第33話『The earth-born spiral(人成す螺旋)』 B Part
ローダ・ファルムーンとルシア・ロットレンがひとつを成し得た真なる初夜。
同じ頃、そんな情事に憧れ抱く赤の帽子屋がアドノスを密やかに抜け出した。
ローダとルシア──。
遅咲きなる朝を迎えたまま部屋を抜け出せず、悶々と更なる刻流れ往く。
一体どんな顔で皆に逢うのが理想なのか。窓に映る人々の営みを横目に無駄な思考を螺旋状に繰り返していた二人。
ローダは他に着替える物が無く下着とYシャツのみ、だらけた感じで寝間着代わりに着衣。
未だルシアはバスローブ姿でローダの左腕を枕に縋り続けていた。
夜の静寂と朝陽昇る情熱がひとつに溶け合い、やがて光に包まれていく瞬間迄持続した恋焦がれた二人の触れ合い。夢の残響確かめるが如く余韻に浸り続ける。
「……それにしてもローダがあれほど踊りが巧いだなんて本当驚いたよ」
「あ、嗚呼……。田舎騎士といえ王族の集まりには、兄貴と一緒にお目通りを強制された名残だよ」
彼氏の胸元擦るルシアが濡らした言葉を耳元で擽る。こうした恋人達の一期一会が、水の惑星の螺旋をそっと繋ぎ留め、静かに歩み豊かさを生む。
これ迄恋慕辿り着いた事無き彼の応答。ルシアとの温度差、どこか違う場所を連想させる。
吐息混じりに語る記憶の断片──ルシアと頬寄せ踊り明かした情熱は、未だ心の奥底で熾火を燃やしているのだ。
彼女でない女性達との踊りは、まるで霧の中の幻。
触れても何も掌に残らぬ砂の様。
彼女だけが、ローダの人生に於ける螺旋に火を宿した。
「俺と兄貴は腹違いの兄弟だけどな」
「え、そ、そう……なんだ」
次いでに面倒臭さ包み隠さず語る兄ルイスとの血縁関係。
微睡み続けていたルシアの瞳が驚きを以って見開く。兄ルイスとは瓜二つに感じた初対面を思い浮かべた。
「あれ、俺言ってなかったか?」
「ないよぉ……誰と間違えてんのぉ?」
シングルベッドの上、ローダの身体に縋り付いたままの姿勢。上目遣いで見やるルシアの御戯れ。
横目だけ流して適当めいた質問を流すローダへ、意地悪な質問で返す。
もう流石にローダの女性遍歴に疑いの余地無しなのは変わらぬ。これは年上覗かす悪戯。態々喰い下がるルシアの遊び心。
「おぃ、そういうの無いって何度もだな……」
「ごめんごめん、冗談冗談。──最高に素敵だったよ、貴方の踊り」
身体を起こし文句垂れようとしたローダの額を気軽に押してルシアの幸せ綻びみせる顔。
これ迄の彼女が知るローダは、口下手一辺倒。
無駄な台詞を心に独り背負い込む誠実さこそが彼の愛すべき処。
されど恋人達の契約し終えた今時分、殊更彼の無駄口引き出す戯れを楽しみ続けたい心の移ろい感じていた。心躍る気分を抑え切れないルシア。
執拗い恋愛模様ながら、ルシアとて初めての男。
昨晩恋の登山をひと山昇り切り、今は彼氏との心地好い会話に漂い続ける。やらしい話、躰の追い求めよりも、心がひとつに成る幸福。
酒要らずの豊潤紡ぐ語らいに酔いしれていた。
「──は、話を変えて済まない。昨夜の集会、見知らぬ人が居るを感じた」
「えっ?」
未だ慣れぬ恋人達の柔らかなる語らいに、正直僅かに電池途絶えたローダが不思議な台詞を告げ会話の切替え試す。
何百と出席していたと思しき決起集会──。
ローダの口が紡いだ『見知らぬ人』に金色の髪を傾けずにおれないルシア。寧ろ『見知った者』が限りなくゼロに等しいのだ。
「嗚呼、そ、そうじゃないんだ。そのう…何て言うか──空気の違う客人みたいな人の存在を感じたんだ」
「空気の違う人……か」
ローダの心持ち的には話題をすり替えたいのが正直な処。
なれどルシアは、彼に預け切った躰を起こし、思わず深読みへと突き進む。
ルシアの幸福論と反転するやも知れぬが、彼女の知るローダ・ファルムーンは普段無駄口を叩かぬ男。
話の時合、重要な局面を決して外さぬ心の落ち着きを持ち得ると、ルシアは彼の心音を身勝手にも汲み取れる寄り添いみせゆく。
「それってさぁ……つまり招かれざる客を貴方が感じ取ったんじゃないの?」
「──ッ!?」
恋人気分の湯舟に浸り切ってたルシアが見せる変遷。
ハッと息飲むローダの驚き。
「昨夜は民衆軍、マーダ勢関係なく声を掛けた集まりの筈。それにも拘わらず来て欲しくない客……」
ブツブツ呟き始めるローダの考察。
恋人として距離を詰めた初日から彼氏の言葉足らずを補いし尽くすルシアの凄味。
「外敵が潜んでた!」
「スパイが居たってのか!? だ、だけどそんな者の圧をこの俺が?」
ローダの肩を強く揺するルシアの答え──。
自らの眉間を強く掴み昨晩の状況を整理試みるローダ。『外敵』は恐らく当たり、ルシアに背中を押され心が先に頷いた。だが未だ思考は、理由を追い求めている。
バンッ!
「えッ!? ど、どしたの?」
「多分これだッ! 此処へ来る以前、俺は亡者に襲われ逃げることしか出来なかった。……あれはローマ入国前、そうかッ! グリモアで感じたのと同じ違和感をあの集会で俺はッ!」
突如ローダがベッドを強かに叩いたが故、心跳ねらせ驚くルシア。
ローダ、記憶の底に眠る亡者に襲撃され手も足も出せなかった地獄の思い出蘇る。
そこから救い上げてくれた蒼氷の瞳に鋭き眼光を湛える剣士の面影と共に。
あの刻の感覚──其れが昨晩不審を抱いた者と似通っていたのだ。




