
「大丈夫だよ。委員長。確かに高校の頃はずっと引きこもってたし、人と喋るのが苦手だったし、そんな大勢の人がいる場になんて行きたくないとも思ってたさ。でも今は違うから。今の俺はちゃんと生まれ変わったからさ。だから大丈夫だよ、委員長。俺は人前に出てもしっかりと堂々と出来るからさ」
「お、大神君……」
「それにほら、委員長も俺の事をずっと見てくれてたじゃん? それで俺の事をちゃんと生まれ変わったねって言ってくれたじゃん。だから大丈夫だよ。だからここは俺の事を……友達の俺をさ……信じてくれないかな? 絶対に会議を成功させるからさ。だから頼むよ。委員長」
「……」
俺はそんな事を言っていった。すると委員長はちょっとだけ悩んだような顔をしていたけど、でもすぐにいつもの笑みを浮かべながら俺にこう言ってきた。
「……友達か。ふふ。大神君の口から私の事を堂々と友達だと言ってくれたのは今回が初めてな気がするよ」
「え? そ、そうだっけか?」
「そうだよ。いつも君は私の事を友達だと言うのはちょっと恥ずかしがっていたじゃないか」
「あ、そ、それはまぁ……確かにそうかもだけど」
「ふふ。だよね。でもそんな君が私の事を堂々と友達だと言ってくれたのは何だかとっても嬉しく思うよ。うん、そうだね。君は今までの自分から卒業するために、凄く頑張って努力しているのは知っているよ。そしてちゃんと生まれ変わっている事も私は知っている。だから……うん。それじゃあさ……今日のお昼……私の代わりに会議の進行役を頼めるかい?」
「あぁ。任された。俺に任せて委員長はゆっくりと休んでいてくれよ」
「うん。君に任せた。ふふ。それじゃあ大船に乗ったつもりで休ませて貰う事にするよ。それじゃあ私の分まで頑張ってくれ。応援してるからね」
「おうよ」
という事でこうして俺はお昼から始まる部長会議の進行役を任せて貰う事となった。委員長のためにも絶対に成功させてみせるさ。




