第44話『Echo Vessel(たましいの”ひびき”)』 B Part
扉の候補者、満月の表側──ローダ・ファルムーン。
扉の候補者、新月の裏側──ルイス・ファルムーン。
鍵の正室、ルシア・ロットレンがリイナ・アルベェラータに語りし扉の正体である。
ローダは、サイガン・ロットレンが試算した300年──。IRISへ昇格した人工知性がさらに人類を渡り歩いて辿り着く正常進化。
一方マーダは、等しき300年間をレヴァーラ・ガン・イルッゾから奪った意識毎ヒトからヒト移ろい往ける力の再現輪廻続け、歪んだ進化の道を辿った。
だがマーダ自身の意識は所詮、電算が為した者也。
マーダが探り当てた兄ルイス、虚ろな支配下の置いたのも束の間。
然も狂戦士化した弟が放った指先の銃弾。
アレがまさしく引き金。オモテ側の遺伝も継いだルイスがマーダの意識へ蓋した狂気の沙汰。彼は半ば狙ってマーダを受け入れたのだ。
だが鍵はひとつ。ルシア・ロットレンは、最早語る迄もなくローダへ堕ちた。
──がっ、異端なる黒い鍵、フォウ・クワットロ。よもやな鍵の側室を手中に収めた。
「──創造の候補者が二人、父さんはね300年寝た後、自らの過ちに恐怖を抱いたのよ」
此処迄聖母マリアの如き穏やかさで語り掛けたルシアの表情が転化──否、点火等しき火が灯る顔立ちへ変化した。
「想像の力を繰り出せる存在、もし身勝手な者なら、人類の進化処か人類史そのものが終焉を迎える。だから用意したのよ鍵を」
パンッ!
燃え滾る瞳湛え、自らの胸で音鳴らし叩いたルシア憤激の様。
扉を見定める者が自分である体現、リイナへ知らしめた。
ルシア御姉様を見上げたリイナ、戦慄駆け抜けた顔向けた。
「私、元々ヒトではないの……」
「えッ!?」
「生まれながらに先天的病を抱えた短命なハイエルフ、その躰を父さんが手に入れ人間の女性を模して造ったまやかし。だからねFortezaの医療施設が必要だった。私は此処が故郷」
第二の学者ドゥーウェンがFortezaを手中に収めるべく拘った裏事情を寂しげな顔でルシアは語る。だから彼女は精霊術に明るかった。
認めざるを得ない帰結感じたリイナの哀愁。ルシアは、人間として余りに美麗過ぎた。
「私はもし扉の候補者が自分の欲望だけに走る存在なら消し去るよう命令受けた。そして現時点で最上級を走る究極のIRISを入れた父さんの傀儡」
自分語りをさも嫌悪した態度滲ませながら声焚き付けたルシア。己の躰を引き裂いても足らぬ気分伝えた。
「そ、そんな……ひ、酷過ぎます」
絶望に瀕するリイナだが、同時に生まれた疑問。『最上級のIRIS?』
何しろ扉の候補者を裁く存在と云う皮肉と矛盾。究極体に匹敵する鍵の力の源?
「ま、まさか……」
リイナの脳裏に浮かぶ黒い影、他に思い当たる節……皆無。
「流石ね……そ、そのまさかよ。人を移ろい究極へ進化したIRISを持つ存在。独りしかいない。父さんはマーダを造った。その意識は常に手元へ流れるよう仕組んであったのよ」
表側の鍵、力の水源ひけらかすルシア。最早語り継がれるリイナも知り尽くした気分、把握した上で積み重ねた。
「そぅ、だから彼と私はほぼ同一の個体、最悪自爆してでも暴走する候補者を止める。それが私、ルシアに課せられた使命だった」
ルシアは語った後、血が吹き出さんばかりに唇を嚙む。
彼女の名称こそ課せられた存在意義、黒い扉の鏡像──だが、彼女は反逆の狼煙掲げた。
「でも私はね、もぅどうしようなく彼に堕ちてしまった。だから私が自分の意志でローダの鍵を拓いた。そして永久に閉じる気ないの。その証が此処に息づいてる」
静かな水面から一変、魂の荒波起こした。再び穏やかな水源へ返り咲いたルシアが、氏名放棄し、自身の鍵を慈しみ込め撫でた。
「さぁ……私のローダ、とっくに響いてるでしょ? 目を開いて戻っていらっしゃい私とヒビキの処へ」
ルシアが生命の水源に漂う己の尊厳、触れたまま魂の腕掲げ、愛しの男抱き締めるべく差し出した。
◇◇
「──はっ!」
再びローダの意志が漂う白の空間──。
ローダ、五感で辿れぬ彼女の温もり伝う感覚。六道絶たれた者が触れた軌跡に心揺らいだ。
「あ、パパにも聴こえた、ママの声が」
ヒビキに取って漸く届いた必然、驚く父の目元を指差し、こねくり回して微笑んだ。
「ヒビキ、お前は一体……」
「言ったでしょ? 鍵が拓いた扉、扉が鍵と紡いだ命が僕。僕はね、生まれる前から人を受け入れる為、心の扉を開けっ放しにした。この姿もその為のもの」
屈託なきヒビキの笑顔──。
だからこそ父親の成り損ないであるローダの胸を深く抉る。たった一言でヒビキの存在意義が手に取れた。
男の本能だけで貫き通したルシア命の器。求め注いだ結果、実を結んだ結実こそヒビキ。
途方に沈みたい想いと、彼の中で出流父の品格がせめぎ合う。
「そ、それでは何も隠せないじゃないか!」
ヒビキが隠したいものは何? 語る迄もない、感情だけを娘へ吐いた。
「仕方ないよ、だってさぁ内に秘めたもの宿した人から『ワタシを信じて!』って云われても響かないでそ?」
父の暗澹たる思いを暖簾の様に流し切るヒビキ、まるで親しい友達と雑談交わす仕草。
ローダ、その様子にガクリッと肩落とす。何言おうが響かぬと感じ諦めた。
「ヒビキ、お前…その、なんだ。パパとママを恨んでないのか?」
最早自らが背負い感じた罪の意識ぶつける話題のすり替え、穏やかな語り口なれど最も触れてならぬ語りを敢えて届けた。
「恨むぅ!? ナイナイッ、幸せ過ぎる二人が僕を紡いでくれた。誰だって人生は辛さの連続でしょ? 子供はね、親が笑顔見せればそれだけで満足なの」
緑の瞳を見開き、己の目前でネイル入れた手を振り否定するヒビキの驚きと許容の様。自らを創造してくれた両親に不器用な感謝返した。
「ず、随分達観してるな」
何度も語るがヒビキは着床したてなる未だ種が芽を出す直前なる存在。
20年生きた己より物事を俯瞰で見られる大人を感じたローダ、狼狽えた。
「そうだなあ……そりゃあ僕も何れは立派な扉が付いた個室が欲しいよ」
腕組み考えごとを演ずるヒビキ、少しだけ子供らしき様子滲ませた。
「よぉし、判った! 俺が人生賭けて建ててみせる!」
「お、大袈裟ぁ!」
16歳の多感な娘、偽るヒビキの手をギュッと握り、父性匂わすローダ。男としての意地。
退いたヒビキ、即手を引っ込めると僅かな嬉しみに顔染めた。
「だって俺はヒビキのパッパ何だろ? 家くらい建てる甲斐性ないとな」
ヒビキの『パッパ』16にしては幼き呼称を引き合いに出し、娘の心擽る悪戯みせた。
「全く……さぁ、早くママの処へ戻ってあげて。ああ見えて泣き虫なんだから。僕にはこれからいつでも逢えるから…さ」
生まれ出ずる以前から母親とは命の器で繋がり合った気分、態度で表すヒビキ。
だけど、見た目に20歳と16歳──4つしか離れてない可愛過ぎるパッパとの会話。
ほんの少し伸ばしたい本音、言葉濁した。
「嗚呼、判った。行こう!」
ローダ・ファルムーン、転がり落ちるかの如く人の親に至る面白味溢れた人生の縮図感じ取った。
もぅ自分は流された英雄なんかじゃ決してない。
愛する世界最高の妻と、人の枠超えた覚悟固めた娘が出来た。男としてこれより奮い起つ事柄在らずだ。




