第43話『Cradle of fading soul(命の在処)』 B Part
ルシア・ロットレン──。
造られし存在が、命散らそうと生き急ぐ愚者な兄弟等に、涙を以て最後の訴えを放った。
その際、創造者より彼女は問われた。
『争いしか知らぬ愚か者を、お前は本気で愛し抜くつもりか?』
神にも似た視点から下されたその問いは、余りに都合の良すぎるものだった。
創造されたルシアは、創造者の意志に背き、父との縁を断絶した。
それでも、二人の候補者──意地と意地のぶつかり合いは止まらなかった。
候補者同士の衝突を止められなかった自責の念に、彼女は静かに沈み、歪んだ。
左脚斬られ、部下であるべきレイに全身撃たれたマーダ改めたルイス・ファルムーン。
4番目の魔導士フォウ・クワットロの肩を借り、フォルデノ城へ帰還果たした。
本来共に帰還すべきレイは行方をくらました。
だが──世界は最も失ってはならぬ者を喪失する絶望へ転じた。
英雄、ローダ・ファルムーンの死去。
彼自ら『英傑達の力を世界へ示す』啖呵を切った挙句の成れ果て。
22世紀以前に打ち上げられた人工衛星。老朽化甚だしくもInternet回線のみ、世界の文化に残した。されど受け止めきれる端末とインフラ残した国は極少数。
その少数派に送り届けられた英雄の死亡報告。顔出す責任放棄した人間達の渦風は全く以って進化忘れたものだった。
『What do you mean, hero? Isn't that just a random lie?』
(何が英雄だ,そもそも適当な法螺じゃねえか)
『The death of a hero? Anyone crying must have a lot of free time.』
(英雄の死? 泣いてる奴は余程暇なんだな)
『It's a world without salvation anyway』
(どうせ救いのない世界だ)
『You got me hopeful...』
(期待させやがって…)
「……」
心肺停止が確認されたローダ、一応未だ集中治療室。静かに横たわっていた。
ICUは医療関係者以外立入禁止が平常、されど奇妙な察しと取り計らいにてルシアだけ入室を許可された。
すっかり葬送の涙枯れた様子のルシア、血が通ってない悲しみ滲む彼氏の手を握り、命の器へあてがう嘆きか。
「ヒビキ……これがパパの手だよ。判るかな?」
何とも虚ろな真顔で往き過ぎの母語りをするルシア。
ルシアの初夜と彼から受け取った愛の刻印。時間は余り経っておらず、命の種子、受粉成し得た事を感じ取るには本来早過ぎる時分である。
然も死に別れた男の手を握りあてがう女性の絵柄。事情を知らぬ第三者から見れば『余程気がふれた』と適当な囁き受けても仕方ない。
ルシア自身は総て悟った感じだが意味も事実も嚙み合わせが存在しない。
想像妊娠──そんな身勝手語る者が居てもなんら不思議でなかった。
バタバタバタバタッ!
「る、ルシア御姉様ッ!」
「あ、リイナ御帰りなさい。折角エドナ村へ戻って貰ったのに気苦労掛けてごめんなさい」
病院の廊下を慌ただしく駆けて来たのは妹分のリイナ・アルベェラータであった。
本来なら漁村エドナのResistance、加えて保育士としての仕事へ復帰する処。
ローダ死亡の知らせを聞き、大急ぎでForteza市まで戻って来た次第である。
リイナへ向けられたルシアの顔、何故か異様に達観し切った印象。
婚約以前に未亡人へ転落した女性の見せる仕草だとリイナには思えなかった。
そもそもルシアは彼女に対し『Fortezaへ戻ってくれ』一言も頼んでいないのだ。
早い話、リイナ自身が決め、戻って来たに過ぎない。
「──ッ!」
ハッと息飲むリイナ、達観した感じのルシアより余程此方の驚きが多大である。ルシアが死したローダの手を取り、自分の器へ充てていた。信じたくなき悲哀を大好きな御姉様から感じた。
「そ、そん……な。ざ、残酷過ぎま…す」
前置き要らずの慟哭へ転じたリイナの涙声。そして恐れ多きと思いながらもローダの手置かれた上へ自分の白い掌を静かに収めた。
冷たさ感ずる残酷な必然伝わるリイナ、瞳の堰締め切れず機能し切れない。
「お、御姉様!?」
驚き蒼い瞳を見開くリイナである。本来ルシアの悲しみを僅かでも晴らす役目は自分なのだ。
ルシア御姉様、エドナ村での修道女──いや、それを越えた聖母が如き安らぎ以って泣き喚くリイナを優しく抱いたのである。信じ難い、この女性は本物のルシアなのか心揺らいだ。
ひとしきりリイナを胸元へ導いた後、ICUの機能停止した暗がりでも漏れた月明かりで煌めくリイナの銀髪へ指を通すと、妹分の頬に手を充てた。
「リイナ、貴女は私に云ったよね。『ローダは貴女次第』だって」
「は、はい。た、確かに言いました……」
何やら艶めかしく柔らかな口調で語り掛けるルシアの顔を直視出来ないリイナであるのだ。
それは確かに自分の言葉だ。なれど変身著しいローダがこうならぬ様、支えて欲しい。現状、手遅れへ転じた。責任感人一倍強い少女、罪悪感に潰されそうになる。
「貴女の言う通りよ、そして今こそ其れを示す刻。だって私は彼に降り掛かる災厄を照らす蒼薔薇を自分から背負ったのだから」
ルシアが語る蒼き薔薇の話はリイナとて2番目の学者ドゥーウェンが開催した軍議に参席したので理解してるつもりだ。
だけども候補者ローダと鍵の女性であるルシアを担ぎ上げるべく開いた真相。英傑二人に奇跡を押し付け周囲を先導させる賢しい理由に過ぎない。
リイナの知るルシア御姉様には確かに常識の枠組みで測れない処が多分に見受けられる。
例えば精霊術──。
詠唱無しでも普段から友達であるかのように語り合う場面があるのを知っていた。他にも暗闇で夜目が利くなど様々だ。
だが死した男を黄泉から連れ戻す? もし叶うならそれこそ文句なしの奇跡、ルシア御姉様は、そんな奇跡じみた事柄を軽口叩く様な人じゃなかった筈だ。
まるで今時分、言葉を交わすのが予定調和と言わんばかりなルシアの態度。此処へ辿り着く以前、『ルシアさんは人が変わった』そんな適当を耳にしたリイナである。
──本当にそうなのか?
何やら明確な根拠が在る、それを紐解くつもりであったリイナなのだが、いざ穏やか過ぎるルシアと対峙した途端、普段の冷静さが吹き飛んだ思い。用意した台本を語っているかの如き違和感なのだ。
「ローダはね、ちょっと頑張り過ぎちゃったの。狂戦士になった後、三日も目を開けなかったじゃない? リイナの言う通りボロボロになった身体を復活させるべく眠りに落ちた……」
ガタッ!
「あ、あの時と同じだって云うんですか!?」
まだ話の続きが在りそうな雰囲気だったルシアの言葉を遮るリイナの稀有な無遠慮。虫の知らせでも聞いたが如くローダの肘から上辺りを少し力を加えギュッと掴んでみた。
「ええっ!?」
ICUへ入室する禁忌犯して以来、リイナの真顔は蒼い瞳が見開かれ状態に固定されたかの様。だが次の瞬間、それすら超越した驚き示す形容詞が足らない斜め上へ転がり往く。
──が驚きこそ寧ろ必然。死後硬直したローダの筋肉が柔軟さ、温かみすら感じ取ったからだ。
然も奇妙極まりない事にそんなリイナのびっくりさえも、許容し尽くした様子のルシアが居た。
「リイナ……貴女だけには扉と鍵の真実を語るよ。ま、もっとも私が知ってる範囲だけどね」
── 第4部『Spinning world(回る世界)』 Fin ──




