第39話『Roar on the Board(盤上の咆哮)』A Part
剣は狂気をまさしく描いたガロウ・チュウマの新技『示現我狼・櫻打』
相対したヴァロウズ第三の剣士トレノの巧みなる水滴る剣技の激突。
被った海水毎、己が腕を凍結させ錬成した剣とガロウが振るう拳とのぶつかり合い。
結果──引き分けに終わった。
ガロウがその気さえ起こせば剣士の本懐を振り回せば殊勲収めるにも拘らず手出し出来ずに逃走するトレノを見逃す。剣士の誇りが戦意喪失した相手を追い回すのを良しとしなかった。
森の女神住まうFortezaに於ける世界見守る土着争いの裏側、誰も知らぬ闘争のひとつはこうして決着をみた。
裏の裏──黒いルヴァエルの影、陽当たらぬ戦場。
ヴァロウズ第五番目の女格闘家ティン・クェンVsアルベェラータ親娘の争い。
相棒トレノの敗北と負傷を未だ知らぬティン・クェン、アルベェラータの血統に邪魔立てさせぬ壁の役割を愚直に熟すべく自分より鈍重であるべき騎士ジェリドとリイナへ容赦無用で拳を突き出す。
嘗て自分が手を下した藍染の中年女性に防がれたよもやな横槍。
トレノに取って盾であるべき自分がいつも間にやら言う事効かぬ矛先そのものに置き換わった逆転の矛盾に気付かない。
此処でジェリドが自ら落とした巨大な斧を拾い上げ、騎士へ返る。
愛娘リイナは忘れ形見ホーリィーンの魂が死守してくれるのを知るや否や『任せた』と無言の一任。
されど同時にティンが思う重騎士へ退化したとも取れる裏腹。されど盤上で動かずとも相手の思考威圧する騎士、下手に此方から駒進める愚策思わせた。
ブンッ!
紙一重──。
そんな軽い一言で済ませたくないジェリドから不意を文字通り突いた贈り物。風切る音が重苦しい、届かなかった矛先が生み出す風圧。
乱れ髪、ティンの赤髪が火起こした錯覚呼び込んだ。
続けざま、槍に非ずな柄の長い斧の乾坤一擲。
──巫山戯んな、見えてんだよッ!
どれだけ威力過剰な一閃が繰り出された処でティンの視覚には静止画、瞬時切り取られ脳裏刻む視覚の電光石火。
彼女の動体視力と反応、人間とは思えぬ奇異な動き。
ジェリドから放たれた重量級らしからぬDVA※1、KVA※2。何れの揺さぶりも涼し気に躱すのだ。
※1Dynamic Visual Acuity──横方向の動きを捉える動体視力。
※2Kinetic Visual Acuity──前後方向の動きを捉える動体視力。
当たる道理無きジェリドの風切る突き。その場動じず振出続ける様は、一見脅威だが向こうも次の一手見出せぬ足掻きの裏腹に思えた。
ビュッ!
「──ッ!?」
誇大な散髪された赤毛散り往く様に心が一時停止したティンの戦慄。『何故だ?』全く以って理解し難き震撼。
──目が良過ぎるんだよ。
巨躯に似合わぬジェリドの狡猾なる攻勢の変遷。
彼はティン・クェンの異能をほぼ掌握、人類の範疇超えた動体視力。単純だが己が全身を武器と成す彼女的には絶対撮りたい能力。
ジェリドの突きは微妙な匙加減で緩急をつけているのだ。
恐らく一流レーサーの動体視力すら超え得るティン・クェンの異能。種がバレれば当たる訳ない、愚かを敢えて晒すジェリドの手練れぶり。
「遊びは終わりだッ!」
早速種が赤毛に知れた。
荒れた道蹴り、騎士ジェリドへ左右の揺さ振り見せながら迫るティンの反抗。小細工無用、騎士と娘。そして騎士が召喚した司祭風の女、まとめて力で捻じ伏せれば全て完結。
「デエオ・ラーマ、戦之女神よ、我が言の葉を捧ぐ! 斬り裂け! ──『言之刃』!」
不意に甲高い少女の詠唱鼓膜を揺さぶる。
ティンの周囲、木枯し舞う。葉が刃に転じたものが取り巻く。鍛え抜かれたティンにしてみれば取るに足らぬ小刀。だがあの小娘は司祭級──森の天使リイナ・アルベェラータに相違ない。
今の詠唱は同じ戦之女神の御業なれど司祭でなく賢士の術式。
言之刃──人の言葉は時として刃より鋭き刃物と化す。賢士の術式は術者か相手の心の間隙縫う攻撃に特化した奇跡なのだ。
リイナはあくまで司祭、賢士の術式は会得しておらず──これがティンに取って最大の驚き。刺さる言之刃意に介さず騎士の背後で妖しく揺れる小娘へ送る視線。
リイナは藍色纏う中年女性の背中へ手を翳し賢士の術式を完遂させたらしい。
──あの女が賢士だったのか!
ティン・クェン、自ら葬送った相手の秘めた力に震撼走り抜けた気分。思い起こせばあの折、ホーリィーンを護れる騎士なぞ居なかった。
最強のKnightに守護された駒はBishopに非ず、Queenであった真実。山の如しなKnightに守らせ奇跡口遊む少女転じたQueenの無双。
ティン・クェンは精々将棋の飛車が敵地飛び込み龍に成った存在。
強力なれど単騎この布陣に飛び込むは無謀、彼女は決して愚かではない。視覚では捉えられ切れない震撼呼んだ。
「デエオ・ラーマ、戦之女神よ、かの者潜みし戦慄よ。畏怖なる旋律に転化し駆け巡れ──『戦之音』!」
リイナが透けた母親を媒介に続ける次なる賢士の一手。
瞬時、赤い頭抱え恐怖に顔歪めた屈強なる女戦士の大層稀有な様子。強き者ほど緊張帯びた戦慄を心に住まわせる後備えを持ち得る。
兇器なる賢士の言葉遊び、自らの精神に翻弄される地獄巡りへ堕とすのだ。
地面のたうつティン・クェンの哀れな絵柄。
暗黒神5番目の御使い──Pride? そんなもの誇示するゆとりなど皆無。
「──ティン!!」
正に荒療治──。
ガロウから片腕捥がれ撤退中のトレノ、残った腕振り濡れた剣携え味方へ飛ばした酸の雨。
他人の争いに水差す救出劇、焼けた背中に意識戻ったティンの事実上敗退。
ガロウ・チュウマ、ジェリド・アルベェラータ……。
そして森の天使と死した母ホーリィーン・アルベェラータの共演。
暗黒神最強の直属配下、ヴァロウズ二人を悉く退かせる戦果を人知れず挙げた。




