第33話 『Die Spirale des Menschen(人成す螺旋)』A Part
ルシア・ロットレンが待ち侘びたローダからの月下吐露。
夜空に浮かべた銀河。地上を駆ける星々の下、これ以上ない恋慕傾く告白を受けた。
若い二人の気持収まりつかず、星空とフォルテザの夜景を観衆に初の接吻まで事は流れた。
昂り行き辿り着いた恋人達重ね合うその向こう側──。
ルシア、一糸纏わぬ彼氏の肩を枕に、白のバスローブ姿で夢心地がいつの間にやら本物の夢の国へ誘われていた自分に気づく。
朝陽と呼ぶには遅咲ききなる時計の針。
床には役目を終えた花色のドレスと、彼氏の白いタキシードが脱ぎ散らかされていたのが目に留まる。
此処は彼女の個室。
此方から言い渡した棲み分けと夢路辿る独寝で結局寄り添い夢中に居た我儘なる意中の男女的構図が描かれていた。
──夢……じゃなかったんだ。
性の枷破られ贈り届けられた彼氏の息吹感ずる辺りを紅潮し切った顔手向け優しみ帯びた手で擦る。
恋人同士、最初の契約をすべからずやり遂げ夜明けを迎え、想い人へ至れた余韻に独り微睡むルシア。
──わ、私……こ、こんな幸せ…受け取れる資格なんかあるの?
今更が過ぎる後悔の念。
罪の意識に苛まれ勝手に涙零れる想いを抑えきれずに慟哭し始める。
他に想い寄せる者無き独り身同士が繋がり抜いた一夜に、犯した罪感ずる不可思議。鍵なる女性が中立置き去りにして恋に堕ちるは大罪なのか?
ポタッポタッ、ポタポタポタ……。
「うっ、うぅ……」
ローダの胸に落ち往く風の精霊導く女の涙雨。彼氏の鼓膜と心揺さぶる嗚咽。
「ど、どうした? 何をそんなに泣いている?」
鈍感な彼氏が漸く気づき目覚めて身体を起こす。夜明かしまで届いた恋愛劇。やり過ぎたとは思いたくない、想われたくもない。
「いっ、良いのかな……。わっ、私が…こんなにも幸せを貴方から…ひっ、独り占めするだなんて」
緑輝く瞳に涙溢れた顔でローダへ泣き縋る彼女。
化粧要らずな真実の美しさ、涙流れる赤らめた頬すら可憐を感じずに要られぬ彼氏。
ギュッ。
「そんな思いで本気に泣いてたのか? 絶対君らしくない悩みだ。俺の方こそ夢なら覚めないで欲しい……本気でそう思う」
泣き止まぬ心底愛しき存在を強く胸に抱くローダの愛情表現。
昨晩救世主などと仄めかされたが中身は月並みなる青年。
高鳴る想いを好い訳に、彼女の中へ自分さえも残留させた好意を『やり過ぎたか?』と自然に案ずる普通の男に過ぎない。
繋がり合いたい気持ちを躰で体現すれば他人を傷物へ堕とす。
女性尊重の本質を履き違えたローダは他の男性より殊更そう感ずるのだ。
ルシア苦悩の正体、そんな上辺だけの恋愛模様で成し得た甘い果実に依るものでは決してないのだ。
「い、好いの。なんかごめんなさい。貴方に一生寄り添いたい私の気持ちに嘘はないから」
「な、なら如何して?」
金色の髪を首と共連れで振り否定するルシアを狼狽しながらローダが問い掛ける。
「ちょっと嬉し過ぎてびっくりしただけ……大丈夫、うんっ、私は大丈夫だよ」
伝う涙をバスローブの肘で拭うルシアの言伝。『私は大丈夫』まるで自分へ言い聞かせている様な台詞と共に笑顔へ転じた。
彼女の言葉に偽りなど在り得ない。
彼の贈り物が重過ぎた?
そんな下らぬ話ではないのだ。ありふれた女性には決して起こり得ない孤独感漂う奇想たる悩みなのだ。
◇◇
昨晩の決起集会──。
気が付けば平和に現を抜かす舞踏会にて締め括られた。
そんな平和呆けした連中へ唾吐く思いを独り抱え、夜の戸張に紛れ中途で抜け出した者が居た。
「な・に・がRetterだァ!? Dunklergottッ、Bharata-Basarの決起ィ!? 此処はEine andere Welt!? Etwas abweisenにも程があるわッ!」
吐き散らす声が性別不問、低音利き過ぎた鋭い文句。言葉に混じる旧独逸語じみた訛り。
バサァッ!
闇に乗じて変装を脱ぎ捨てた間者らしき者。諜報活動の時間は終わりを大胆にも行動で示す。
長い赤毛に乗せられた紅色のシルクハット。
睫毛目立つ赤い瞳、やはり赤尽くし決め込んだジャケット。
ジャケットの下に覗く胸内は丘陵地帯故、これまた中性度合を一際増してゆく。
文字面通り間者を示す存在と云えよう。
余計な戯言──。
胸元の膨らみ具合を見れば、好みの英雄諦め切れずに追って来た赤い鯱ではない確実を念入りに語っておこう。
この者、紛う事無きグリモアからの間者である。
More+Gridより造語を成した国名。
Grimoireは永世中立を謳う国。
西暦以前、世界統一を目論んだローマの真北に位置しながら中立国の姿勢未だ貫く。
故に旧ローマ帝国に睨み効かす世界の鉄格子を誇示する意味合いなのだ。だが名前負け感ずる国力も正直否めない。
この間者とて攻勢でなく己が国を守るが目的の威力偵察。マーダが起こした事変に乗じて民衆軍にて半年程、諜報活動に明け暮れていた。
昨晩大きく出た白ジャケットの男が成した事件、暗黒神を退けた候補者や人工知性体に端を発した異能についても大筋精通済みである。
よもや自分の女を抱いて偉ぶる大馬鹿者とは、流石に思い描けぬ誤算。様々な理由で腹立たしいにも程があるのだ。
「一刻も早くあの方に御報告せねば。ふっ、まあ……馬鹿が仮に攻め入った処で傀儡共と奴隷をあてがえば如何にでもなるがな」
永世中立……。
平和の象徴的国柄を示す割、『亡者と奴隷』を飼い殺す一見破綻した台詞。
されども中立とは『我関せず』を貫くこと也。対岸の火事が起ころうとも火の粉が降り掛からぬ限り、知らぬ存ぜぬを押し通せる云わば免罪符。
それに後者の『奴隷』19世紀頃世界的廃止をみた制度なれど、何度も語る通り一度崩壊し18世紀付近へ螺子を巻き戻した世界軸。
依って人買さえも収支伴えば立派な経済活動の一端扱い。決して珍しい話ではないのだ。
だが『飼える亡者』と為れば話は別。この者が嘲笑した異端なる世界当て嵌まる説明出来ぬ皮肉が成立し得る。
『人は死に至り仏へ昇華した後こそ最凶也』
ついこの間、ローダ達が苦戦強いられた不死なる巨人との争い。永世中立を掲げた傘の下、危うさ秘めた力が暗躍の糸伸ばしていた。




