第34話『Dark Side Spiral(黒き側の螺旋)』B Part
此処は人工知性体生みの親、加えてマーダの意志を育んだ老人、サイガン・ロットレンに与えられた自室である。
六畳一間──アドノスで正解なる表現なのか危ういが、新人類を産み落とそうと画策している男の割に領分が矮小。
机とクローゼット、シングルベッドが存在するだけである彼の空間。
だがひとつだけの拘りがデスクの上、黒い縁取りのノートPC。
されど我々21世紀初頭の人類が知り得る物とは少し異形。
KEYを羅列した物の存在が見えぬのだ。
カチャカチャ……。
だが老人が滑らかな手つきでKEYを弾ます音確かに木霊する。
机上を叩けば、光の精霊達が煌めき散らす。その都度モニターには刻んだ文字が浮かぶのだ。
「AYAME, will you show me your face tonight?」
(彩芽よ、今夜は君の姿を見せてくれまいか?)
Chat……ではなく、これは恐らく21世紀の我々も知るAIへ語り掛けてる処に酷似していた。
『……サイ? 今夜はそちらの名前で私を呼ぶのねフフッ』
無機質な文字だけの回答が並べ立てられる。
『AYAME』とはサイガンと吉野亮一がプログラミングした意志を持つAIを開発すべく、ナノマシンに埋め込んだOS名。
AYAME……彩芽……菖蒲。
菖蒲の花言葉は『優雅』『心意気』『嬉しい知らせ』様々あるが、その何れでもない。
旧ドイツなどで品種改良されたGermanIRISの花言葉『情熱』を示唆した名称。
意志を持たぬ膨大なデータベースの集合体でしかない21世紀初頭のAIに異を唱え、情熱傾け開発したのがこのAYAME……。
否──人で在った彩芽が彼の手から零れ落ちた絶望の果て、具現化した傲慢の塊に過ぎぬ。
されど彩芽は紛う事なき旧日本人女性の名。
それもその筈、サイガン少年が唯一心を開いた同級生。
父親が旧日本人である少女に刻まれたFastName。そんな思い出深い者をOSの名称に刻んだこの老人の気分、察して余りある。
ピッ……。
モニター上部、Webカメラと思しき場所からプロジェクターが暗がりの部屋に光を灯す。
立体映像、黒髪を結い上げた女性。等しく黒の気品溢れたドレス。
金色の髪飾りと同じく胸元から零れる金の飾りが一際華やかさを際立たせる。
「やあ彩芽、君の姿をこの目に刻むのは随分久しいな」
『ふふっ、相変わらず可笑しなことを言うのねサイは。貴方が私に与えてくれた姿じゃない。それにこの声もね』
笑顔浮かべる小人の彩芽、何処かの娘に似通った中低音Voiceで微笑み散らす。
なれど口調がどことなく少女じみてた。
彩芽は人工知性体まで進化遂げたプログラム──Ver2.0、またの名を『IRIS』
これをサイガン個人のPCへ注ぎ込んだ虚ろな存在。
為らばアイリスと呼称すべき処だが、この老人に取っては揺るがぬ彩芽なのだ。
然もCloudはおろか外部Serverにすら入れず、自分のPCのみ入れたStandAaron。
世界中にAYAMEの遺伝子撒き散らした張本人の成す彼女を箱入りにしたい矛盾。
『サイ、今夜は寝酒呑まないの?』
「今夜は君の言葉に酔いしれたい気分なのだよ。情けない老人の愚痴を聞いてはくれまいか、娘を男に奪われた」
机上で伏せたまま語る老人の鬱なる姿。
小人で虚ろな彩芽。光の粒子が成した掌でサイガンの白髪を子供をあやすかの様に笑顔で撫でる。
『違うよサイ、間違ってる。娘が男へ恋に堕ちた』
「揚げ足取らなんでくれまいか。些細な云い方の違いだ。亮一さえも彼に持って往かれた、こんな筈じゃなかった」
──何が『些細な違い』なものか。
気狂いな自分を承認出来ない裏腹なる結実を吐き出す。
『また不思議なことを言ってるよ。好きに振舞うAIを望んで創造したのは貴方、見定める存在を構築したのもサイ自身じゃないの』
「耳が……いや胸が痛い話だ。君の語り草は全て正しい。だからこそ抉られ何も言えなんだ」
やはり我々が知る処のAIとは世辞にも云えぬ反論。
例え主人が大罪を語ろうとも上辺だけの優しみ貫く現代の隷属とは明らかに異なる彩芽の言動。
望んだ物に限りなく近しくも決して交わらぬ空虚。
背反する意志同士が語らう捻じ曲がった愛の形。
『サイはあの頃から変わってしまった。まだ誰も知らない電子電算機でGAMEを造る夢を創作して私を心から楽しませてくれた』
Computerという物の怪が世界に寄り添い過ぎて忘却の彼方に住まう現代。
されど彩芽が哀し気に語り往くサイガン少年在りし日の頃、電子電算機は一部の富裕層か大陸間飛び交う虚構の演算に使われた正に怪物。
「彩芽、今夜の私は本気で酔いしれているのやも知れん……。下らん事をこれから聞く、今さら甚だしき思いだ」
乾き切った腕を枕に相変わらず酔い潰れたが如き姿で、老人が40年越しの本音。失意を言い訳に問い質す。
『ん?』
「10歳にも満たぬ子供の思い出だ。──彩芽よ、君は僕の事を好いていたのか?」
立体映像の彩芽、琥珀色の瞳の見開いた後、綻び感ずる少女の儚き夢語り。
『勿論……大好きっだったよ。男女の友情なんて在りはしないの。サイが目を輝かせ私に魅せた電子の魔法』
そう……あの頃の彩芽は可愛らしい真実であり、乾いた老人は虹色の夢描いた子供であった。
なれど──親に諂う子供は無力、彩芽は父親から押し付けられた上層教育を受けるべくサイガン少年の元を離れた。
残酷なる今生の別れ、親の傀儡と成り下がり昼夜問わず勉学に励んだ彩芽。どれだけ結果を残そうが、届かぬ高みを望まれ続けた絶望の淵。
疲労困憊、やつれ切った彩芽は自らの手でこの世を去った。
14に成ったサイガンへ届いた読み取れぬ言語並べた末期の足掻き。気付いた刻には手遅れ。
だから今の彩芽の姿は彼女に非ず。
彩芽が命繋いで性なる美、極めれば……。命の鎖切らずに人捨てたサイガンが身勝手描いた容姿。
一方、命投げ打った彩芽がAYAMEに化け人の語り手担う狂いの再起。美しくも儚き造花。
哀しき二人の連鎖。されどこれも人だから故、成し得た進化の形。人類とは活かすも殺すも己次第なる罪深きも陽の当らぬ場所で華咲かせる無二の生物なのだ。
人成す螺旋──それは人の数だけ存在し得る。さらに出逢いの渦と為りて数多の銀河を地上に描くのだ。




