第45話『Traveling(移ろう旅路)』 A Part
扉を拓いたローダ・ファルムーンと、拓いた鍵の正室ルシア・ロットレン。
両者が繋がり合った結実、ヒビキは自他共に受け入れるべく心の扉を省いた存在であった。
ヒビキが茶化した台詞。『僕も扉のある個室が欲しい』あれは心の声が出入り自由な自分を比喩した言葉だ。
愚直過ぎる彼女の『パッパ』は、『よし、俺が一生賭けても建ててやる』と言い放ち、光の淡い粒となりて消え失せた。
この言葉、額面通り家族が暮らす家を生涯掛けて建築する宣言ではない。『娘から失われた心の扉を俺が造る』途方なき父の意固地なのだ。
──成程、ママが好きになる訳だ。
消えた父の思念体を見送るヒビキ、思わず苦笑した。パッパは、枠超えた──いや、そもそも枠なぞ読まぬ愚直。娘の魂擽る父の品格残した。
◇◇
役目を喪失した暗がり帯びた集中治療室。
固唾を飲んでローダの帰りを待ち侘びるルシアとリイナ。金色と銀髪すら動かぬ緊張以ってベッドに横たわる男を見つめ続けた。
だが頭回り過ぎるリイナ、鍵に対する疑問を未だ抱いていた。緊張感漂う最中、語りを躊躇う。
──見定めは兎も角、人を開け閉め出来る鍵って何?
当然過ぎる心の内に秘めた投げ掛け。
候補者を認め鍵を開ける力、最早扉なぞ超越した能力だ。
嘗てルシアは、ローダと初めて手合わせした夜の一部始終。彼氏の記憶に無意識で鍵を掛けた。
やがて恋が成就する予感受けとめ、再び開けたのだ。
人の意識へ滑り込み、解錠&施錠。全く以って異端突き出た能力の体現。
ピコンッ!
「「──ッ!」」
「それは恐らくサイガン・ロットレンの仕掛けだ。最上のIRISとハイエルフの脳細胞を組合せ、これで扉の候補者さえも操る鍵をなし得た」
ローダ・ファルムーン驚きの再起、不意に跳ねた反応見せた生体情報モニタ。
同時にリイナの気分を見抜き口を開いた。いつもの気難しさ思しき声音と共に。
ガバァ!
「ローダァァッ!」
「す、済まない。ヒビキの力を使って勝手にリイナの意識を覗いた」
待ち侘びた、焦がれ揺らいだ──。
ルシア、身体起こす中途の彼氏を必死に『もぅ絶対逃さない』とばかりにギュッと抱き締め彼氏へ魂の鎖の鍵を掛けた。
対する彼氏、的外れ甚だしい詫び入れである。
まあ、実にローダらしい感情の起伏。紛うことなきローダが帰って来たのを自ずと知らせた。
「うっうっ、ばっ、馬鹿ァッ!」
意識──に非ずな空気を読まぬローダへ遠慮なく慟哭拭い鎮めたルシアの感極まった絶叫。静寂で冷たき病院の廊下へ思い爆ぜた。
半ば死に装束だったローダの検査着を濡らし往く命注ぎ込むルシアの好意。歓喜、怒り、様々な感情入り混じるグチャグチャを押し付けた。
ズカズカ!
たいして広くないICU、小さなリイナが床踏み締め足音鳴らしローダで詰め寄る憤怒。
「ローダさん! 幾ら御兄さんが敵だったとはいえ、ルシア御姉様を泣かす真似は今後一切赦しませんよ!」
「──ッ!」
始めて肩怒らせたリイナが津波如くローダへ押し寄せた。普段可愛い少女の怒り、落差激しき様にローダ冷や汗垂らす。
「そ、それにヒビキちゃん。子供まで出来たんです! 貴方独りじゃ事は済まなくなったんですよ!」
「ま、待ってくれ。確かに弁明の余地ないがルシア懐妊の知らせ。俺、今回初めて知ったんだ」
問答無用でローダをとっちめるリイナ。ベッドの脇、身を引きながら何ともお堅い台詞『懐妊』
耳飛び込んだ途端、其方側の血気盛んな14歳。追い縋る視線の先が二人の不埒へ飛び火した。
「か、か・い・に・ん……」
──ひぃっ!
リイナの銀髪が逆立つ錯覚感じた御姉様、思わず退く。
ローダは相も変わらぬ朴念仁、訳判らず惚けた。
「仲良くて好いですねッ! 邪魔になるんで私は帰って寝ます!」
バタンッ!
リイナ、病室の引き戸を目いっぱいの気持ち込め閉ざし飛び出した。
「わ、私だって……」
閉じた暗がり、病院の廊下を歩むリイナ、独り荒んだ想い──煮え切らない彼氏へ馳せつつ涙揺らした。
同時に未だ腑に落ちない疑問、小さくとも品性成した少女の脳裏駆け巡る──。
──フォウって女の人、どうしてローダさんの御兄様の鍵に成れた?
鍵の正室ルシアの様に見定める者と云う役目は要らない。だからこそ余計にリイナの疑問が氷解出来ぬのだ。
ルイス・ファルムーンとフォウ・クワットロ──果たして同じ扉と鍵の系譜なのか、そんな想い巡りながら家路を急いだ。
「り、リイナ……わ、悪いことしちゃったな」
心で妹分を見送るルシアが大人げない自分を僅かに恥じた。
愛する者が深き眠りへ堕ち、実の処不安視してた。
リイナは年に似合わぬ人格者、故に彼女へ自分の想いをひけらかすことでルシアは安定したのだ。
「そ、そうなのか? よく判らないが」
やはり恋煩いに疎いローダ、独り乏しき思いに首振り鳴らした。1週間、いやそれ以上か。心も躰も凝り固まったものを動かし吐き出したい思いだ。
「──ったく……。元を辿れば全部貴方が悪いのよ。リイナの云うことは尤もだわ」
病院でローダの傍ら、ずっと付添人であったルシアの金髪が流石に痛んで脂塗れ。
そんな手入れ忘れた頭に手櫛通して肩落とした気分で首を振るのだ。
されど呆れた後、扉拓いた神格帯びた彼氏にも悟れぬよう緩み心手向ける。
造られた鍵、そんな暗闇しか持ち得なかった自分照らしたひかりの『ただいま』。嬉しくない? 聞く迄もなかった。
ヒトデナシなる自分、好きに為れぬ必然──授けてくれた美しき場所。
そして自分の美しさ教えてくれた不器用な救世主、ココロ跳ねる想いで彼を見つめた。
◇◇
「やあ、御帰りアデルハイド。あちらは楽しかったかい?」
舞台転じて此処はグリモア、ローダがアドノス島へ渡来する以前、亡者に襲われた不可思議なる地。そしてローダとルシアが蒼き薔薇掲げた場面、目に焼き付けた存外。
赤いシルクハット、紅色のジャケット着た間者にしては派手過ぎる者を迎えたるは、これまた赤一色の男。
然も一見、アデルハイドと呼んだ相手の鏡像思わす。一体どちらが虚像なのか?
ザッ!
「ミヒャエル様、いえ大した収穫は……」
「フフッ……まあ好いさ。今日はゆっくり休め」
恭順の意、音が辺りへ轟くほど膝立てたアデルハイドと呼ばれた者。虚しく静かに首を振った。ミヒャエルと言い返された者、アデルハイドの肩を手軽に揺らした。
──嗚呼……。
アデルハイド、自身の生き写しが肩撫でただけで、天にも昇る恍惚滲まし躰震えた。
彼女に取ってミヒャエルはまさしく絶対神。救済教えてくれた全てを捧げても足りぬ神、故に扉、鍵、現人神、すべからず妄想にすら届かなかった。
──がっ、彼女は初めて主に仇名す嘘を吐いた。生涯賭しても彼に寄り添う形、至れぬ自分へ、暗雲から神の戯れで零れる月光欲した。




